第14話 錬金工房

「これは何でしょうか?」


 シーラが興味深そうにフラスコやビーカーが並ぶ作業机を見ている。木で出来た棚には各種の素材を保管するための箱が所狭しと並んでいる。まだ中身は空っぽだが。

 ここは昔に見た王室錬金術師の錬金工房に似ている。

 植物や魔物の死骸を使ってポーションを作る錬金術のアトリエ。これが三つ目の遺物アーティファクトである錬金工房パルパーテ・アルケミアだ。


 生活のために畑や家畜小屋の遺物アーティファクトを選ぶことも考えたが、肉は獣型の魔物を狩れば手に入るし、何か金を稼ぐ手段が欲しかったのでこれを選んだ。


「それは……抽出機だ。この本によると素材の特性を高純度で引き出す……らしい」


 本の著者は『ラ・クリカラ』というエーファの民だ。この本も遺物アーティファクトを報酬として選んだときに一緒に付いてきた。

 ラ・クリカラは大錬金術師であったらしく、本の中身もそれに準じたものだ。素材の抽出からポーションの精製までの手順を事細かに書いてある。ちなみに、後書きにはル・カインへの悪口が数ページに渡って綴られていた。


「凄いです。村の薬師さんが使っていた設備より立派……な」


 シーラがフラスコの一つを手に取り眺めている。俺も錬金術の知識はないが、これが一般水準以上の代物であることは分かる。


「それで誰がこの工房を使うかだな……どこかの街で人材が見つかればいいが」


 錬金工房を手に入れたは良いが、そもそも俺たちの中で錬金術の知識を持っているものは居ない。

 どこかの街で錬金術の知識を持つものを勧誘して、ここで働いて貰う予定だが、いつから生産が開始できるかの目処は立っていない。

 街に出れば兄上たちの刺客が襲ってくる可能性もあるので、大手を振って街で活動するのも難しい。


「お兄さん……もし良ければなんですが」


 シーラが粗末なスカートを両手で握りしめながら、何かを言いたげにしている。

 そう言えば服装も彼女たちが攫われた時のままだった。今まで余裕がなくて気にする暇もなかったが、こうして見ると少々みすぼらしい。

 金が入れば服飾にも予算を割り当てるべきか。少し不憫だ。


「どうした?」


「私にこの錬金工房を使わせて下さい!」


 シーラは目を涙で潤ませながら申し出る。


「だがシーラは錬金術の知識は無いだろう?」


「たしかに何も知りません……けれどお兄さんが持っている本で勉強して、ポーションを作れるようになりますから!」


 いきなりな提案である。別にシーラが焦って仕事を探す必要は無い。役に立たないからと言って草原に放り出すほど鬼畜では無いつもりだ。


「焦る必要は無いぞ。料理とか洗濯とか、色々と仕事があるからそれをしてくれれば良い」


「違うんです!」


 シーラがこちらを見つめる。不安に揺れる瞳は何を思っているのだろうか。


「私……あまり得意なことが無いんです。何でも出来るお姉ちゃんの陰に隠れて……その」


 シーラの独白が始まり、俺はそれを黙って聞く。

 曰く──彼女の人生は双子の姉であるトールと常に共にあった。活発で天才肌な姉の陰に隠れた、真面目さしか取り柄のない妹。それが彼女の自己評価だ。

 住んでいた村が焼かれたその時も、シーラは姉に手を引かれて逃げるだけだった。

 何の力も無く、ただただ嘆いて人に救いを求める自分が嫌いで、変わりたい──と彼女は涙まじりに語った。

 彼女は姉に憧れていて、そして村の襲撃で多くの死を見た。それが思いのきっかけになったのだろう。


「そのための錬金術か」


「……はい。錬金術を使えるようになって、皆さんの役に立てる自分になりたいんです」


 幸いにしてこれはエーファの民が設計した錬金施設だ。素人でも錬金術師になれるかも知れない。


「だったら、今日このときから一週間以内に治癒ポーションを作って欲しい。もし出来たならこの錬金工房はシーラのものにするよ」


 かなり酷な提案をする。本気度を試すためでもあるが。

 素材はダンジョンの報酬によりある程度手に入れている。後でゴレムスに運び込ませれば良いだろう。


「……! お願いします!」


 シーラが深々と頭を下げる。本当に礼儀正しくて、よく考えている子だ。

 俺なんて領土にどうやってバリスタを置くかしか考えてないのに、シーラはどんな自分になりたいかを真剣に考えて、それを実行しようとしている。


「それじゃあこの本を渡しておくよ」


 錬金術の本を手渡す。分厚い本をシーラが受け取ると、その重みで少しよろめいた。


「お兄さん……」


 シーラが本を胸に抱いたまま、こちらをじっと見つめる。


「ありがとうございます」


 頭を下げるシーラに返事をしていると、玄関のドアを叩く音がした。俺の返事を待たずに来訪者はドアを開けて室内に入ってくる。


「あの家凄いよアンリ! 家具は全部揃ってるし、キッチンとかもあったよ!」


 ガブリールを従えたトールがハイテンションで詰め寄ってくる。いかにあの家を気に入ったかは、その顔を見れば一目瞭然だ。


「それでね! 寝室もあるか──あれシーラ?」


 トールは怪訝な顔をしてシーラを見つめる。


「もしかして泣いてたの。涙の跡があるけど? ねえ……アンリ、どういう事なの?」


 やばい。トールは笑顔でこちらを問い詰めてくるが、目は一切笑っていない。


「それは……その。色々あったんだよ」


 シーラの思いをトールに伝えるにはまだ早い。ここでバラすわけにはいかないので、返事も曖昧なものになる。


「へえ……色々ねえ。それはまた随分と手の早いことで」


 色々と勘違いをされている。

 領主たる俺の名誉のために、トールに詳細をぼかしながら説明をしたが、どれも言い訳と取られた。

 家畜さながらにトールに連行される俺は、恐らく大陸一みっともない領主だろう。

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