第16話 古代の治癒ポーション
「私、気づいたんです……錬金術の秘奥とは魔術世界との接続──すなわち大気に溢れるマナを自在に操ることが錬金術の全てなんです」
「ねえ、シーラ大丈夫? なんかちょっと怖いけど……」
トールが最愛の妹を心配して呼びかける。シーラの目は虚ろで体はフラフラと左右に揺れており、さながら幽鬼のようだ。
「今までの錬金術ではあくまで素材に含まれるマナを高濃度で抽出して薬効を高めることを目的としていたんです。けどエーファの民──ラ・クリカラ様の錬金術は素材を只の素材として使わず、触媒として使われたんですよ! 触媒は大気のマナを効率的に集めることにより、ポーションの薬効を信じらないほど高めます!! お兄さんは分かりますか!? この素晴らしさが!?」
「ぐええ!」
興奮したシーラにポーションの瓶を押し付けられる。顔に当たるガラス瓶が俺の頬を歪ませ、情けない声しか出せない。
部屋に入ってきたシーラの様子は常軌を逸している。
普段はお淑やかで姉の後ろを三歩下がって着いてくるようなシーラが、今ではポーションの瓶に頬ずりして恍惚としている。
心配したトールが駆け寄って何やら話しかけている。体の具合を聞いたり、額同士をくっつけて熱が無いか確かめたりだ。
「だいじょうぶだよ、おねえちゃん」
シーラはポーションを机に置いたかと思うと、そのままトールの胸の中に倒れ込んだ。
意識を失ったと言うより疲労により眠ってしまったようだ。細い寝息を立てながら安らかな顔で眠りについている。
「……シーラ、お疲れ様」
トールはシーラの背中を撫でながら労う。
「部屋まで連れて行こうか。ろくに寝てないだろうからな」
シーラを背負い部屋まで運ぶ。背中に感じる体重は思っていたよりも軽かった。
◆
シーラを寝かしつけたのち、ポーションの効能を試すために外に出る。
そこには小型のバジリスク──八本足の魔物の死体がある。石化させられては敵わないので遠くから投石で倒したものだ。
こいつは意外にも肉があっさりとしていて美味しい。
肉をとった後は素材として使えるかもと思い、庭先に放置してあった。まだ腐るほどの時間も経っていないので実験体としては良いだろう。
「よし、こいつでポーションの効能を試そう。普通の治癒ポーションなら何時間もかけて傷が少し治るほどだが、これはどうだろうな?」
「シーラがあれだけ頑張ってたんだから大丈夫だよ」
トールが胸を張って答える。
同意してポーションの蓋を開けてバジリスクの死体にゆっくりと掛ける。するとポーションで濡れた所からすぐさまに傷が塞がっていき、すぐにバジリスクは生前の形を取り戻した。
流石に生き返ったりはしないが、驚くべき薬効だ。エーファの民とこの王国の技術力の差をまざまざと見せつけられた気分である。
「やったあ! ねえアンリ! これって成功だよね!?」
トールが喜びのままに飛びついてくる。流石に一般的エルフであるトールにはこの凄さが分からないのだろう。
妹が偉業を成したから喜んでいるのではなく、妹の努力が報われたことそのものを喜んでいる。
「いや……凄いなんてものじゃないぞ。市場に出回れば錬金術ギルドが黙ってないなコレは……」
「そうなの? じゃあ売れないのかな」
一転してトールが沈んだ表情になる。この新技術を知られれば錬金術ギルドのみならず、商会の連中も黙っていない。
市場を荒らす厄介者を排除するか、もしくはこの技術を独占しようと悪どい手を使われるかも。最悪、シーラが誘拐されてポーション奴隷にされてしまう恐れすらある。
「いや売る先ならまだあるな」
この草原から西方では獣人たちが氏族単位で集落を成している。まだ群雄割拠であり全てを治める長も居ないので、どこか一つの氏族と話がつけば流通ルートが出来る。
獣人たちは無骨な者が多く、
そこにポーションを納めて対価を貰う。金銭は恐らく使われていないので、物々交換になるだろうがそれでも良い。
我々には金どころか物資すら無いのだ。DPを使って資源を手に入れることは出来るが、あまり頼りたくはない。もしダンジョン報酬が有限だったと後になって解れば、その時点で物資の調達先が消滅してしまう。
だから技術や建築物はダンジョン報酬に頼ることがあっても、食料・鉱石・錬金素材・生活物資などは独自に調達するルートが欲しい。
「西に行って獣人の氏族と取引をしようか。ポーションは何本くらいあるか知ってるか?」
「何本っていうか……あれを見てみてよ」
トールが指差す先には三つほどの大箱がある。開いた蓋からは緩衝材に包まれたポーションがぎっしりと詰まっている。軽く100本はありそうだ。
「おお、これは何とも……」
ここまで頑張れと誰が言った。いや俺が言ったようなものか。
「これだけの効能があるのなら薄めて使っても大丈夫だな。よし明日には売りに行ってくるよ。家にはゴレムスとガブリールが居るし、留守番は任せるぞ」
「ボクも行きたい。シーラの作ったポーションを使う人たちを見たいし、それにシーラも多分そう思うはずだよ」
「それなら皆で行こうか。色々と盗まれるのが怖いからゴレムスだけ残していくか。畑も見てもらわないとだし」
俺の言葉にトールが嬉しそうに頷いて了承する。
この草原に来てから初めての遠出だ。携帯食料や水の準備を今日中にして、明日の朝には出ることにしよう。
ポーションは農作業用の荷車に載せれば良い。引くのは当然俺になるが、それくらいの仕事はするべきだろう。シーラの努力に応えなければ。
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