第9話 始まりの試練8周目 1/3階層
階段を降りきれば見慣れた光景が広がる。8周目となるダンジョンへの挑戦だ。
運がよいことに最初の部屋にモンスターの姿はなかった。部屋を見回して床落ちしている「壁消しのスクロール」を拾う。
これを使うと全ての壁が消滅するので要注意である。後はパンがあったので拾っておく。
「懐かしい。2周目はこれのせいで死んだんだっけか」
「壁消しのスクロール」はホロウナイトに縦に真っ二つにされた遠因だ。
部屋には出入り口が二つ。一つは俺が降りてきた階段で、もう一つは次の部屋に通じる階段だ。
以前の俺だったら喜び勇んで次の部屋に行っていただろう。だが、ある一定の法則性を最近見つけた。
「魔物たちはフロアを徘徊している奴とそうでない奴が居る」
これは体感で覚えた。部屋に入ると活性化したように襲いかかってくる魔物が多いが、中には部屋と部屋の間を徘徊している魔物がいるのだ。
「そいつを狩る。目標は盗人ゴブリンだ」
思い返しても微妙なネーミングだ。シーフ・ゴブリンにした方が良かったかも。いや今はそんな事を考えている余裕は無い。
じっと待つ。通路前の壁に張り付いて、敵が気づく前に奇襲するのだ。
頬に感じる石壁の冷たい感触が、俺の思考を冷静にさせてくれる。
今のステータスなら素手でも魔物は倒せる筈だ。複数体は相手に出来ないが。
「来たか……」
魔物の足音がする。粘度の高い液体が地面に当たる不快な音。音を立てないように、その場から身じろぎもせずにじっと待つ。
ただただ待つ。
「今だ!!」
球体を上から落として潰したような魔物。青く透き通ったそれは、紛れもなくブルースライムだ。
俺はブルースライムの真ん中にある玉を思いっきり掴む。酸で手を焼かれる痛みはあるが我慢する。
「ぐうぅ!!」
そのまま全力で握りしめて潰す。コアが壊れたブルースライムは動かなくなった。
手を急いで引き抜くと、香ばしくも良い匂いがした。
「ちょっと痛むな……」
こいつの弱点はコア──体の中心にある赤黒い球体だ。恐らく人間で言う心臓のような部位なのだろう。
そこさえ潰せば一瞬で死ぬ。
「また待とう」
壁に張り付く。神経を集中して足音がしないか耳を傾ける。
「来たか……今度は何だ?」
今度は先程とは違う足音。子供のように忙しなくも小さな足音は、もしかするとお目当ての魔物か。
魔物が部屋に入ってくる。お目当ての盗賊ゴブリンだ。
背負った大袋ははち切れんばかりに膨らんでおり、盗賊ゴブリンが歩く度に揺れて音を立てる。
「オラァアアア!!」
拳を握りしめて思いっきり顔を殴りつける。
「グギャアアアアアアア!!」
盗賊ゴブリンは大袋ごと壁際まで吹っ飛ぶ。俺はすぐさまに駆けより、マウントポジションを取る。
その後はひたすらに殴る。相手が動かなくなるまで。
「ギイ……ギイ……」
トドメの一撃を顔面に入れると、盗賊ゴブリンは息絶えた。顔面は見るも無残にどす黒く変色している。折れた歯が痛々しさをデコレーションしているかの様だ。
「アイテム、アイテムっと」
落ちた大袋を開ける。
中には武器・防具・アイテムが入っている。盗賊ゴブリンは階層を徘徊してアイテムを集める習性があるのだ。
もちろん俺が持っているアイテムも盗もうとしてくる厄介な存在だ。乱戦中に近づかれたらシャレにならない。
「鋼鉄の剣+2と守りの指輪。それとスクロールとポーションか」
防具は残念ながら指輪だけだ。
指輪を装着すると体の筋肉が引き締まるような感覚を覚える。後は剣を腰に差して準備万端。スクロールとポーションもアイテムボックスに仕舞う。
ついでに落ちている石も拾っておく。ダンジョンの外のようにポケットに仕舞うことは出来ない。アイテムと認識されればアイテムボックスに勝手に入るのだ。
大袋にあった治癒ポーションを腕に振りかける。アイテムの出し惜しみは死に繋がる。これも経験則だが。
「次の部屋に行くか」
次の部屋に入ると予想通り魔物が二体。手ぶらで入れば危なかっただろう。
「イビルアイとホロウナイトか、先にイビルアイを潰す!」
宙に浮く一つ目の魔物はイビルアイ。あの目から発せられる光を浴びると、意識が混濁して普通には動けない。乱戦時の危険性は非情に高い。
対してホロウナイトはグレートソードの一撃は重いが、ただそれだけだ。少し頑丈で強いだけ。焦ることはない。
イビルアイの目がこちらを見つめる。
俺は全力で駆けより袈裟斬りに斬りつける。怯んだ隙を逃さずに2.3撃入れるとイビルアイは地面に落ちて死に絶えた。
ホロウナイトがこちらに走り寄ってくる。
巨大なグレートソードを上段に構えるや、轟音を上げて振り下ろしてきた。
ステップで回避する。俺の頭スレスレに振り抜けたグレートソードは、地面に当たり金属音を立てた。
距離を取るべくバックステップすると、足元で罠を踏む音がする。
再度バックステップして、飛んでくる矢をギリギリで躱す。これは矢の罠だ。踏むと壁に穴が空き、そこから高速で矢が射出される。だがこの罠も一定の法則性があることに気づいた。
体勢が崩れた所にホロウナイトのグレートソードが打ち込まれてくる。
「グウ!」
両手で剣を構えて一撃を何とか凌ぐ。さすがにマトモに喰らうと辛い。
俺はホロウナイトの左側に回り込み、すぐさまに全力で蹴りを入れる。ホロウナイトが耳障りな金属音を鳴らしながら後退した。
ホロウナイトは一撃が重い代わりに動きは鈍い。剣戟の隙間を縫って蹴りを入れることなど容易い。
「よし! これで終わりだ」
足元の矢の罠を踏みしめる。何度も何度も。すると踏んだ回数だけ矢が俺目掛けて飛んでくる。
──俺と罠の間にはホロウナイトが居ると言うのに
矢は鋭い音を立てながらホロウナイトに突き刺さる。俺は流れ矢を警戒してその場に屈んで成り行きを見守った。
するとホロウナイトは欠損が激しくなったせいか動かなくなった。念の為に蹴りを入れたが反応はない。
戦闘が終わったのでアイテム回収に移る。またまたスクロールが一つ落ちている。刻まれた名前は「雷鳴のスクロール」部屋内の魔物に雷を落とすスクロールだ。
「これは合せ技が使えるな」
ニヤリと笑う。先ほど拾ったスクロールとこのスクロールがあれば、強大無慈悲な合せ技が使えるのだ。
このダンジョンで学んだ経験則は「力押しではいずれ死ぬ」だ。アイテム・罠を器用に使わぬば、いずれ特殊な攻撃を食らって死ぬだろう。
どれだけステータスが上がっても麻痺や混乱したままでは戦えない。寄ってたかって嬲り殺しにされるのだ。
そのため注意深く進む。このダンジョンは全部で三回層。次の階層に行ける階段を見つけなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます