第7話 トールとシーラ

 戦闘が終わるとごろつき連中はすぐさまに逃げ出した。骨が砕けているので苦しそうではあったが、わざわざ助けるほどお人好しではない。


 今は石碑の部屋に戻ってきている。草原には魔物も多いし、ごろつき連中が仲間を呼んで戻ってきても面倒だ。

 ちなみに草原に通じる穴は、土を掘って階段状にしてある。草原に出入りする度に壁のぼりをしたくはない。


 今現在、部屋には俺とガブリール・ウィル、そして客人が三名いる。

 客人をもてなすべく木のコップに入った水を差し出す。

 コップは追放時に渡された大袋に入っていたものだ。水は川で汲んで煮沸もしているから腹を壊すことも無い。


「まあ水でもどうぞ」


 テーブルもないのでコップは地面に直置きだ。無作法ではあるが仕方ない。


「おう。ご丁寧にどうもアンリ王子。俺はクロードだ。好きに呼んでくれ」


 赤髪のハンマー使い──クロードはニヤリと笑い水を口に含んだ。


「クロードか、うん分かった。そちらのエルフのお二人は──」


「ボクはトール」


「わ、私はシーラです」


 エルフの子供たちはトールとシーラと言うらしい。見た目は瓜二つだ。人間ヒュームで言うならば14歳くらいに見える。


「二人はよく似ているな」


「ボクたちは双子だからね」


 赤い瞳でこちらを見つめるはトール。金髪を肩に掛かるくらいまでに伸ばしている。


「あのその……この度は助けて頂きありがとうございました」


 シーラが俺とクロードに頭をペコペコと下げる。その度に長い金髪がサラリと揺れた。トールが赤目なのに対して、シーラは宝石のように透き通った青色をしている。


「別に成り行きだから構わない。お礼は最初に助けたクロードに言うと良いよ」


 二人が礼を言うとクロードは気恥ずかしそうに頬を掻いた。確かに礼を言われ慣れているようには見えない。

 空気を変えるようにクロードは両手をパンと打つ。


「そんな事はどうでもいいんだよ。それよりエルフ娘たちはどうするんだよ。故郷に帰るのか?」


「ボクたちの住んでた村はもう無いよ」


 トールが淋しげに言うとシーラの顔が曇る。引き継ぐようにシーラが己の境遇を語りだす。


「はい……戦場帰りの傭兵団が村を収奪したのです。思い出すのも辛いのですが……全てを終わらせた傭兵団は村に火を放って去っていきました。私たちの様に捕らえられた者は人買いに売られたか……よくは分かりません」


「まあよく有る話だわな。たっぷり稼いだ傭兵団が帰り道にもう一仕事。傭兵団ってのはそんなもんだぜ」


 クロードは地面にゴロリと寝転がり、ぼやくように呟く。


「で、どうするよアンリ王子? 王族の力で助けてやったらどうだ?」


「それは難しい。複雑な事情があって今の俺には何の力も無くてな」


「ヒヒヒ、知ってるぜ。王宮から追放されたんだろ。界隈では有名な話だぜ」


 クロードは意地が悪そうな顔で笑う。最初から事情は知っていたようだ。


「助けてくれた礼に一つだけ助言しとくか。一部でアンリ王子の暗殺依頼が出ているぜ。依頼内容は暗殺もしくは死体の確認。場所はこの草原だ」


「何だと!! 依頼主は誰だ、王族か!?」


「それは知らないねえ。王族だとしても分からねえよ。細工してるに決まってる」


 恐らく王位継承者、俺の兄たちが手回ししているはずだ。死体を見つけるまで安心できないのだろう。もし俺が魔物に丸呑みにされていたら、どうやって確認するつもりだったのだろうか。


「それもそうか……追放だけでは足りないと考えたか。ちなみにクロードはその依頼は受けたのか?」


「面倒くせえから無視したよ。王族や貴族絡みは怖いんだよ。成功しても口封じに消されることもあるからな」


 一安心だ。先程の戦闘を見るに、クロードと戦って勝てるかは分からない。ステータスが上がっても対人戦闘経験が薄いので不安が残る。


 これからも王族の邪魔が入ってくるだろう。脳内に描いていた、草原で魔物狩りをして余生を過ごす計画が崩れ去る。

 何としてもダンジョンでステータスアップし、暗殺に備える必要が有る。まずは始まりの試練とやらを踏破しなければ。


 難しい顔で将来設計を考えているとクロードが破顔して話しかけてくる。


「まあまあ難しい事は後回しにしようや。出会いを祝って酒でも飲もうぜ!」


 クロードは酒瓶を取り出す。中にはワインが入っており、栓を抜くと濃厚な匂いが辺りに広がった。匂いが嫌だったのか、近くに居たガブリールが険しい顔をする。


「ほらほら飲めよ、注いでやるぜ」


「いや俺は……酒は余り飲まない──」


「ああん、酒が怖いのかよ? お子ちゃまだなあ」


「何だと!」


 クロードが飲み干したのを見てから、注がれたワインを飲み干す。喉が灼けるような感覚を覚える。だがクロードが先に飲んだので毒が入っている可能性は無いだろう。


「いよ! 未来の王様の飲みっぷりは違うねえ!」


「俺は第12王子……継承権は無いも同然なんだ」


 酒が回ってきたのか頭がフラフラとする。酒が強いのか、それとも俺が弱いのか。クロードはやんやと囃し立ててさらに酒を注ぐ。


「美味い……美味いが……これは……」


 トールとシーラが心配して声を掛けてくれるが頭に入ってこない。何だかとても眠い。意識がどんどんと遠のいていく……



 ◆



「クソ……寝てしまったか」


 二杯目のワインを飲み干した後の記憶がない。どうやら酩酊して眠り込んでしまったらしい。

 隣にはガブリールが寄り添っている。ガブリールの頭を撫でつつ辺りを見渡す。


「あれ! クロードはどこに行った!?」


 クロードが居ない。痛む頭を抑えながら探していると、シーラがおずおずと話しかけてくる。


「あの……これを渡してほしいとクロードさんから伝言を受けています」


「これは書き置きか」


 そこには汚い字でクロードの思いが綴られていた。



 ~ 偉大なるアンリ王子へ ~

 なかなか目を覚まさないので、悪いけど先に帰らせてもらう事にした。次の仕事が待っているんだ。

 直感だけれど俺たちには縁があると思う。またどこかで出会うだろうが、そこが戦場でないことを願っているよ。


 追伸

 自分がどれだけ飲んだら意識を無くすか、先に調べておくのは大事だ。毒を使わずとも暗殺する方法は幾らでもあるからな。

 後、そこのエルフ娘二人をよろしく頼む。俺は根無し草なのでとても世話できん。マジですまん。だけどお前も一緒になって助けたんだから共犯だよな? それと壁にかけてある頭蓋骨は悪趣味だからすぐに捨てろ。


 ──アンリ王子の親友クロードより



「あぁああああ!! クロードの野郎!! 押し付けて逃げやがったな!!」


 感情のままに叫ぶ。あいつは次に会ったらダンジョンに放り込んでやる。俺と一緒に死んでもらうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る