第7話 トールとシーラ
戦闘が終わるとごろつき連中はすぐさまに逃げ出した。骨が砕けているので苦しそうではあったが、わざわざ助けるほどお人好しではない。
今は石碑の部屋に戻ってきている。草原には魔物も多いし、ごろつき連中が仲間を呼んで戻ってきても面倒だ。
ちなみに草原に通じる穴は、土を掘って階段状にしてある。草原に出入りする度に壁のぼりをしたくはない。
今現在、部屋には俺とガブリール・ウィル、そして客人が三名いる。
客人をもてなすべく木のコップに入った水を差し出す。
コップは追放時に渡された大袋に入っていたものだ。水は川で汲んで煮沸もしているから腹を壊すことも無い。
「まあ水でもどうぞ」
テーブルもないのでコップは地面に直置きだ。無作法ではあるが仕方ない。
「おう。ご丁寧にどうもアンリ王子。俺はクロードだ。好きに呼んでくれ」
赤髪のハンマー使い──クロードはニヤリと笑い水を口に含んだ。
「クロードか、うん分かった。そちらのエルフのお二人は──」
「ボクはトール」
「わ、私はシーラです」
エルフの子供たちはトールとシーラと言うらしい。見た目は瓜二つだ。
「二人はよく似ているな」
「ボクたちは双子だからね」
赤い瞳でこちらを見つめるはトール。金髪を肩に掛かるくらいまでに伸ばしている。
「あのその……この度は助けて頂きありがとうございました」
シーラが俺とクロードに頭をペコペコと下げる。その度に長い金髪がサラリと揺れた。トールが赤目なのに対して、シーラは宝石のように透き通った青色をしている。
「別に成り行きだから構わない。お礼は最初に助けたクロードに言うと良いよ」
二人が礼を言うとクロードは気恥ずかしそうに頬を掻いた。確かに礼を言われ慣れているようには見えない。
空気を変えるようにクロードは両手をパンと打つ。
「そんな事はどうでもいいんだよ。それよりエルフ娘たちはどうするんだよ。故郷に帰るのか?」
「ボクたちの住んでた村はもう無いよ」
トールが淋しげに言うとシーラの顔が曇る。引き継ぐようにシーラが己の境遇を語りだす。
「はい……戦場帰りの傭兵団が村を収奪したのです。思い出すのも辛いのですが……全てを終わらせた傭兵団は村に火を放って去っていきました。私たちの様に捕らえられた者は人買いに売られたか……よくは分かりません」
「まあよく有る話だわな。たっぷり稼いだ傭兵団が帰り道にもう一仕事。傭兵団ってのはそんなもんだぜ」
クロードは地面にゴロリと寝転がり、ぼやくように呟く。
「で、どうするよアンリ王子? 王族の力で助けてやったらどうだ?」
「それは難しい。複雑な事情があって今の俺には何の力も無くてな」
「ヒヒヒ、知ってるぜ。王宮から追放されたんだろ。界隈では有名な話だぜ」
クロードは意地が悪そうな顔で笑う。最初から事情は知っていたようだ。
「助けてくれた礼に一つだけ助言しとくか。一部でアンリ王子の暗殺依頼が出ているぜ。依頼内容は暗殺もしくは死体の確認。場所はこの草原だ」
「何だと!! 依頼主は誰だ、王族か!?」
「それは知らないねえ。王族だとしても分からねえよ。細工してるに決まってる」
恐らく王位継承者、俺の兄たちが手回ししているはずだ。死体を見つけるまで安心できないのだろう。もし俺が魔物に丸呑みにされていたら、どうやって確認するつもりだったのだろうか。
「それもそうか……追放だけでは足りないと考えたか。ちなみにクロードはその依頼は受けたのか?」
「面倒くせえから無視したよ。王族や貴族絡みは怖いんだよ。成功しても口封じに消されることもあるからな」
一安心だ。先程の戦闘を見るに、クロードと戦って勝てるかは分からない。ステータスが上がっても対人戦闘経験が薄いので不安が残る。
これからも王族の邪魔が入ってくるだろう。脳内に描いていた、草原で魔物狩りをして余生を過ごす計画が崩れ去る。
何としてもダンジョンでステータスアップし、暗殺に備える必要が有る。まずは始まりの試練とやらを踏破しなければ。
難しい顔で将来設計を考えているとクロードが破顔して話しかけてくる。
「まあまあ難しい事は後回しにしようや。出会いを祝って酒でも飲もうぜ!」
クロードは酒瓶を取り出す。中にはワインが入っており、栓を抜くと濃厚な匂いが辺りに広がった。匂いが嫌だったのか、近くに居たガブリールが険しい顔をする。
「ほらほら飲めよ、注いでやるぜ」
「いや俺は……酒は余り飲まない──」
「ああん、酒が怖いのかよ? お子ちゃまだなあ」
「何だと!」
クロードが飲み干したのを見てから、注がれたワインを飲み干す。喉が灼けるような感覚を覚える。だがクロードが先に飲んだので毒が入っている可能性は無いだろう。
「いよ! 未来の王様の飲みっぷりは違うねえ!」
「俺は第12王子……継承権は無いも同然なんだ」
酒が回ってきたのか頭がフラフラとする。酒が強いのか、それとも俺が弱いのか。クロードはやんやと囃し立ててさらに酒を注ぐ。
「美味い……美味いが……これは……」
トールとシーラが心配して声を掛けてくれるが頭に入ってこない。何だかとても眠い。意識がどんどんと遠のいていく……
◆
「クソ……寝てしまったか」
二杯目のワインを飲み干した後の記憶がない。どうやら酩酊して眠り込んでしまったらしい。
隣にはガブリールが寄り添っている。ガブリールの頭を撫でつつ辺りを見渡す。
「あれ! クロードはどこに行った!?」
クロードが居ない。痛む頭を抑えながら探していると、シーラがおずおずと話しかけてくる。
「あの……これを渡してほしいとクロードさんから伝言を受けています」
「これは書き置きか」
そこには汚い字でクロードの思いが綴られていた。
~ 偉大なるアンリ王子へ ~
なかなか目を覚まさないので、悪いけど先に帰らせてもらう事にした。次の仕事が待っているんだ。
直感だけれど俺たちには縁があると思う。またどこかで出会うだろうが、そこが戦場でないことを願っているよ。
追伸
自分がどれだけ飲んだら意識を無くすか、先に調べておくのは大事だ。毒を使わずとも暗殺する方法は幾らでもあるからな。
後、そこのエルフ娘二人をよろしく頼む。俺は根無し草なのでとても世話できん。マジですまん。だけどお前も一緒になって助けたんだから共犯だよな? それと壁にかけてある頭蓋骨は悪趣味だからすぐに捨てろ。
──アンリ王子の親友クロードより
「あぁああああ!! クロードの野郎!! 押し付けて逃げやがったな!!」
感情のままに叫ぶ。あいつは次に会ったらダンジョンに放り込んでやる。俺と一緒に死んでもらうぞ。
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