第6話 クロード

「ガウガウ」


「うぅ……」


 石碑の部屋で寝ていた所をガブリールに起こされる。しこたま舐めたらしく顔がしとどに濡れている。

 この草原に来てから一週間以上が過ぎた。ダンジョンに潜ったり草原で食料を探したりとサバイバルに勤しんでいる。


「ウィル、ガブリール、おはよう」


 朝の挨拶を交わす。

 ガブリールはウィルを大層気に入ったらしく暇があれば齧ろうとする。昨日など牙が刺さったせいで頭蓋骨のてっぺんに穴が空いてしまった。

 これ以上手の届くところに置くとマズイので、木の皮で作った紐を通して、壁の出っ張りに引っ掛けている。


 ガブリールは何だか落ち着かない様子だ。

 鼻を上に上げて匂いを嗅いだり、耳をピクピクと動かしている。なにか気になることが有るのだろうか。


「どうしたガブリール。腹でも減ったか?」


「グァアウ!!」


 違うらしい。ガブリールは草原へと通じるドアを爪で引っ掻くとこちらを振り返る。外に出たいらしい。


「トイレか?」


 聞いたら強く吠えられた。これも違うのか。

 ドアに手を掛けてゆっくりと開くと、ガブリールは急ぐように外に出ていった。慌てて俺も追いかける。

 外には危険が多い。ただの狼であるガブリールを一人にさせる訳にはいかない。



 ◆



 草原をガブリールの先導で進む。

 少し走るとガブリールは目的の物を見つけたらしくその場に伏せた。


「あれは馬車か……こんなに魔物だらけの国境沿いに珍しい」


 白い幌馬車が草原にポツンと置かれている。周りでは柄の悪い男たちが一人を囲んで言い争っているようだ。

 匍匐前進で草むらにまぎれて近づく。男たちの顔が判別出来るほどの距離に行くと、会話の内容が聞こえてくる。


「だから言ってるだろうが!! 荷物がエルフの子供だなんて聞いてねえぞ!!」


 燃えるような赤髪の男が声を荒げる。周りを囲まれているのに動じた様子は一切ない。


「前金は既に渡しただろうが! 運ぶのが物か人かなんて関係ねえだろうが!!」


 周りを囲んでいる男が苛立ちながら答える。腰の剣に手を当てて、一触即発の空気である。

 どうやら仕事内容で揉めているようだ。赤髪の男が騙されたことにご立腹で、依頼主に物申しているという所か。


 赤髪の男がずいと一歩前に出る。


「別に善人ぶるつもりは無えがよ。子供だけは扱わないって決めてるんだ。さっさと逃してやれ」


 手を幌馬車に向ける。あそこにエルフの子供が入っているらしい。こいつらは奴隷商か人さらいか、それとも女衒か。

 どっちにしろ碌でもない連中だ。


「面倒くせえなあ。只の雇われ風情がグダグダ言ってんじゃねえよ!!」


「文句くらい言うさ。何だやるのか?」


 赤髪の男がハンマーを構える。長い柄の先には金属製のハンマーヘッド。使い込んでいるようで、構える姿も堂々としている。



 ──赤髪の男が裂帛の気合を発する。周りの男たちはその気迫に押されてたじろいだ。



 男たちは怯えつつも腰から剣を抜く。数は四人。対して赤髪の男に味方は居ない。今の所は。


 助けるべきか、見捨てるべきか?


 助けるメリットはあまり無い。彼らは別に知り合いでも無い、ただの他人だ。助けて領民にする手もあるが、命を掛ける価値があるかは分からない。

 考えつつポケットに石を詰め込む。投石の優位性は既に実証しているからだ。逃げるにしてもあって損はない。


「ガブリールはどう思う」


 小声で話しかける。ガブリールは澄んだ瞳でこちらを見つめている。吠えもせず身じろぎもせずに俺の判断を待っているようだ。

 ここであの男を見捨てて、薄暗い石碑の部屋に戻る。それでも良いとは思う。少なくとも死にはしない。


 思考にふけっていると戦闘が始まった。


 赤髪の男がハンマーを振るうと、馬車を囲んでいた男が一人吹っ飛んだ。胸骨が砕けたようで地面でのたうち回っている。


「よし決めた。助けよう」


 決心する。俺はこの地の領主なのだ。いまだ領民は少ないが、彼らに恥ずかしい所を見せたくない。既に何度もダンジョンで死んだ身だが、心まで死にたくはない。


 立ち上がりポケットに手を突っ込む。


「喰らえ!!」


 振りかぶって石を投げつける。見晴らしの良いこの場所では、投石から身を隠す場所もない。避けられるものなら避けてみろ。


 鈍い音を立てて男が一人うずくまる。投石は狙い通りに男の足に当たり骨を砕いた。立ち上がるのも難しいはずだ。

 威力も多少は抑えている。骨は折らせて貰うが命までは奪いはしない。


「さらにもう一発!!」


 もう一発投げつける。今度は腕に当たり、男が持っている剣が地面に落ちた。

 突然の乱入に驚いた男たちは目に見えて動揺している。赤髪の男はその隙を逃さずに、その場をあっという間に制圧した。


 戦闘が終わり赤髪の男はこちらをじっと見つめてくる。敵意がないか確かめているのだろう。

 ふと何かに気づいたらしく、こちらに声を掛けてきた。


「お前は、もしかして……アンリ王子か?」


「なんで俺を知っているんだ!?」


 王子といえど俺は第12子であり知名度は低い。それなのに顔を見ただけで、俺がアンリ王子だと分かるはずはない。

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