第5話 ガブリール
草原を匍匐前進で進む。素早さが上がったことによりスピードは格段に増している。
恐らく一般男性の小走りより早いだろう。傍から見たら最高に気持ち悪いとは思う。
「飯はどこだ?」
青臭い草をかき分けて食べられそうな生き物を探す。ゴブリンやオークは食えそうにないので除外する。あれは見た目のせいで人食のような忌避感がある。
ダンジョンにずっと潜っていたので時間感覚が無くなっていたが、今はどうやらお昼頃らしい。日の位置も高い。
うららかな陽気を感じつつ、腹を汚しながら匍匐で進む。
「いたな……」
遠くに魔物が見える。今いる場所は草原の高台で、見下ろす先には鳥のような魔物が一体いる。
「あれはロック鳥か。聞いていたより小さいな」
成体になると家より大きくなり、人を軽々と攫うほどの魔物だ。見えるのは成長中の個体だろう。人より少し大きいほどだ。
ゆっくりと草が深い場所を選んで近づく。絶対に気づかれてはいけない。
「グギャア! グギャアア!」
近寄るとわめきながら嘴で何かを突いている。
「あれはオークの死体か……」
ロック鳥はオークの腹部を嘴で食い破り、食いでの有りそうな内臓を堪能している。
俺は内臓くらいで怯みはしない。なぜなら内臓なら何度も見たことがあるからだ。大体は自分のだが。
今のステータスなら倒せる筈だ。今後もこの草原で生きていくことを考えると、これくらいの魔物くらい何とか出来なければ。
ロック鳥の背後にこっそりと近づく。音を立てないようにし、呼吸音も控える。
手が届く距離まで来たので、意を決して背中に思い切り飛びつく。
「グギャアア!!」
食事を邪魔されたロック鳥が吠える。鼓膜に響くような大音声に頭がビリビリとするが、堪えつつ手元の石片を構える。
「喰らえ!!」
石片が突き刺さりロック鳥の太い首から血が吹き出す。
「ギィャアアアアアア!!」
滅茶苦茶に暴れるので背中から振り落とされる。何とか体勢を取り戻し、ポケットの石を取り出す。
以前に殺された投石オークの構え方を真似して振りかぶる。そして鞭のように腕をしならせて全力で投げつけた。
パンと音がしてロック鳥の翼が弾ける。悲鳴を上げるロック鳥を無視してポケットの中の全ての石を投げつけると、ロック鳥は音を立てて地面に倒れ伏した。
ダンジョンに入る前の俺だったら、絶対にこの魔物には勝てなかっただろう。だがダンジョンで死に戻りを繰り返す内に、それなりに強くなったようだ。
だがダンジョン内である急激なステータスアップは感じない。ダンジョン内と外では成長速度が違うのかも知れない。
「普通の人でもダンジョンでの成長を持ち越せれば良いのになあ」
そうすれば安全な訓練所としてダンジョンを使える。だが俺以外の人間が入った所で、クリアしても死んでもステータスは戻されるだろう。あの石碑は「ステータスの初期化」とやらを絶対のルールとして遵守していた。
「取り敢えずロック鳥を部屋まで持って帰ろう」
殺したは良いが余りにも大きい。石片で内臓を破かないように何とか解体する。素人がやったので取れる肉量と見栄えは大変宜しくない。
余った肉や皮・羽根はもったいないが破棄していく。肉を求めて魔物が集まるのも怖いので、地面に掘って埋める事にした。
「簡単に地面が掘れるな」
腕力も飛躍的に上がっている。素手で掘っているのに見る見るうちに大穴が出来、そこにロック鳥の死体を放り込む。オークの死体もついでに入れる。
「よし帰ろう。匍匐前進で」
木の皮で紐を作り、背中に肉を括り付ける。この世の不条理を煮詰めたような生臭い匂いがするが我慢だ。
石碑の部屋まではそこまで遠くない。日が暮れるまでには帰れるだろう。
◆
石碑の部屋に辿り着く。
「帰ったぞ。良い子にしていたか」
狼はこちらを見やると控えめに唸った。地面に横たわってこちらを不安げに見つめている。
「ほら肉だぞ。生だけど大丈夫だろ?」
手のひらに血の滴る肉を乗せて差し出す。
狼は注意深く匂いをかぐ。毒が入っていないか確かめているのだろうか。瞳には知性を感じられる。
同族殺しに明け暮れる王宮の馬鹿どもより上等だ。
「おお! 食べた!」
口を開いた狼が肉片を咥える。ゆっくりと鋭い牙で噛みしめると、満足そうに飲み込む。
「もっと食べなさい」
先程より大きい肉片を手に乗せる。餌付けすることが段々と楽しくなってきた。
しばらく繰り返すと狼は満足そうに吠えて、腹をこちらに見せるように仰向けになった。
「ふむ……」
手のひらで狼の腹を撫でると、狼も満更ではない顔を見せた。これで主従関係はハッキリとした。当然、狩りによって肉を持ってきた俺が主人だ。
「名前が欲しいな……」
腹をなでつつ名前を考える。茶色の狼。性別はメス。刀剣の様に鋭い眼光をしているが、撫でられると若い狼らしく可愛げを見せる。
「ガブリール……かな」
肉をガブガブと食べていたからだ。安直すぎて涙が出そう。
「よし! ガブリール!」
ガブリールは名付けを理解したらしく、名前を呼ぶと吠えて反応した。
「これからもヨロシクなガブリール」
頭を撫でる。目を細めるガブリールの姿を見ていると心が洗われるようだ。ダンジョンで死にまくって摩耗した人間性も取り戻せるかも。
元気を取り戻したガブリールは玩具を見つけたらしく、部屋にあったウィルを咥える。
「こらこら。そんなにウィルを噛むと骨が欠けてしまうよ」
確かにウィルは草原で拾った人間の頭蓋骨だが俺の友達なのだ。あまり無茶はしてほしくない。
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