第2話 始まりの試練1周目

《始まりの試練、それは数あるダンジョンの中でも最低難易度に属します》


 聞いてもいないのに石碑様は語りかけてくる。


《ここは不思議なダンジョン。外界と隔絶された神々の領域》


「ダンジョン内に食料はありますか?」


 たまらずに聞いてしまう。


《さあ挑戦者よ、ダンジョンを踏破し名誉を手にするのです》


 名誉よりパンと水がほしい。それと俺の話は聞いてくれない様だ。そもそも石碑に意思があるのかが分からない。魔術により決まった言葉を繰り返しているだけかもとも思う。


「よし! 決めた!」


 膝をパンと叩いて意思を固める。

 同時に部屋にある地下へ続く階段が光り出す。あからさまにここに入れと言っている。


「草原で食料探してくる」


 絶対に入らない。そう決めた。

 この16年間、俺は暗殺から逃れる為に危機察知能力を高めてきたのだ。実際には外れ王子の俺を直で暗殺してくる奴はいなかったが。


だから思う。こんな罠っぽいダンジョンに入ってたまるかと。



 ◆



 二日経ち、パンの在庫が尽きた。

 水は近くにある川で何とか汲めるが、周りには魔物が多くて水を飲むのにも命がけだ。


 石碑がある部屋の隅っこで、膝を抱えて飢えと乾きに抗っている。外の草原は恐ろしい場所だ。全ての存在が俺の尊い命を否定しようとしてくる。


 石碑をチラリと見る。石碑が淡く光る。

 なんのアプローチだそれは。見ているだけで腹が立つ。

 外で拾ってきた石を投げつけるが、硬い音がして跳ね返る。傷一つ付いていない。


「ダンジョンに入るしか無いのか……このままでは死ぬ」


 石碑がひときわ強く光る。絶対聞いてるだろコイツ。



 ◆



 階段を降りて地下へ進む。途中で薄い膜を突き破るような感触があったが、気にしても仕方がないので無視した。

 辺りに光源はなく薄暗い。足を踏み外さないように注意しながら進んでいると、次第に出口が見えてきた。そこは階段とは対照的に、地下とは思えないくらいに明るかった。


 目に入るのは直方体の部屋。すべての面が石で出来ているが、それ自体が淡く光っている。


「凄いな……この石を持って帰れれば高く売れそうだ」


 壁に手をついてまさぐる。足元にあった石で削ろうとしたが、傷つけることすら出来なかった。石碑はここを神々の領域と言っていたが本当かも知れない。


「出口は二箇所あるな」


 出口からは長い通路が続いている。他の部屋に行けるのかも知れない。

 ふと足元を見ると剣が落ちていた。無造作に。


「なになに……銅の剣+1か」


 剣の柄にはご丁寧に『銅の剣+1』の文字が書かれている。馬鹿にされているような気分だが、装備が充実するのは嬉しい。


「このまま進めば盾やら鎧やら落ちているかも。それを拾って売れれば大金持ちだ!」


 喜び勇んで部屋を進むと、足元で「カチリ」と音が鳴った。



 ──刹那、壁の穴から矢が飛んで来る。風鳴り音と共に空を切るソレは、正確無比に俺の足を貫く。



「ぐううおおおおおおおお!!」


 太ももに矢が刺さり血が流れる。痛みというより激しい熱さがある。生まれて初めての経験だ。

 だがこれ位では死なない。矢を力任せに引き抜くと、鏃の返しが傷口をかき回して激痛が走った。


「クソお! 回復魔法もポーションも無いぞ!!」


 足から流れる血は止まらない。

 頭に死の一文字がよぎる。まさかこんな初っ端から死ぬ訳にはいかない。そもそも「始まりの試練」でこんなに姑息な罠があるとは思ってなかった。


「どああああぁああ!!」


 音がしたので顔を上げると、そこには青色のスライムがいた。進むたびにその胴体がグネグネと形を変え、まるで意思を持っているかの様に近づいてくる。

 銅の剣で何とか追い払おうとしたが上手く切れない。むしろスライムの酸により剣が少し溶けている。


「あああ!! 銅の剣が-1になってる!!」


 この「+1」とか「-1」は剣の強さを表しているらしい。死の淵でそんな事は関係ないが。


「クソ! 待てい! 話せば分かる!!」


 だが分かってくれなかった。スライムは伸し掛かるように俺を包み込み、その体で溶かそうとしてくる。


(死ぬのか? こんな……簡単に)


 俺は必死に手を伸ばそうとしたが、既に体の感覚が無くなっている。寒い。あんなに傷口が熱かったのに、いまでは嘘のように全身が寒い。


 そこで意識がプツリと途切れた。

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