第13話 本当に恐ろしいのは

永井と青山と安倍の繋がり、そして、安倍の自供により、解決への糸口が見えた。

何より、永井健三と青山遥香は、青ざめた。

彼らは、ヤクザが子分を見捨てることはないと楽観していたのだろう。

ヤクザだって、組織と自身の保身のためならなんでもやる。

たしかに、一般社会よりは、遅い傾向にはあるが。

永井健三と青山遥香の愛人関係は、5年ほど前から始まったそうだ。

当時の永井は、流派の大師範として、公康氏の右腕として弟子達から尊敬を集めていた。

当然、青山遥香もその中の1人。

永井に誘われて、男女の関係になることに、それほど時間はかからなかった。

ただ、青山遥香の才能を認めて、流派の仕事をさせるほど可愛がっていた公康氏に知られて、叱責を受けた。

独身の青山遥香に対する責任を取れという程度のものであり、自身も離婚して独身だった永井にとっては、大した問題ではなかったはずだが。

当時、まだ離婚係争中だった永井は、不利になると思い込み公康氏がいなくなれば安泰になると計算した。

それで、暗殺という最低最悪の手段を考えた。

たまたま、小料理屋で安倍と隣り合わせたことも災いした。

永井は、青山遥香を騙して。とりあえずの手付金500万円を、安倍の口座に振り込ませた。

この時の通帳の記録が、今回の証拠品。

『もう、ごまかしは効かへんで、

 安倍の通帳のコピーや。

 検察には、実物が行く。

 残念やけど、もう終わっ

 てるんや。

 ご苦労さん。』

静かながらも、迫力のある勘太郎の口調は、永井と青山が震え上がるには、十分だった。

元々、騙されて金銭的準備だけをやった青山遥香は、高々業務上横領程度の罪。

のはずだった。

ところが、勘太郎が非番になった日曜日の朝、萌と勘太郎が、朝食中に、姉小路須美香が訪ねた。

『どうしたの須美ちゃん、血相

 変えて。』

萌との会話もそこそこに、

『勘太郎さん・・・

 お休みでしょ。

 起きてはる。』

須美香の慌てた声に、勘太郎も反応していた。

『上がってもらい。

 別に見られて不味い相手やない

 し。

 須美ちゃん、少し落ち着き。』

話しながら、ダイニングテーブルを3人で囲んだ。

須美香の話しは、青山遥香が流派の出納係になってからの帳簿を調べた結果、使途不明の出金が、かなりあるということ。

青山遥香の業務上横領は、もっと大きい事件かもしれないということになった。

勘太郎は、慌てて捜査本部に行くと、本間と木田に報告して、送検を待ってもらった。

『木田警部補・・・

 お電話です。

 祇園の乙女座の従業員やて

 言うてはります。』

木田の代わりに、勘太郎が受話器を持った。

『おはようさんです・・・

 勘太郎です。』

電話は、高島萌が若女将を勤める、祇園のクラブ乙女座のフロア係、真田ひろし。

『あれ・・・

 若旦那さん、ご出勤やったん

 ですか。

 若女将さんから、お休みやて

 聞いてましたんですけど。

 実はですね。

 一昨日、来店頂いた青山さん

 なんですが、前は、安倍さん

 とおっしゃる男性と来られて

 ましたので、お話しせなと

 思いまして。』

とんでもない情報である。

『なんですって・・・

 詳しくお聞きしたいんで、

 今から、行きます。

 少し待っててもらえませ

 んか。』

勘太郎の頼みに、真田は。

『いやいや、若旦那さんに動い

 てもらったら、若女将に叱ら

 れますやん。

 私が、そちらに伺います。』

真田との電話を切って、勘太郎は萌に連絡した。

遥香と安倍の繋がりを知っていたのかの確認をしたかったのだが。

萌も須美香も、寝耳に水。

2人で。捜査本部に向かってくれた。

『真田ちゃん・・・

 お疲れ様・・・

 青山さんと安倍さんがお2人で

 って、ホンマに・・・。』

萌は、挨拶すらしたことがない。

同じ流派の名取り同志、顔見知りではある。

来店してもらえたならば、お礼ぐらいは言わねばならない。

『ハイ・・・

 残念ですが、ホンマです。

 若旦那さん、防犯カメラの画

 像をプリントしてきました。

 それから、念のため、安倍

 さんのお名刺です。』

粉川興業営業と記載されている。

『笑わせやがる・・・

 ヤクザの営業マンって・・・』

捜査本部が爆笑していた。

日曜日ではあるが、姉小路流日本舞踊の流派総本部の出納課と祇園のクラブ乙女座で裏付け捜査が行われた。

結果、姉小路公康氏の信任を受けて、青山遥香が出納係になってすぐに横領が始まった。

最初は、少額から。

しかし、徐々に金額が増え。公康氏が疑い始めていたところ。

左京区岩倉の小料理屋で、青山と安倍が出会ったことがわかった。

その辺りは、2人の席に付いたことのあるホステスが詳しく知っていた。

なんのかんのと言っても、安倍は、かなりのイケメンである。

青山遥香も、けっこうな美女で、しかも、金払いの良い2人は、ホステスには良いお客さんだったという。

当然、遥香が永井を連れて現れた時は、皆が驚いたが、すぐに勘太郎が着たもので、上客に対する遠慮が出てしまったようだ。

祇園の女には、古来、お客のことは、滅多やたらと、他人に話さないという。

今で、いうところの守秘義務のような習慣がある。

高級なホステスであるほど、その傾向は強い。

ただ2軒の再捜査により、まったく違う犯人像が浮かんでしまった。

青山遥香が姉小路流日本舞踊出納係に就任した3年前から、少しずつ使途不明の金額が出ていた。

遥香と安倍が乙女座に出入りするようになったのは2年ほど前。

ここまでは、防犯カメラの画像と売上台帳が、物語っている。

姉小路流日本舞踊の稽古場等のカメラに永井と青山の接近が映り始めたのは10ヶ月前。

永井健三が、離婚の話しを始めた後のこと。

しかも、カメラの映像を見ていると、遥香から永井に近づいている。

この頃には、遥香による横領は、数千万円に及んでいて、永井を何かのカモフラージュに使うために騙したのは青山の方だったという証明になっている。

つまり、業務上横領を始めた青山遥香が、安倍晴臣に貢ぐ金欲しさに、横領の金額を増やした。

それを知った安倍が、要求をエスカレートして、ついには姉小路公康氏に疑われるまでになって。

隠蔽のために、姉小路公康氏の暗殺を画策した。

そして、その犯人に仕立てられたのが永井健三という構図が明らかになった。

数千万円になった青山遥香の業務上横領を隠蔽するために、姉小路公康氏の暗殺を計画した主犯は、青山遥香だった。

暗殺の主犯を、永井健三に押し付けるために身体を使って誘惑。

暗殺を、確実に実行するために、安倍に金を振り込み。

安倍と永井を、ペットの牛、ヤマトの牛小屋横の喫煙所を使った。

永井と安倍の吸殻を、青山遥香がヤマトの寝藁に隠した。

『というわけや永井・・・

 結局、あんた1人が、貧乏

 くじ引かされたんや。』

取調室で、机を挟んで木田警部補が永井と向かい合って説明した。

『悔しいやろうなぁ・・・

 全部吐けや。』

木田は、永井が青山を恨むと思っていた。

途中、勘太郎が同席すると、それをきっかけに、流れるようにすべてを認めて暴露した。

警察に逮捕されてまで青山遥香を守ろうとした永井健三は、男の純情をめちゃくちゃにされただけだった。

木田と勘太郎は、泣きわめく永井を、慰めていた。

姉小路流日本舞踊は、公康氏の長女須美香が家元を継承。

高島萌が、師範代を勤めることで、出納係は、公康氏の妻で新家元須美香の母親孝子が勤めることで、落ち着きを見せた。

公康氏のペット、牛のヤマトは、新たに敷き直された寝藁の牛小屋に戻って庭の芝生を食べている。

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京都魔界伝説殺人事件 近衛源二郎 @Tanukioyaji

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