第3話 まさかの魔界

たしかに、今時プロの殺し屋なんて時代劇ぐらいでしか見られない。

ましてや、田中新兵衛は人切りとして有名な人物。

人切り以蔵こと、高知藩士の岡田以蔵らと並び称される、幕末四大人切りの1人なのである。

ならば、なぜそんな昔の事件にならうような殺し方を。

勘太郎の疑問点は、そこだった。

『勘太郎、ほたら場所になんか

 意味無いんやろうか。』

本間警部からのヒントで、勘太郎は、ある事に気がついた。

猿が辻と言えば、京都御所の北東の角、。

その場所だけ、わざわざ凹まされている。

その屋根の下に、猿の像が飾られている。

なぜ、そんなことがされているのか。

猿が辻は、京都御所の鬼門、そして、平安京遷都から10年、鬼門の守り神として、比叡山延暦寺が建立された。

そして、その比叡山の神の使いであることから、猿の像を鬼門に置いて御所の守り神にしたのである。

わざわざ、そんな場所を現場にするからには、何か理由があると

思える。

殺害方法に、いくら共通点が認められたとしても、さほどの意味がないことぐらい、ベテラン刑事達には、見破られる。

しかし、たとえ数日でも、捜査をミスリードできればというようなことではなかろうか。

勘太郎の推理は、桓武天皇が、

御所の鬼門封じに、最澄に建立させた比叡山延暦寺の守護神が日吉

(猿)であることから、鬼門封じのために、猿の額に白い護符を貼り付けて、鬼門に安置させた。という経緯が知られている。

『ならば、比叡山延暦寺に何か

 ヒントがありそうな気がする

 んですけど。』

と本間警部と木田警部補に、意見を言ってみた。

『たしかになぁ。

 けど、比叡山では、ちょっと遠

 過ぎひんか。

 途中の修学院に赤山禅院ちゅう

 寺とも神社ともわからへん、

 変なもんもあるやんけ。』

勘太郎は、さすがに木田警部補は、感付いているのだと思った。

赤山禅院は、慈覚大師円仁が、

この地に赤山明神を祀ったことに始まる。

そもそも赤山明神は、泰山府君という中国の神。

陰陽道の始祖とされる人物。

そして、猿が辻から真逆の南西方向には、妖気漂う一条戻り橋に、加えて、天才陰陽師安倍清明を奉る清明神社。

『まるで京都御所魔界ラインです

 よね。』

勘太郎には、その辺りに犯人の動機がありそうに思える。

『行くで、勘太郎。』

木田警部補が、勘太郎に指示を出した。

『へ・・どこ行くんですか。』

勘太郎には、ピンときていない。

『お前、まだまだ鈍感やのう。

 赤山禅院に決まってるがな。』

警部補なのに、率先して動く身軽さを、勘太郎は尊敬している。

木田警部補と2人で駐車場に向かっていると、本間警部が追い付いてきた。

『やっぱり来たで、このおっ

 さん。

 警部さんなんやから、もっと、

 ドンと構えてはったらいかが

 ですか。』

木田と勘太郎が、なんらかの捜査に出ようとすると、どこからか出てきて付き添って行きたがる。

京都府警察の捜査の責任者であり、京都府警察の凶悪事件捜査のスペシャリストである。

本来は、木田警部補が真鍋勘太郎の指導をする。

いわゆるコンビである。

ほっておけば良い立場のはずだが。

『お前ら、赤山禅院に行くん

 やろう。

 途中、北白川ラーメン横丁

 絶好行くよな。』

『考え過ぎですよ。

 俺達、真面目で従順な公僕です

 よ。

 仕事中に、ラーメンなんか、

 行きます。』

木田の妙な自慢顔に、うっすら笑みが浮かんでいる。

『勘太郎。お前の覆面で行

 くぞ。』

本間警部の指示に、勘太郎は驚いたふりをする。

『マジっすか。』

これも、いつも通りの会話。

いくらなんでも、公用車の、それも捜査1課長の高級車で、ラーメン店に乗り付けられるわけはない。

ここまでは、3人のいつも通りの会話。

勘太郎が、自分専用の覆面パトカーを準備して、木田が後ろ座席で横座り、本間が助手席のバケットシートで、6点式のシートベルトで、ガチガチに身体を固定する。

RB26DETT型直列6気筒DOHCツインターボは、重いアイドリング音で唸っている。

勘太郎専用の覆面パトカー、R32型日産スカイラインGTRの、それもほとんどレース用にまで改造された車。

しかも、A級ライセンスで、国内レースでは、かなり有名なレーサーの勘太郎が運転手。

本間と木田は、いつも通りにこのような体勢で乗り込むが、そこは、勘太郎も警察官。

通常運行している時に、無茶な運転をするようなことはない。

自動車競技の選手達は、普段の一般公道で、飛ばすようなことは、まず100%ない。

一般ドライバーの90%ぐらいは下手くそなドライバーだと思っているからだ。

本間と木田が、何を期待しているのかは、別にして、赤色回転灯は載せない。サイレンは、鳴らさない。

そんな時に、無茶苦茶な運転など、出来るものではない。

それでも、府警察本部から出て、烏丸通りを左折すると、勘太郎のGTRは一気に加速する。

本間と木田は、いつもその加速力を楽しんでいる。

大の男が、3人も乗って、2トン近くなっているのに、軽々と走るGTR。ものの数分で今出川通りを東に右折して、加茂大橋と呼ばれる加茂川の橋を渡ると、百万遍の交差点。

右手前に京都大学の石壁を見ながら、左折して東大路通りを北上すると、東大路と北大路の交差点、高野を越えた辺りから、急にラーメン店だらけになる。

勘太郎は、適当な場所に車を停めた。

すぐに、近くにいた。制服の巡査が近づいてきた。

『こらこら、ここは駐車禁止

 だぞ。』

そこに、本間警部が下りると、かわいそうな巡査が豹変する。

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