第7話 無言の別れ
僕たちが別れたのは日が傾いてからだった。
陽子さんに伯父さんの家まで送ってもらった。
僕は呆けた顔をしていたのだろうか。伯父さんから耳を引っ張られた。
「デートは楽しかったか? 夢の世界で遊ぶのもいいが、そろそろ現実に戻りなさい」
そうだった。
僕は明日の午後、自宅へと戻る予定だったんだ。入院している父の世話や、PTSDに苦しむ母の手伝いをしなくてはいけない。
「ここにいてもいいし、帰ってもいい。自分で選べ。俊彦には連絡してある」
俊彦とは僕の父の名だ。夏休みが終わるまであと二週間ほどある。もしかしたら陽子さんと甘くて楽しい夏休みが過ごせるかもしれないと思ったのだけど、やはり自宅に帰ることにした。
「和彦叔父さん。僕は家に帰ります。色々あってごたごたしてるから、僕がやる事が沢山あると思う」
「そうか。分かった」
伯父さんは笑って頷いていた。
翌日の午前中、僕はスーパーカブを借りて海岸を走り回った。
自分が今日の午後、自宅に帰る事を陽子さんに伝えていなかったからだ。陽子さんにこの事を伝えて、そしてもう一度お礼を言っておきたかった。
陽子さんと出会った海岸。磯の生き物を捕まえて遊んだ岩場。陽子さんが爆走した海岸通りのワインディングロード。
頑張って走り回ったのだけど、陽子さんを見つけることはできなかった。そして近所の集落もウロウロした。陽子さんの黒い軽自動車がいないか、まるでストーカーのように探し回った。でも、その軽自動車は見つからなかった。
陽子さんも家に戻ったんだ。
あんなに嫌がっていたのに帰ったんだ。
自分の問題に向き合って決着をつけようとする陽子さんの覚悟みたいなものを感じた。
会えなかった寂しさよりも、前向きに生きようとしている陽子さんの姿を想像して胸が熱くなった。
午後になってから僕はバスと電車を乗り継いで自宅へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます