第3話 磯の遊び

「到着! いやいや荒木君、君なかなか上手だね」


 カブから降りた彼女がはしゃいでいる。

 そう言えばこの人が誰だか僕は知らない。


「上手か下手かなんてわからないですよ。それに、僕は海斗かいとです。姓は荒木だけど」

「よろしい。うーん……海斗は高二かな?」

「そうです。当たってます」

「女の勘は鋭いんだよ。ふふふ」

「ところでお名前聞いていいですか?」

「聞きたい?」

「はい」

「じゃあヒント。夏っぽい名前」

「クイズですか?」

「そう。クイズだ。一発で当てたら触らせてあげる。Fカップだゾ」


 油断してた。

 この人、胸自慢なんだ。


 胸を揺らして挑発してる。


 僕はからかわれていると知りつつその話に乗ることにした。


「八月だから葉月はづき

「ブー。残念。あと二回ね」

「まだチャンスあるんですか?」

「お姉さんは寛容なのだよ。頑張れ少年。当てればこのFカップは君の物だ」


 僕たちは適当な岩場に座って話始めた。

 彼女は脚を海に浸けてバシャバシャやっている。


「夏と言えば青い海。その青を表す言葉は紺碧こんぺき。それをあおいと読む。紺碧と書いてあおい。どうですか?」

「おお。海斗少年。君、なかなか学があるね。しかし外れ。もう少し単純に考えようよ。夏と言えば照りつける太陽じゃないかな」

「これはすごいヒントです。太陽……陽……太陽の陽に菜っ葉の菜で陽菜ひな。これは自信がある」

「それ、可愛いね。そのセンスがウチの親に有ったら良かったんだけどな」

「外れですか」

「そうだね。外れ。太陽の陽は正解だったんだけどな。私は陽子ようこ

「惜しかったですね。ところで苗字の方は?」

「それ、女は変わるから聞いても無駄でしょ」

「そうかな」

「そう。せっかくここに来たんだからね。遊ぼうよ」

「はい」


 遊ぶって、何して遊ぶんだろう。

 陽子はパーカーを脱いで水に浸かった。


 水中で何か見つけたようで、それを投げてきた。


「手裏剣だぁ~ とお!」


 ヒトデだった。

 僕はそのヒトデを拾って海に戻す。


「海斗君。そのヒトデは食べられるヒトデだゾ」

「え? あれ食べられるの」

「そうだ。キヒトデと呼ばれている奴だ。こっちのイトマキヒトデは食べられない。とお!!」


 今度は食べられないというイトマキヒトデが僕の額に命中した。

 結構痛いじゃないか。


「ふははは。なんて顔してんだ。沖縄にいるオニヒトデみたいに毒針があるわけじゃいから心配ないよ」

「いきなり投げるなんて」

「じゃあウニ投げようか?」

「え? ウニって高級品なんじゃ?」

「その辺にいるさ。これは小さすぎてダメだけどな」


 今度はトゲトゲのウニを放り投げてきた。


 僕は間一髪で避けた。


「そいつはムラサキウニ。大きいの見つけたら食わせてやるよ」


 陽子は海の生物についてやたら詳しかった。

 牡蠣かきはその辺の岩やテトラポットに沢山張り付いているけど、養殖物の方が実が大きくて美味しいとか。フレンチやイタリアンでよく使われるカラスガイは船にくっついてヨーロッパからやって来たとか。

 陽子の説明にウンウンと頷くばかりの僕だったんだけど、彼女は生来の悪戯好きだったらしい。僕の額に小さな貝をくっつけた。


「これなんですか?」


 それはお皿のような形の貝。二枚貝じゃなくてこれは何だって思った。


「そいつはアワビの子供だ。育てると高く売れるぞ」

「え? 本当ですか?」

「信じるな。馬鹿者。そいつはヨメノサラ。ヨメガカサとも言うけどな。巻貝だ」

「これが巻貝なんですか」

「二枚貝には見えんだろ」

「そうですね。アワビも巻貝だったんですね」

「そうだ」

「僕はあれは二枚合わさっているのかと思ってました」

「くくく。それは自由な発想でいいな。とりあえず実物はこのヨメノサラを大きくしたようなもんだ」


 僕はこの小さな貝を眺めながらアワビの姿を思い出す。確かに、基本形はこのヨメノサラと同じだった。


「ところで海斗君。君は何故泳げないのかね? その理由、陽子姉さんに話してみなさい」


 不躾ぶしつけだなと思った。

 でも、陽子の持つ底抜けに明るい性質が僕にも伝染したのだろうか。誰にも話すつもりがなかったあの話をここでしようと思った。

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