さくらマルファス 003
「私はあなたの考えが全てわかります。試しに何か考えてみてください。」
桜ノ宮咲に促されるままに、僕は昨日のジャンプの新連載が微妙だったこと、妹が最近お年頃で困っている事、明日学校が爆発してなくなんねーかな…など、ふと頭に思いついたことを思索してみた。
流石に悪魔に願ったりしないものの、学校が爆発すればいいなんてことが思考をかすめるなんて…ほんと僕は相変わらず懲りていない…。
「今、学校が爆発してなくならないかなっとか不謹慎なこと考えましたね。」
メンタリストでも絶対読み取れないような僕の徒然なる思考を、目の前の女子中学生は、いとも簡単に全問正解した。僕は呆気に取られてぽかんと口を開けてみていた。
「すごいな…。本当に人の思考が読み取れるんだ。」
感心する僕を見て、桜ノ宮は悲しそうに肩を落とした。
「私にこの力があるのは、きっと悪魔と契約したからです…。」
悪魔と契約…、普通なら鼻で笑ってしまうところだろうけれど、僕にはとても笑える冗談には聞こえなかった。悪魔に出会い、悪魔を使役している僕には無理だった。
「中三の11月、丁度受験勉強が大変だったころ…私の周りの友達たちがすごくピリピリし出したんです。話す内容は、いつも決まって、誰かの悪口ばかり…。私はみんなの話す悪口を聞きながら、自分は悪口を言われたくないと…友達の顔色ばかり覗っていました。」
AとBがCの悪口をいい、BとCがAのいないところでAの悪口を言う。そしてCとAもまたBの悪口を言う。
妹曰く、年頃の女の子には、そんなよく分からない全員が対立する負のスパイラル構造の友達関係があるらしい。友達がいない僕にはよくわからないのだけれども…。
一体誰が得するんだその関係…。
受験と友達のいざこざに巻き込まれるストレスがふつふつと溜まっていた中三の11月下旬、桜ノ宮は帰り道の公園で、カラスの集団を見たそうだ。
百羽を超える数のカラスが無数に舞い、一カ所に集まったかと思えば、それは人型の姿になって語り掛けてきたという。「オ前ノ願イヲ叶エヨウ…」と。
「最初は、これでもう友達の顔色を覗わなくてもいいって思ったんです。だって、みんなの考えていることがわかるんだもの…。でも、これは…最悪の力でした…。」
彼女が悪魔からもらった力は、およそ半径15メートルにいる人の思考が、常に頭に直接流れてくるものだった。
教室のような人混みになれば、それだけで頭が処理できないほどの情報量である。そしてそれ以上に、学校の教室という場が、彼女に耐えがたい最悪の苦痛を与えた。
人間の思考は、とりわけ思春期の中学生の思考は、エロく、グロく、凄惨で、冷徹で、エグイものだったからだ。
「友達だと思ってた二人も、心の中では私の悪口を言ってました…。それに、男の先生やクラスメイトが私を見て、すごく気持ち悪い…恐ろしい想像をしてた…。みんなの視線が気になって、みんなの嫌な考えが透けて見えて、私は学校に行くのが…怖くなりました。」
人の気持ちが分かったら、人の顔色を覗わなくもいい…断じてそんなことはない。感受性の強い人がそうであるように、むしろ人の気持ちが分かってしまうこそ、もっと人の目を気にするようになる。
桜ノ宮咲は不登校がちになり、高校の受験はなんとか受けたものの、現在も卒業間近だというのに中学校には通えていないという。
「僕が君の家の傍を通った時、僕は悪魔のことについて考えていた…だからその思考を読み取って、慌ててパジャマ姿で外に跳び出てきたのか…。」
僕の問いに、桜ノ宮はコクんと頷いた。
「確かに僕は悪魔については多少関わったことがあるし、なんなら今だって関わりがあると言ってもいい。」
「だったら…。」
「でも、僕が助けることはできない。悪魔と契約したのは君自身だ。君が悪魔に願った以上、責任を取るのはあくまで自分自身だ。」
少し冷たいような気もするけれど…僕が自分で何とかするしかなかったように、契約した責任は自分でとるしかない。
「突き放すようで悪いけれど、嘘も偽りもない。なんなら僕の頭の中を読んでもいい。」
読むまでもなく、僕の思考は彼女に流れ込むのだろうけれども…。
「私は…どうしたら…っ?」
桜ノ宮は今にも零れ落ちそうなほどに目に涙を溜めていた。女子中学生を泣かすのは、あまりいい気分がするものではない。
「直接的な手助けはできないけど、相談に乗ることやアドバイスくらいならしてもいい。君が願ったのはおそらくソロモン72柱の39番目、マルファスという悪魔だと思う。」
カラスの悪魔、人の心を読む力と聞いてピンとくるものはそれしかない。中学時代の黒歴史で、黒魔術や悪魔について調べたことが、再び役に立ってしまった。
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