さくらマルファス 002

その女子中学生は、道路の真ん中で仁王立ちしたかと思いきや、必死に両手を広げて道を通せん坊している。


通せん坊といえば、日本昔話のトラウマ「とうせん坊」を思い出す。越前の「東尋坊」と言う岬に、村人をなぶり殺す怪力を持つ大男がいたとかいなかったとか…。


ともかくその可愛らしい通せん坊を、僕は右端に寄り通り抜けようとした。すると、彼女もまた右端に寄り、僕が左端に寄り通り抜けようとすると、同じく左に寄って僕の行く手を塞いだ。


「あの…通れないんですけど…。」


迷惑そうに僕が言うと、女子中学生は少し下を向いてためらう様子を見せ、ようやく意を決したかのように顔をあげて言った。


「悪魔って信じますか…?」


いくら可愛らしい女子中学生といえど、開口一番、初対面でこの質問をするような子と関わるのは止めとくのが賢明だ。


「信じてません。」


僕はそう即答して、少し強引に彼女の横を押しぬけ通り抜けようとした。しかし、突如彼女は後ろから僕の背中に抱き着いてきた。


「嘘です…!あなたは悪魔のこと知ってますよねっ…!」


「一体何のことですか!?」


「お願いですっ…!助けてくださいっ!!!」


彼女は僕を絞め殺すのではないかという力でしがみ付いており、長い前髪の隙間から見えた表情は、まさに死を覚悟するほどの必死の形相だった。


「わかったっ!話を聞くからちょっと落ち着け!」


かなり全力で力を入れ、なんとか彼女の細い腕を引き離した。


「と、とりあえず…、パジャマ姿の少女と肩を並べるのは僕の社会規範に逸脱する。ここで待っててやるから、着替えておいでよ。」


そういうと、彼女はコクんと頷いて家に戻っていった。このまま逃げてやろうかとも思ったが、そう思った瞬間に彼女は部屋の窓から覗いて僕がいるか確認した。なんと勘のいい…。


しばらくすると、彼女は春用の薄手のブラウンのコートに身を包んで出てきた。先ほどの耳のガーゼも外されていた。特に耳に怪我をしているとかそんな様子は見当たらない。


まぁ中学生は無駄に包帯を巻きたがる時期だし、僕も中学時代は、腕に悪魔を封印してる設定で、包帯ぐるぐる巻きにしたことが…ともかく、僕は包帯の件には触れなかった。


彼女の家から近くの喫茶店にでも入ろうかと提案したが、「人の少ない場所がいい…」と腕を引かれ、近くの公園にあるベンチに腰を据えた。


「いきなりごめんなさい…。でも、もう我慢できなくて…。」


女子中学生にいきなり腕を取られて、人気のないところに連れ込まれる。そして「もう我慢できなくて…」なんて言われた僕は一瞬変な想像をしかけたが、慌ててその妄想を振り切った。


「えっと…とりあえず僕の名前は須崎蒼路というのだけど…君の名前は?」


「須崎さん…。私の名前は桜ノ宮咲です。」


桜が咲く…。苗字に合わせて、あえてそう名付けたのかもしれない。春らしい良い名前だ。それともだた“さく”という韻を踏んだのか。僕なら桜梅桃李にちなんで、桃花とかって名づけるかもな。


「あの…桜梅桃李って何ですか?」


「へっ……?あれ、口に出てた?」


おかしいな。「」がない部分は僕のモノローグのはずだ。知らぬ間に口に出してしまったのだろうか。


「危ないメタ発言は止めてください…。私は、人の思っていることが分かるんです。」


「はい?」


何をまたまた…そんなことあるはずが…。


「あるんです!」


僕の思考を止めるように、またもや桜ノ宮咲は口を挟んだ。

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