第2話 和田の乱

 建暦けんりゃく三年(1213)一月一日。

 鎌倉は晴れ晴れと正月晴れだが、陰陽少允しょうじょう安倍親職は朝から忙しい。

 鶴岡八幡宮に参拝する将軍実朝を護るための祈祷を行っているのだ。その最中に地震があり少し揺れた。また誰かが、「不吉な揺れだ」と云い出さないかと、思わず祈念が途切れてしまった。誰も何も云わず、親職は素知らぬ顔で御身固をおえた。将軍は、牛車に乗り南門から出かけられた。やれやれ一安心。

 正月は、華々しく忙しい。

 毎日、毎日、有力御家人が次々と将軍に垸飯おうばんを振舞う。大江広元朝臣が、相州北条義時が、武州北条時房が、そして四日には、和田左衛門尉義盛が垸飯を行った。

 晴れやか賑やかな正月が恙なく過ぎ、はや二月である。

 二月も中頃を過ぎると、きな臭い風が吹き出した。反逆だの謀反だのという言葉と共に和田の姓が踊る。

 そして、ついに、和田左衛門尉義盛さえもんじょうよしもりが、東に西に動き出した。


 五月二日、鎌倉湾の東に三浦の半島が真っ暗な影となって伸びる。

 その付け根だけが赤々と燃えている。


 上空に薄っすらと白い雲が動く。

 やがて、怪しくもすばやく回転した雲が白い龍となった。

 白龍が全身をうねらせる、その下では、小雨がうねうねと降り続いている。

「グワッグワッグワッ。燃えろ、燃えろ」

 黒々と煌き波打つ海から北に向かって燃え上る先には、御所があるはずだ。将軍御所に火が回れば、鎌倉幕府の汚点となろう。やっと落ち着いてきた将軍の座が、またも揺れ動くことになる。

「グワッグワッグワッ、何もかも、燃えてしまえ」

 生臭い笑い声を響かせて嬉しそうに身を捻り、満足気に闇夜を昇る。


 予てから幕府とのいざこざを起こしていた和田一族の長、和田左衛門尉義盛を大将に立てた一門と、親類に友柄も含めた百五十騎。その部下を合わせて三百余騎が蜂起した。

 双方の矢が雨となって降り注ぎ、打ち合う刀の先から盛大な火花が散った。勢いづいた和田勢は大倉御所を囲み一斉に火を放った。燃え盛る御所から将軍実朝は、辛うじて法華堂へ脱出した。尼御台北条政子と実朝室の清子御台は、すでに御所を離れていた。

 幕府にお味方と駆けつけた武者たちと和田勢は、鎌倉中のあちこちで戦ったが、「討ち死にするぞ」と覚悟の和田勢は、合戦をためらわず幕府軍を蹴散らした。

 日が暮れるまで善戦したが、交替する兵はなく疲れて果てる者が増えていく。退却した和田勢は、戦いの場を由比ヶ浜に移した。

 鎌倉の西の外れ腰越海岸を凡そ千騎の軍兵つわものがザクサザクと進む。

 軍勢はどちらに味方すべきか迷っている。進軍しながら迷っているのだ。

 この頃は、よくある状況だった。

 鎌倉湾を目前に、将軍源実朝の御教書を受け取った大将は、幕府方につくと決めたようだ。小競り合いを繰り返しながら、海岸線を東へ東へ進軍する。

 小雨の中、待ち受けるのは三千騎。瀕死の和田義盛を救おうと駆けつけた援軍だ。

 和田勢は勢いを盛り返した。

 新たな合戦は始まった。なだれ込む千騎余は、地獄の蓋を開けるが如く、被っていた蓑笠を一斉に上空に放り投げた。すでに傷つき倒れ、或いは命つきた両軍の兵の上にカッパカッパと蓑笠が落ち、罪なきむくろを弔った。

 戦火は、再び若宮大路を北上する。市街各所で激戦となり、両軍ともに死者を出すも合戦は終わらない。

 合戦は、じりじりと幕府に迫っていた。

 政所に火の手が上がった。

 鎌倉中を見下ろす鶴岡八幡宮の神殿から一本の矢が飛んで来て、攻め寄せる一人の武将の内兜を射落とした。武将は落馬し、苦しそうな顔をしてこと切れた。


 鎌倉湾に流れ込む川べりには、二百以上の首がさらされた。

 由比ヶ浜に数百の松明がゆらゆらときらめく。波打ち際に建つ簡易の小屋に、生首が並べられていた。

 鎧兜の男が、松明をかかげ、首実検をしているのだ。

 将軍実朝に爺と慕われた和田義盛が、その実朝に弓引いた。

 世に云う『和田の乱』であった。

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