王国首都郊外の農場(納屋2)

「これが最新の飛行服フライトスーツだとでも言うのか!? 最新鋭機と聞いて、いさんで駆けつけてみれば……。私が女だからとて、この侮辱ぶじょくとは! 貴官らは、さぞかし満足であろうな?!」


 その日、レティシア・ヴァルシュタット王国空軍少尉はいつになく饒舌じょうぜつだった。無理もないと言えば無理もない。


 転属先の「戦技教導隊せんぎきょうどうたい」に初出勤してあてがわれた専用飛行服を着用すると、下着がけて見えていた。


 白地なので黒い下着がちょっとけましたとか、そういうレベルの話をしているのではない。初めて見る極薄ごくうすの素材でできた飛行服フライトスーツは、透明だったのだ。


 結果、日頃、無味乾燥であった格納庫ハンガーに、金髪碧眼きんぱつへきがん細身スレンダーな美少女、それも下着姿、という異質なモノが出来しゅったいしてしまった(飛行服は着ているのだが、三メートルも離れるとそう見えた)。


 部隊によってはそのたぐいの「歓迎」を受けることもあると、以前の同僚から聞いたことがあった気がする。


 いつもは意識してひかえている、男爵家のお姫さまが丸出しの言葉尻ことばじりだったのも、われながらいただけない。


 年齢以上に落ち着いた雰囲気ふんいきかもし出しているとはいえ、やはり彼女もじらいを知る乙女おとめだった。


 それでも、仁王立におうだちで腰に手をやりいどむように周囲をにらみ付ける彼女の姿は、気高けだか凛々りりしいと言えなくもなかった。


 が、残念ながらそこでのそれは逆効果というもので、周りの男どもにとって、なおさら冷静ならざる心乱こころみだれる光景となっていた。


「この機のテストパイロットは男だったから、今まで御婦人用ごふじんよう飛行服フライトスーツがなかった。急ぎ手配したから特殊な染料せんりょうが間に合わなかったそうだ。通電すると収縮する特殊な素材なのでね。伊達だて)や酔狂《すいきょうではなく、必要な装備なのだ。この機体には」


 搭乗用梯子ラダーの最後の一段を降り、レティシアに歩み寄りながら静かに説明したその男、クルト・ヒンメル王国空軍技師長もレティシアのと同じ素材を加工した専用の飛行服フライトスーツを着ていたが、色は透明ではなく光沢こうたくのある青みがかった黒だった。


「我々は、『戦技教導隊』の名で偽装ぎそうしているが、任務は非常に危険かつ技術的にも高度なものばかりだ。命令の出所が出所とはいえ……」


 機体に吸い寄せられるようにゆっくりと搭乗用梯子ラダーを登り、コックピットを一目見たレティシアは、その機体、〈アトロファネウラ〉のコックピットが今まで見たどんな機体よりも狭いのを確認した。


 小柄な者が多いパイロットの中でもさらに一回り小柄な彼女ですら、通常の与圧服対Gスーツではシートに収まることが不可能なことを理解したのだ。


「なるほど。それで御鉢おはちが回ってきたというわけか。言わば私の専用機ね……」


 ひとりごちた彼女の耳に、周囲の雑音は一切入っていなかった。


「……いや、それならば尚更なおさらのこと、キミのような女性がその重圧に耐えられず辞退したとしても、誰一人とがめはすまい。必要ならば、私からも……」


 ヒンメル技師長は朗々ろうろうき続けていたが、レティシアは機体に夢中で聞いていない。


 いつの間にやら、ちゃっかりと操縦席コックピットおさまり、操縦桿スティックにぎ心地ごこちためしている。


「すごい!」


 レティシアは、すっかりコックピットに没入ぼつにゅうし、あおひとみを輝かせていた。


「確かにせま操縦席コックピットだが、私にはぴったりじゃないか!!」

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