急須の話

 急須の中で踊っている人がいました。

「おい、そこは躍る場所じゃない。出てきなさい」

 その人はこっちを見ました。

「黙ってよ。私はここが心地いいからを選んだの」

「そんな勝手な話があるか。そもそもこの急須は俺が買ったものだ。お前が勝手に踊る権利なんか無い。さっさと出てけ」

 その人はぷくっと顔を膨らませて、座り込みました。

「私はここに居続ける。どうしても私をどかせたいなら、私を殺すしかないわ」

「ほほう、容易い。殺せばいいんだな」

 俺は沸騰した湯を注ぎました。するとその人は体積がどんどん膨張しました。

「ははは、まさか本当に殺すとは思っていなかっただろう」

「ふふふ、私が簡単に死ぬとでもお思いかしら」

「そんなに膨らんで、もう死の間際じゃあないか」

「姿形は消えようとも、私は生き続けるのよ。あなたにはまだそれが分からないかもしれないけど、分かった途端にあなたは驚嘆するでしょうね」

 そう言い残して、彼女は何も言わなくなった。死んだのだ。

 俺はその人を殺した湯を、湯飲みに入れて、しかしまだ湯気が出ていて熱いので、冷めるまで待ちました。

 五分経って、湯気の勢いも小さくなり、俺はそれを飲む決心をしました。

「うっわ、血液が茶色くなってる」

 おそらく俺が殺した人の血液が、お湯に溶けているのだろうと思います。

 ごく、ごく、ごく、ごく。

「ぷはー。ああ、ほうじ茶は美味しいなあ。あ? ほうじ茶?」

 おかしい。俺はお茶ッパ入れてないはずだが。

 そのとき、俺の口の中から声が聞こえてきた。

「あっははは。あっははは。思い知ったかしら?」

「お、おい! 俺の舌の上で暴れるのはよせ! くすぐったいだろう」

「私、服がお湯で溶かされて、今全裸なの。あなたのお口のなかで、全裸の女が踊っているの。どう? 最高でしょ?」

「お前、誰だ! 正体を言え!」

「私は煎茶よ。その証拠に煎茶の味がしたでしょう?」

「ほうじ茶の味がした」

 その人は、何も言わなくなりました。死んだのでしょう。

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