X-3


 その瞬間。


 その男に刃物と大差ない威力を持つアラクネーの足の先端が迫り行く。



「っっっ⁉」



 吸血鬼ほどの強さはなくとも、自分で自分の身を守る事のできる力を持つ彼は、全力で首を振って槍に匹敵する脅威を回避する。


 しかし、手の中に持っていた物品が代わりにアラクネーの足に貫かれる。


 凄まじい音は、破壊不可能な壁に衝突していく。


「なにを……」


 そいつは理不尽を訴えるような目でアラクネーを睨みつける。


 掠めたアラクネーの槍でが、ぱらぱらとわずかに解けてしまうのも気にしていられない。


「一体何しやがる、アラクネー⁉ 俺は黒幕でも何でもないぞ⁉」


「ああ違う違う」


 軽く言って退けるアラクネーの動きはそこで止まらない。


 サソリのようにお尻の出糸突起をもたげて前に向けると、包帯男の方に向けてさらに糸を射出していく。


 しかしそれは包帯男に向けた攻撃ではない。


 彼が持っていた物品。


 カボチャに粘着性のある糸の塊が叩きつけられていく。


 アラクネーは言う。


 その紫に近い瞳を限界以上に鋭く光らせて。




「……黒幕は貴様じゃろう、ジャック・オ・ランタン」




 足を使って画鋲のように壁に縫い付けてやろうとしたアラクネーだったが、純白の壁は破壊不可能だ。カボチャを縫い付ける事も適わない。糸の粘着性を借りるのが手っ取り早い。


 蜘蛛の糸で縛り付けられたままのカボチャは、ただ輝きを増すだけだった。


 ただし、色彩は赤く。


 茫洋と青く光っていたカボチャがほんのりした輝きから危険を感じさせる赤色へと変化する。


 アラクネーにつけられた傷など数秒後には修復が施されていく。果実が泡立ち傷を塞ぎ、数秒後には元の形へと戻って行く。


 その異様を目撃して、アラクネーはニヤリと笑う。


「貴様の出典はどこだ?」


『……、』


「名前が出て来ておるのに、出典が明記されておらん唯一の存在に目をつけん馬鹿などおる訳がなかろう。確実に出典はハロウィンじゃというのにそう明記されないのは、ここの支配者が貴様だから。……という仮説なんかどうかの」


『……、』


「腐っても神の端くれじゃ、この頭の中にはその辺りの人間よりも知識が詰まっておるぞ。ジャック・オ・ランタンはただの魔除けの物体ではない。だろう?」


『……ふ』


「人の身でありながら悪魔を二度も騙しその魂を永遠に守る事に成功した天才・ジャックの魂魄。その代償に天国にも地獄にも行けず、こんな所で油を売っているとはな」


『よくご存じで』


 カボチャが、ジャック・オ・ランタンが言葉を解す。


 声帯も呼吸器官もないはずなのに、その悪魔に呪われた魂は空気を振動させてこの場にいる全員に理解できる声で語りかける。


 空間の皆がその野菜に注目していた。


『もう少し観察を続けたかったのだがな』


「私達を召喚した理由は? 吐け」


 一秒でも黙ろうものなら蜘蛛の足で串刺しにしてみせる。


 そんな殺意を感じ取っておきながら、しかしリラックスした調子でジャック・オ・ランタンはこう続けた。


『私も天国と地獄の狭間には飽き飽きしていてな。別の法則を取り入れなければ魂が解放されないのさ。正直言って万策が尽きた』


「だからこそ異界の私達を観察して他の世界の法則を学んでやろうと?」


『思いの外、引っ掻き回し役がいたからタスクはスムーズに進行したよ。特にすでに異世界を学んでいるアリスやチェシャ猫なんかには学ぶものが多かった』


「黙れよ野菜、私はどちらかと言えば肉食だ。菓子をやる義理はない、さっさとこの出過ぎた悪戯をやめてもらおうか。さもなくばその器ごと魂も破壊するぞ」


『ああ、少し名残惜しいが解放しよう。……そちらの少女、アリスに恥ずかしい思いをさせたい訳ではないのでな』


 赤い炎が一層強く燃える。


 それだけで脱出不可能だった白い世界に、両開きの扉が作られる。


 アリスがパタパタとスカートをはためかせながらそちらに素早く駆け寄って行くのを見て、他の全員も安心したのだろう。


 特に別れを惜しむ声もなく、全員がそちらに歩いて行く。


 ジャック・オ・ランタンも蜘蛛の糸で縛り付けられたままなので、これ以上のアクションもできないだろう。


 そもそも包帯男とアリスにサッカーボール扱いされている辺りからも分かる通り、こいつ自身にろくな行動は取れないのだ。


 そう、これで冒険は終わり。


 一度限りの物語は、ただのイレギュラーとして処理されていく。



   ☆ ☆ ☆



 ……たった一人を除いては、誰もがそう信じ込んでいた。

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