X-1
さて。
状況どころか頭の中までグッチャグチャである事請け合いなので、とりあえず一度整理しなければならない。
アリス、チェシャ猫、吸血鬼、包帯男、狼男、メドゥーサ、彦星、織姫、イエスキリスト、ヴァレンタイン、アラクネー、ミダスの娘、かぐや姫。
この白い空間にいる人物に共通点など一つもない。
しかし誰もがそれなりの知性を持っている事は自明の理。そしてどういう訳か言語的な壁は一切ないようだった。
つまり、皆が分かっていた。
この意味不明かつ破壊不可能な真っ白空間の実態を把握して、どうにかして脱出する方法を見つけ出すために力を合わせる必要がある。
そう、分かっていた。
……分かっていたはずなのになぜこうなる、とイエスキリストは片手を顔に当てて軽く絶望していたのだった。
目の前の光景が残念過ぎる。
「ほーら行くぞアリスー。パース!」
「きゃあ! んもー、また変なトコに蹴ったじゃないの包帯男‼ きちんとしてくれないとゲームを続けたくても続けられないでしょう!」
「いやあ違うんだって、蹴り飛ばしてるのカボチャだろ? デコボコのボールだと真っ直ぐ蹴ってもイレギュラーにバウンドしちまうんだよな」
狼男とアリスが青白く茫洋と輝くジャック・オ・ランタンを足蹴にして遊んでいた。
特にルールも設定していないらしく、暇潰し感覚でアリスまでカボチャを本気で蹴り飛ばしている。傍観者のキリストからすれば暇潰ししてる場合じゃねえっつってんだろとこめかみに青筋が走り始める頃合いであった。
中身がぎっしり詰まったカボチャならば足の甲が粉砕してもおかしくない訳だが、ジャック・オ・ランタンは中身を丸ごとくり抜いて中に光を灯すものだ。小さめのカボチャならば中身が空っぽであれば女の子の力で蹴飛ばしてもそれなりの距離が稼げるので、アリスとしては挑戦していて楽しいのだろう。
さらに視線を左へ移す。
吸血鬼とメドゥーサがアラクネーに絡んでいたのだった。
「ほう、面白い。本当に蜘蛛の下半身と人間の上半身が癒着しているのか」
「ふっふ、これまた面白い存在が私に興味を持ったのう」
黒光りする蜘蛛の足に気安く触られても、アラクネーは嫌な顔一つせずに、
「指を鳴らすだけで質量保存の法則を無視してコウモリにもネズミにも変身し放題な吸血鬼からすれば、やや不便に見えるかもしれんの」
「そんな事はないさ。私は常に切るカードを選択する時間が必要だが君は最強の足一択だ。ここまで神経系が見事に繋がっていれば感覚が不自由という事もないだろう」
そして、そんな会話を聞いて呼吸を整えているのはメドゥーサだ。
鏡みたいなサングラスの奥の赤い目はぐるぐる回っているらしく、伝説の怪物は胃と腸の調子を整えるのに必死である。
「うええ、よくじっくり見れるわね吸血鬼……。ごめんなさいアラクネー、私は上半身と下半身を別々に見るのは問題ないけど結合部は無理だわ……」
二日酔いみたいな顔でメドゥーサが口に手を当てるのを見て、半身が蜘蛛の少女の顔が非常に楽しそうな顔に変わっていく。
なんか掘れる場所見つけたみたいな顔だった。
彼女は関節の数だけ可能な限りM字開脚みたいに足をパカパカ開いて、普通の人間の女の子なら絶対に露出してはいけない場所を蛇の髪を持つサングラス少女に見せつけ始めた。
「メドゥーサほらほらここはこんな風になっちゃってるのじゃぞそれにこことかここも人体の構造とは違ってだなー」
「いやァあああ……うえっぷう……ッッッ‼‼‼」
「……、あの、済まん。私から仕掛けておいて何だが本気で顔真っ青にして嘔吐寸前の表情されると、これはこれで意外と胸に来るものがあるの。平たく言うと申し訳ない」
閉鎖空間で吐瀉物が撒き散らされる悲惨さは想像に難くないので、開いていた傘を閉めるように足を閉じるアラクネーは反省モードに移行する。
そして、顔を青くしているメドゥーサと気分がブルーなアラクネーの近くでは、天の川バカップルが珍しい人物に興味を引かれていた。
「あら。あらあらあら、ミスヴァレンタイーン?」
「……ああ、私には絡んでこないでほしかったのだけれど。織姫様」
「これはこれは、聖人であるあなたに敬称をつけていただけるなんていつの間にかわたくしも随分と階級が上がっていたようでございますねえ」
「彦星殿、済まないけれどこのお転婆娘を抑えてくれないかしら。私だけでは精神が持たないのよ」
「無茶言わないでくれ、依存されてるように見えてこれは支配されてるんだ。尻に敷かれている方が抑え込める訳がないだろう、この銀河一のヤンデレをだ‼」
腕に抱き着かれている織姫の指が彦星の二の腕辺りにゴリゴリめり込む。
これはひょっとしてヴァレンタイン卿と無許可で言葉を交わしてしまったための嫉妬か。
織姫はサラッと彦星と恋人繋ぎを敢行しつつ、追加でさり気なくヴァレンタインから彦星を遠ざけてさらに彼女を煽る。
忘れないように追記しておくが、こんな扱いされているヴァレンタインはれっきとした偉人である。
「別にわたくし、あなたなんかに興味はございませんの」
「でしょうね、あなたの興味の対象は常に隣の男性のみでしょうし」
「ただ彦星様からあなたの名前を冠した面白いイベントがあるとお聞きしましたもので。ぷっぷ、女性が想い人にチョコレートを贈る日なんですって? あっはは☆ 命日に祝われもせずに食品メーカーの戦略プランにお使われになられているご様子で何よりでございます☆☆☆」
「はあ、痛い所というかどうにもならないトコをつついて来るわね」
「しかもそれだけならまだロマンチックなイベントとして処理できたかもしれませんが、此度は義理チョコとか友チョコとかもう色々と意味不明な概念まで闊歩しておられるようで。ここまで落ちぶれたブランドというのも珍しいものですわあ」
「……彦星殿」
何勝手に喋ってんだ的な視線を向けると、織姫に抱き着かれた少年が全力で目を逸らした。
「済まないミスヴァレンタイン。良かれと思って話したんだけど、まさかこういう要素として機能するとは思わなかったんだ」
彦星も疲れた顔になっているのでここを攻めるのは野暮というものか……と聖人ヴァレンタインはため息をつく。
優れた狂人は後世にも語り継がれるものと相場が決まっている訳だが、ここまでイベント事の戦略に組み込まれ、かつ発展している偉人は世界的に見ても稀である。
だがヴァレンタイン卿も馬鹿ではない。
というより、これは歴史を紐解けば分かるが、彼女の行動や思考回路、どれを取っても間違いなく一流の天才である事請け合いだ。つまり、恋人との逢瀬に現を抜かして父親からもう年に一度しか会ったら駄目と制限を設けられた小娘程度に劣りはしない。
そんな訳で反撃開始なのだった。
完全に勝ち誇った顔になっている織姫様にちょっと嗜虐心が止まらないヴァレンタインなのだった。
「まあ私とあなた達は同じような性質を抱えているものね」
「はい?」
「共通性という意味よ。ほら、年に一度のイベント事という点では変わりないでしょ。人を幸せにするというのも同じだわ」
「カテゴライズを間違えないでくださいます? わたくし達はロマンチックなオーラ満点でメインの存在でございますが、あなたは命日、しかもヴァレンタイン卿の事など一人も思い浮かべていないではありませんか。それに男性側は幸福と不幸が分類されるそうで。生前も罪作りな方でしたが死亡してからもその猛威は衰えないのでございますのね疫・病・神☆」
「告白の機会を与えていると思えばどうかしら。結ばれる人と結ばれない人の割合はそう変わらないはずだけれど」
「手作りのチョコレートに告白とか重いのでございますわあ。カツ丼の上に海老天が追加で載ってるみたーい」
「病的に彦星殿を愛している女の台詞とは思えないわね」
と軽く首を振って織姫の言を流した上で、
「でもロマンチックって言ってもねえ」
「何でございましょう」
「あなた達が年一で会う天の川、大抵は天気の関係で曇りまくって見えないじゃない」
「ぐうう⁉」
「四月が寒いって忘れられるみたいに天の川と言えば綺麗で幻想的なイメージでもあるのかもしれないけれど、七月七日に天の川の全貌を雲一つなく見られたのなんてもう何年前の出来事なのかしら」
「べっ、べべべ別にあれはわたくし達のせいではございませんが⁉」
「だから部屋の中でメチャクチャにお洒落していたって意味がないわよねって話よ。人に見せて感動を得るためのものなのに隠されるって何なのよ、しかもただの水蒸気に」
「はい残念でした前日か翌日には美しい天の川が見られるのでございますう‼」
「当日じゃないと感動なんてないわよ、クリスマスイヴの夜にプレゼントが間に合わなかったお父さんか」
「よいではございませんか誕生日の当日ではなくとも前後に祝われたらテンションしっかり上がりますし‼」
「もうどっちかっつーと天の川よりも笹に短冊ぶら下げる方がイベントとしては盛り上がってる印象だけれどね」
「こいつグサグサ刺してくるのでございます……ッ⁉」
そして、クリスマスの話題がサラッと出た事によって全体を眺めていたイエスキリストまで流れ弾を喰らっていた訳だが、口論中の女性達に副次的被害者に気づいてやる優しさなどある訳がないのだった。
そして助けを求めるように織姫が彦星の方を見ると、彼はふむと甲斐性を見せた。
「まず全体の疑問なんだけどさ」
「ええ、彦星様。ここはわたくしと攻撃再開と参りましょう。味方してね☆」
「まさかまた彼女の言う事ばかり信じ込むんじゃないでしょうね? やめておきなさいよ彦星殿、また彼女の父親に騙されてテーブルマナーのミスだけで天の川に流される、みたいな失敗を犯すわよ」
「それは中国版でございます日本はもっとロマンチックだッッッ‼‼‼」
このままだと摑み合いに発展しかねない。
ゆえに彦星は挙手してから注目を集めて、別の問題を提起する事でその矛先を別方向に逸らす事に決めた。
「というよりだ」
「「ええ‼」」
「そもそも天の川で会わないといけない理由って何かあったっけ? あらゆる文献を見ても待ち合わせがあそこでなければならない理由って特に見当たらないんだけども」
「「そこは別の場所で待ち合わせしてたら違和感半端ねえからだろうがッッッ‼‼‼」」
甲斐性とは不思議なもので、男の優しさは時に女性には通用しないのだった。
そして空気を読めない野郎だと誤解された彦星が流れ星みたいに吹っ飛び、真っ白な壁に激突して行ったのであった。
壁が赤黒く染まるところなど見たくなかったので、イエスキリストがさらに横方向に視線を移していく。
彦星弾が壁に衝突した凄まじい衝撃音が白い空間に響く中、特にそちらに注目する事もなくかぐや姫と狼男、ミダスの娘が会話を交わしていた。
進んでこのメンバーになったのではなく、どちらかと言えば余り者同士が暇だからこいつと喋ってみようと試している印象だ。
ミダスの娘から容姿についての説明を聞いていた狼男がははあと納得した様子で頷く。
「なるほど、だから黄金の体なのか。俺も面倒な性質を抱えてはいるが永遠とそのままという事はないが……」
「同情は不要ですよ狼男。私は望んでこうなった」
「そう言えるのは素直に羨ましいよ、ミダスの娘。私は望まずに特異な性質を与えられたからな」
ミダスの娘は魔法を授かった王様に触れられて二度とその体を動かす事ができなくなったはずだが、どうやら『このミダスの娘』は例外らしい。
まあ別に首を傾げる事でもないだろう。
童話や昔話、神話などは、全て読む者の解釈に事実が依存していくものなのだから。
かぐや姫がこてんと可愛らしく首を傾げる。お姫様はお姫様らしく、観察眼で事実を追求するよりも人から答えを教えてもらう方が性に合っているようだった。
「あのう、普通の見た目だけどあなたってオオカミに変身しちゃうんだよね。狼男ってどうしてオオカミになるんだったっけ。なぜだかそこだけが思い出せなくて……」
「満月を見たらアウト。そうさかぐや姫、お前が支配しているお星様の輝きを見たら俺は好きな人を襲うって伝説になっちまってんだよちくしょう……」
「えっ」
その様子を見て、人の悪意には敏感なミダスの娘が全てを悟った様子でこう続けた。
「ああ、どうせ自己中心的で有名なあなたのご両親が脳にある種の催眠でも掛けていたんでしょう。月に関するマイナスイメージの知識が脳に残らないようにー、とかね」
「ふうんなるほど、だから俺の変身のきっかけを思い出せなかったって訳か」
「そんな……地球から無理矢理にわたしを連れ帰っただけじゃ飽き足らず⁉ わたしの両親どこまで狂ってんの……っ⁉」
サラッと娘を手に掛けた両親の衝撃事実が発覚してガクガクかぐや姫が震え出した辺りで、全てを眺めていたイエスキリストが本当の本当にこの辺りで終止符を打たなければどこまでも状況が流れて行く事を察した。
神様からのお告げとかそういう大仰なものじゃなく、ただの冷静な人間ならばこれ以上の遊牧生活を享受してしまえばどこかで決定的な破滅を迎える事くらい分かるはずだ。
「おーいみんなー。そろそろ真剣に一度話し合わないかーい」
「「「「「うるせえこっちはそれどころじゃねえんだ絵画みてえに磔にでもされてろ‼‼‼」」」」」
神は血を流さないらしい。
しかし神の子と呼ばれたキリストは、涙くらいは流すようだった。
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