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そしてまたもや離れた場所。純白な体育館(?)の中央付近。
ぴくん、と指先が自らの意志と関係なく動くのをその奇怪な女性は感じ取っていた。鋭い感覚で、というよりも過敏過ぎる五感が否応なく周囲の情報を精査してしまう。
その大人の女性の見目は、この白い空間の中でもトップクラスの異形を取っていた。
上半身は薄い紫がかった銀髪の美しい女性でありながら、下半身は蜘蛛そのものであった。鋼鉄とも見紛う黒光りした八本の足にどっぷりとした腹。そこから繋がるようにお尻の方に存在する出糸突起が圧倒的な存在感を生み出していた。
彼女の下半身に女性らしい魅力などどこにもない。
だが、その曲線は性的な要素を徹底的に排した結果、圧倒的な膂力を生み出す兵器へと生まれ変わっている。見る者が見れば、一目で吐き気を催しそうなその端正な容姿をまざまざと見せつけながら、彼女はふうと息を吐く。
紫色の瞳を拡縮させるアラクネー(From_The_Greek_Myth)が一番に目をつけたのは包帯男を壁際までぶっ飛ばしたメドゥーサだった。
「ふむ、私と同じように動物の性質を身に宿しておる者もおるな。メドゥーサか。サングラスで力を制限しておるという事は善性の方が強めと言えるかの」
「どうですかね。人を見た目で判断するなんてこれ以上の危険もないと思いますが」
そう言ったのは全身が黄金色で染められた少女だった。
まさに頭の先から足の先まで全てがゴールド。
単色の塗料で特殊な加工を施した訳ではない。全身の皮膚から内臓、髪の毛に至るまでその全てが黄金で構成されているのだ。
「あっはは、貴様が言うと説得力が違うのう、ミダス(From_The_Greek_Myth)。触れるもの全てを黄金に変える魔法を授かった愚かな父の娘の貴様が言うと」
「ふん、ロバの耳を持つ父親の事などとうに忘れましたよ。……そして言葉に棘がありますねアラクネー。私は完全な被害者だというのに」
「またまたあ、自分の父親が食べ物や飲み水、身の回りの全てを黄金に変えているのを目撃しておきながら王様の手を取った貴様が何を世迷言を」
「なにを?」
「貴様は望んで黄金になったのではないかと言っているのじゃよ。あれえ? という事はだ、自ら黄金になりたがった理由なんて一つや二つしか思い浮かばんのう。そう、一つは自分が銅像よりも素晴らしい象になり、永遠とその美しき姿を世に残す事。もう一つはそうじゃな、これが正直言って正解だと思うが、貴様の父親に自らの愚かさを認識させるための自己犠牲といったトコかの。さしものミダスも娘を黄金に変えれば自らの器の小ささに気づくだろうし? そして事実そうなった。となるとやっぱりあれあれえ? 貴様って父親なんか知らんとか完全に被害者面を貫き通そうとか思っているようじゃがこれはもう疑いの余地なくカンッペキにファザコ……」
「ぶえっほんッッッ‼‼‼」
顔から耳、首から鎖骨までを丸ごと真っ赤にしたミダスの娘が渾身の咳払いを炸裂させていた。……顔も黄金なのに頬が紅潮しているだけで可愛さが一〇〇倍になるのは、やはり元となる姿が美形だったからか。
「というかそもそも黄金なのに顔赤くなるのか。中の血液まで黄金じゃないのかの」
「さっ、さあ? 外側が黄金なのでそもそも採血もできません! ほ、他にも赤外線やX線系の検査方法ではですね……ッ!」
「ああ、これで他の話題に逸れると思うでないぞ。きちんと貴様がファザコンかどうかは議論の余地があるのだ」
「ねえよ‼ もうここでその話題は打ち切りましょうよ! あんまりそこまで深読みする人なんていないんですから!」
そう、実は大雑把な印象を与えてくるアラクネーは、面倒臭いくらい優秀だ。
腐ってもアテネとの織物勝負で完勝無敗を誇っている実力は伊達ではない。ガチの神様に技術勝負を挑んで勝利し、相手に実力を認めさせた上で恨みを買って蜘蛛になっちゃった女性なのだからその辺りの人間とは比べ物にならないスキルを持っている。
その辺で織姫と彦星に詰め寄られているキリストやヴァレンタインと同じ、もしくはそれ以上の経験値を蓄積していると見てまず間違いない。
そして蜘蛛の四肢、いいや六肢で白い床をコツコツと叩き、アラクネーは呟く。
「さて、とにかく一同に集まっていただこうかの。このままじゃ状況に埒が明かん」
「そう上手く事が運びますかね。何やら一癖も二癖もありそうな連中ばかりですけれど」
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