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「ふ」
くすりと妖艶に微笑む声があった。
「うふふ」
濡れたように輝く美しい黒髪に天女の羽衣。
赤と白の巫女のような縫い目の一切存在しない着物を身に纏うその少女は、後ろ髪をハートのようにまとめて意中の男性の腕に抱き着いていた。
「あの」
「うふふふっふふふふっふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふっふふうふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふう☆☆☆」
「あの織姫(From_River_of_AMA)……」
「んふふ、なあに彦星(From_River_of_AMA)様。キスいたします?」
「しねえよ‼ 僕は路チューとかクラブとか、とにかく人前でのイチャイチャは無理だし、何より今はそんな雰囲気じゃない‼」
「うふふう」
拒否されたというのに後ろ髪だけではなく、目の輝きまでハートに変貌しかかる織姫。
きっと天の川に隔てられて年に一度しか会えないという制限を破って、いきなりの邂逅イベントが発生したためテンションが上限を突き破ってしまっているのだろう。
「それにしても何なのでございましょうねえ、ここ。わたくし的には彦星様がいればノープロブレムな訳でございますが他の俗人どもがいるのが気に食いませんわ」
「君はどうして僕以外にはそう怖いのか」
「なぜなら彦星様を愛しているからでございますっ、きゃ☆」
前述の通り、彦星に人前でイチャコラする趣味はなかったので滑らかな動きで織姫の腕から逃れようと必死に抵抗しつつ、しかし織姫に死ぬほど睨みつけられてやがて諦める事に。
「……ああ、織姫より面倒なものを見つけてしまった」
「はい? 何だか今比較級の対象に少し看過できない物言いをなさったような」
「や、やっぱりこれはまずいんじゃないか」
「華麗にスルーしましたわね。まあ夫の軽いわがままくらい笑顔で呑み込んで差し上げましょう。……もちろん浮気以外だがな?」
一瞬だけドス黒いオーラを纏った織姫は、次の瞬間には元通りの幸せオーラを取り戻し、そして愛しの人の視線の先を追い駆ける。
別に会った事はない。
ただし、それは世界的に見ても有名過ぎる人物だった。
「ヴァレンタイン(From_Valentine_Day)にイエスキリスト(From_Christmas)。……あなた達まで一体何しているんだか」
その二人は五メートルも離れていない所に突っ立っていた。
空間全体の大きさが体育館ほどもある場所だと、互いの距離がかなり近い印象を受ける。
周囲のアリスやメドゥーサ、吸血鬼なんかと比べればヴァレンタイン卿やイエスキリストは特殊な冒険をした人物ではない。経験値や偉業で言えば右に出る者はいないかもしれないが、所詮は神様のように崇拝されておきながら、神様とは同列に扱われなかった虚しい存在だ。
そんな背景を持つキリスト(男)とヴァレンタイン卿(女)はやはり哀れな顔であった。
ヴァレンタインは彦星と織姫を視界に入れると、両の手首と足首に風穴の開いた男とこんな言葉を交わす。
「……島国の姫と王子ね。白馬に乗っていない辺りは減点だけれど一年に一度という縛りがあるだけで随分とロマンチックになるものね、キリスト」
「普通の恋人ならば破局確定ルートだというのにな、ヴァレンタイン。教会の偶像の目を借りて数多の恋人を眺めて来たが、ここまで偏屈な性質を持っておいて赤い糸が切れる様子もない者も珍しいよ」
そして磔のイメージと言えば彼でお馴染みなその男が言った言葉は、一人の少女の導火線に火を点けた。
ヤンデレ気質たっぷりな織姫様であった。
どうやら彼女には信仰する神様などいないらしい。
「……テメェらわたくしと彦星様との間を好き勝手に言ってくれやがって頭の上に流れ星でも落っことしてほしいのかコラ?」
「あれえ⁉ 赤い糸は切れる様子がないってきちんとフォロー入れたつもりだったのだがな⁉」
「おい待てキリスト。あなたのせいで私までターゲットにロックされてしまっているのだけれど、これきちんとどうにかできるのでしょうね?」
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