そして二〇メートルほど離れた場所ではこんな対話が行われていた。


「あァ? 何だこの状況」


「おい待たれよ、動くなミイラ野郎。たぶん私達がこの集団の中で一番怪しい」


 包帯男(From_Hallow_ween)と吸血鬼(From_Hallow_ween)。


 この単語だけで大まかなイメージ象が脳に浮かぶというのも随分と稀有な存在感であった。


 ただし、その分だけ怪しさパラメーターは限界以上に振り切ってしまっている。


 もう面倒なのでまとめてしまうが、包帯をぐるぐるに巻いた腐敗臭漂う男がミイラ、黒いマントに赤い瞳、純白の牙を持ち濃密な血の香りを漂わせているのが吸血鬼なのだった。


 吸血鬼は白と黒の混じる髪を整えつつ状況を把握し、そして白い部屋に詰め込まれた何名かの中に見知った顔を見つけた。


「狼男(From_Hallow_ween)にメドゥーサ(From_Hallow_ween)のヤツも見つけてしまったぞ。これは一体どういう場所だ?」


「さてね。うおーい、ウルフマンに蛇髪女ー」


「……それに私は家人の許可がないと家に侵入できないという特性もあるのだがなあ。つまりここは誰かの家ではないという事になるのだが……? むしろ許可されて部屋にいる事になるが……?」


 離れた所に同じように困惑して立っていた狼男とメドゥーサ相手に、無邪気にブンブン両手を振って存在を知らせる包帯男。彼を横目に、吸血鬼は頭の中に浮かぶ疑問を口にする。


 この辺りに偏差値が現れてしまっているのかもしれないが、答えを探し出す前にちょっとトラブルが起こった。


「ほらほらこっちこっち早く来いってウルマンに蛇髪おんベブバ⁉」


 理由は明確で、両手を元気いっぱいに振っていた包帯男が横合いに吹っ飛んだからだ。


 ほぼ軽トラックの衝突と大差のない音がした。


 暴行罪を犯したのは蛇髪女呼ばわりされた蛇髪女・メドゥーサであった。特に不思議なパワーとか呪いの効果とかそういう大層なものではなく、普通に王道のプロレス技・ドロップキックなのだった。


 ゾンビとは異なり、物理的な感染ではなく社会的システムを掌握する事で人間を脅かすでお馴染み、意外と常識アリで通っている吸血鬼が強い女性というカテゴリそのものに驚愕していた。


「今二〇メートルは離れていたぞなのに一っ跳びで包帯男の腹に足裏突っ込むとかどういう身体能力してんだキサマ……っ⁉」


「傷ついた女の子の逆襲をナメたらこうなるのよ」


 鏡みたいになったサングラスを掛けたメドゥーサがふんと息を吐く。言わずもがな、レンズの奥の赤い瞳を他人と合わせてしまわないようにするための一品である。


 ちなみに、この少女のプライドは異常に高い。


 やはり元々が美少女で呪いによって醜くなってしまった女性は、運命の人に愛されるまでは理想の女性像を求め続けるのかもしれない。


 鼻から息を吐いて仁王立ちのメドゥーサ。……この様子だと暴力を振るい慣れているのかもしれない。少なくとも白い壁に凄まじい勢いで激突した包帯男に罪悪感とかは一切なさそうだった。


 ゴミ袋よりも哀れになった包帯の塊が何か呻く。


「ご、ごぶふう……」


「追加の包帯は自分で調達しなさい悪趣味野郎。女心が理解できるようになるまでそなたはその辺に転がっておくと良いわ」


「お前……どんだけ女王様なんだ……」


「つーかそなた包帯まみれだし白い壁と同化して見づらいのよ。一度血まみれにしてやろうかしら」


 一度殺されかけた身からすれば一ミリも笑えない。


 ともあれ狼男も遅れて合流。


 ……実はこのウルフ、メドゥーサがえげつない瞬発力で包帯男をぶっ飛ばした光景にややドン引き状態なのだが、それでも彼は女性の心を理解できる男なのだった。


 彼はオオカミではない通常モードのまま軽い挨拶を交わしてから、


「俺も面倒な性質を持っているが、この部屋も相当に面倒臭いようだぞ」


「というと?」


 メドゥーサが問いかけるとやや肩を震わせてから、それでも女の子(断言)である彼女に恐怖を悟られないように努める狼男。


 ウルフらしくカチカチと犬歯を鳴らしてから、


「軽く破壊を試みてみたが、どうも物理的な攻撃は基本的に通用しないようだ。壊せないならまだしも、引っ掻き傷一つつかないのはおかしな話だろう」


「ふうん」


 と、メドゥーサが何の気なしに後ろへ一歩ズレた時であった。


 こつんと踵に何かが当たる。


 しかも結構な重さである。小石ではないだろうと思ってそちらに視線を送ると、なんかオレンジ色の球体がある。


 いいや、それはよく見れば、


「……カボチャ?」


「ジャック・オ・ランタンか。となるとやはり私達はハロウィンのくくりで呼び出されたのかね」


 吸血鬼が顎に手を当てながらそんな風に推測する。西洋のお化けが活躍する時なんて映画かハロウィンの時くらいなのだった。


 目と口をギザギザにくり抜かれた野菜。


 こいつを手作りすれば、かなりの労力と手間を要するがれっきとした製法で作られたランタンであった。中は茫洋とした青い光が輝いている。


 白い部屋。


 破壊不能だというのに吸血鬼の観察眼をもってしても出入口は見当たらず、しかも見知らぬ人間が大勢集まっているこの謎の状況。


「では」


 一緒に目を覚ましたはずだというのに、包帯男に全く執着しない冷酷な吸血鬼はやはり疑問を投げかける。


 あくまで冷静に、しかしどこまでも悪魔的な思考回路でもって。


「……これは一体、何をどうすれば正解のレールに乗れるというのかね」


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