悪役おーるすたー!!

東雲 良

これは、悪役どもの物語

   1


 その瞬間、ついにイレギュラーどもが一斉に目を覚ました。


   2


「ん、あ……?」


 金髪の少女はそこで美しい瞼を開いた。


 長い睫毛が優しく動き、青い瞳が周囲の情報を取り込んでいく。小さな口が涼しい空気を吸い込み、酸素が肺をいっぱいに満たしていく。


 脳が世界全体の光景を処理し始めるのを実感する。


 体勢と意識の鈍さから推測するに、どうやら自分は横倒しに寝転んでいたらしい。


 そしてやがて周囲の情報を呑み込むと、アリス(From_Wonderland)はこてんと首を傾げる。


「……ええと?」


 ちょっと一度落ち着こう。


 やはり状況を整理してからでなければ、まともな行動は取れそうにない。


 アリスが身に纏っているのは赤のスカートと白いブラウス。とある世界に向かう大冒険の発端となった魔法の帽子もきちんと頭の上に乗っかっている。


 何度か寝返りでも打ったのか、やや乱れた金色の前髪を手で直しながら辺りを観察する。


 いくつかの人影を確認できた。


 だが、それよりも気になるのはこの空間だ。


 白い。

 一瞬、ほんのわずかな時間だけでも自分が死んだのではないだろうかと疑ってしまうほどに純白の空間。しかし途方もない地平線が続く白、という訳でもないらしい。


 むしろ明確な限りがある。


 まるで大きなサイコロの中のような空間だった。


 正確に計測した訳ではないのでアリスに断定は難しいが、立方体の空間のサイズはおおよそ体育館くらいか。金髪碧眼の少女が知らない概念での説明が許されるのであれば、壁一面に鏡でも貼りつければダンススタジオですで通用してしまいそうな場所だった。


 さて、別に部屋自体に疑問はない。


 ただし、この部屋にいる理由が思い当たらない。


 自分は何をしていたのか。そしてちらほらと見える人影は一体どこの誰なのか。


 しかも見た事のないそいつらはやけに人数が多い気がするし、基本的に怪しいヤツらばかりである。


 そして、根本的にアリスは賢い子だった。


 少女の性格がどこぞの島国に存在すると言われる事なかれ主義に準ずるかと言われれば、それは彼女の歴史を紐解けば微妙なところではあるが、それでも自ら望んでトラブルに巻き込まれたいなどと思った事は一度もない。


 静かに頷き、そして誰にも届かない声でアリスはこう呟いた。


「……よし、わたしはもう変なのには関わらない。とっとと逃げよう」



「いやあ? 無理だと思うぜアリスちゃーん」



「ひゃァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉⁉⁉」


 誰にも聞かれない声で呟いた、という前提があったはずなのに、軽々とそれを覆して背後から霊みたいに現れたネコ科の獣がいた。


 そう、獣。


 人語を介しているという事実に、しかしアリスは驚きはしない。


 むしろ別の点が琴線に触れてしまっている。


「ちぇっ、ちぇしゃっ、チェシャ猫(From_Wonderland)⁉」


「くっく、また随分と奇怪な場所に放り込まれたもんだぜ。まったく、別世界に引き込まれる星の元にでも生まれてるんじゃねえのかお前」


「な、なにを……」


「つーか今回はマッドハッターもクソウサギもいねえのか。ふうむ、引っ掻き回し役としてはハートの女王に勝るヤツはいねえ訳だし、今回の俺は一体どういう役割だ……?」


 自由に出て来て勝手に一人で思考に没頭するこいつはチェシャ猫だ。


 悪戯好きというか、イカれているというか、とにかく空中に浮くし出たり消えたりするし摑み所のないのがまた面倒臭い存在である。


 とにかく狂人(?)にまともに付き合っていては精神が持たない。


 アリスは小さく挙手をして、


「チェシャ猫。逃げるのが無理ってどういう事なの」


「簡単さ」


 ゆらゆらと空中をたゆたうチェシャ猫が告げる。


 にぃ……と通常の猫では絶対にあり得ない獰猛な笑みを刻み、これでもかと歯を見せつけながらその獣は前足で真下をくいっと指してこう続けた。


「出口がない。というより、何かに閉じ込められている臭いぜ」

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