第10話



 エンジニアは台に寝かせた人型の物体の口に、充電ケーブルを入れようとした。

「……」

 台の上で寝ている人型はそれをじっと見つめる。

 そして耐え切れなくなって、叫んだ。

「いやぁ~」

 人型はバタバタと体をくねらせて拒否した。

「なに? 充電ケーブルに恐怖したぞ」

 エンジニア同士が顔を見合わせている。

 そこにいる人型は麗子さんで間違いない。充電ケーブルを毛嫌いすることと、胸の大きさで俺はわかる。

 しかしエンジニアはどうやってレイナなのか原型オリジナルなのかを判別するんだろう。俺は興味が湧いてしまった。

 一人が言う。

「恐怖する理由はあるぞ。ケーブルをさせばスリープし、メンテ用に新しいソフトが入るからな」

「それがどうかしたのか」

 手を広げて、肩をすくめる。一段高い声になる。

「この前のソフトの出来、忘れたわけじゃないだろう?」

「確かにバグとデグレードが酷かったが……」

 今度は、声が戻る。

「様々な自己破壊の可能性を検知するハードウェアを開発し、アンドロイドに組み込んだところ、アンドロイドが恐怖やら生存本能を得たっていう研究成果をみたことがある」

「それはどこまでまともな研究なんだ? その研究で使っているアンドロイドが、我々のレイナのレベルを超えているとは思えん。もし超えていたら、我が社がさっそく買収ばいしゅうを検討しているはずだしな」

「その論理ロジックから考えれば、前回のメンテで入れたソフトの出来が悪かったせいで、レイナが『スリープは自身のソフトウェアに対して悪影響を起こす』という学習をしてもおかしくはない」

「それなら他の個体にも似たような症状が出ても良さそうだが、レイナの他の個体でそんな情報は聞いたことが無いぞ」

「そうか」

 メンテナンス用の工具入れを開け、何かを探し始めた。

「……これ、わかるか?」

 一人のエンジニアは、注射器のようなものを取り出した。黄色を薄めた、オイルのような液体が入っていて、とても体によくなさそうな色合いだった。すると、もう一人が麗子さんの腕を抑えた。

 針を近づけていく。

 抑えられている腕に力が入り震え始める。

 腕に刺さるか、というところで、麗子さんが負けた。

「や、やめて!」

「!」

「やっぱりレイナじゃない…… まさか人間オリジナルか?」

「どうするんだ、人間オリジナルが紛れ込む想定はなかったぞ」

 このタイミングしかない。

 腰に差していた銃を構え、俺は立ち上がった。

「やめろ、それは人間だ」

 白衣の二人は手を上げた。

「道理で何にも応答がないわけだ」

 俺は台の上から麗子さんを降ろして、手を引く。

「ありがとう」

 俺は交互に狙いを付けながら言った。

「動くなよ…… この施設で質問がある。レイナはなぜここに集まるんだ? しかも一度じゃない。何度も集まっている」

 エンジニアは顔を見合わせ、一瞬の間があった。

 銃を構えて、交互に動きをみていると、一人がうなずいて、離し始めた。

「無償メンテをやっていたからな。自動回収していたんだ」

「メンテとはなんだ、何をやっていた」

 また二人は顔を見合わせ、一人は首を振る。

「……」

「普通に動作の整備さ。聞いていたかどうかは知らんが、ソフトのアップデートもする」

「……付け加えるなら、今回で無償のメンテは終わりだ」

 麗子さんが入ってくる。

「なら、もう自動的にレイナが街をうろつくことはないの?」

「結果としてそうなるな」

 なんでエンジニアは結果・・ として・・・とかいう言い方をするんだ。俺はイラっとした。

「……」

 俺が無言でいると、エンジニアは聞き返してきた。

「それでいいか?」

「……」

 俺が納得するのが、そんなに重要なこのなのだろうか。

「それだけが知りたかったか?」

「……」

 何か隠しているのか? それとも、エンジニアは俺に話したいことがあるとか?

 俺は聞き返した。

「お前ら、何か隠しているだろ」

「……」

 今度は研究者側が無言になった。

 俺は銃を向けながら、机に近寄り、手あたり次第に引き出しを開け、紙を読み、パソコンの表示を見た。

 近くにあった冷蔵庫を開けた時、沢山のシリンダーに日付と名前が書いてあった。『高松』そう読み取れたシリンダーを取り出すと言った。

「なんだこれは? 高松のところから何か持ち出したな? 冷蔵しているってことは…… 生物かなにかか?」

 手を上げていた研究者は、やっと見つかったか、というように笑みを浮かべた。

「なんだ、見つかったか。君の予想は当たっているよ」

 その言い方に俺は再びイラっとくるものがあった。

「ちがうだろ! 見つかったんじゃない、俺に見つけさせようとしていたな?」

「……結果としてはおなじさ。そんなことは、どうでもいいだろう? そのシリンダーはレイナ内部に入っているものを取り出したものさ」

「レイナの内部に入っているシリンダーだと…… 高松って書いてあるってことは…… まさか」

 まさかこれは高松の『精子』。言いかけて俺はやめた。

「こんなものをどうする?」

「ここにくるための廊下があったな。その前の扉は見たか?」

「……」

 俺はぼんやりと扉のことを思い出したが、言葉で返せなかった。

「まあ、あまり気にもしないだろう。火星移住計画のポスターが貼ってあったはずだ。目指せ火星、チャレンジ2020」

「それがどうした?」

「人間をたくさん運ぶとき、どうするのが一番効率がいいと思う?」

 構えていた銃がブルブルと震えてしまった。

「まさか」

「そう。精子と卵子の形で運べばコンパクトで沢山の人数を運べて、燃料も節約できる」

 まさか、ラブドールのレイナと火星移住計画が同じプロジェクト?

「レイナは妊娠可能なのか?」

「残念ながら、レイナの形の中に人工子宮を埋め込むまでは至らなかったな」

 一人のエンジニアを振り返った。

「だが、人工子宮は実現している。火星移住計画の成果の一つだ」

「そんな……」

「全部、火星移住計画の1つの要素さ。移住計画の参加者募集。軍の飛行機でアメリカ本土に持ち込まれた各人種の卵子、精子を火星に打ち上げる。レイナを購入できるぐらいの層であるべきだった。選ばれた人間で」

「……まぢか」

「そこまでよ」

 奥の方から俺が銃を奪った女性と…… レイナが1体入ってきた。レイナは銃を構えて、俺に狙いを付けている。

「まったく、銃を向けられたからって、ベラベラ話しちゃって」

 エンジニアは、その女性の言葉に臆することなくこう言った。

「いや、さすがにこれを公表せずにやるのはフェアじゃないからな」

 つまり、エンジニア達は俺たちに事実を公表させるつもりで、真相を話したということになる。

「話してしまったものはしかたないわ。この侵入者には別のプロジェクトの被験者になってもらう」

 エンジニアの人が指を立て、言った。

「……ああ。短期記憶の消去薬か」

 G〇〇GLEの女は、そう言われるとバッグを掲げた。

「そうよ。ここにその薬が入っている。短期記憶と言っても効果にムラがあるから、もしかしたらここ1~2年の記憶が丸ごと飛ぶかも知れないけど…… ウフフフ」

 俺はそのカバンを狙って銃を向けた。

 バンッ、と音が響いて、音が一瞬聞こえなくなった。

 持っていたはずの銃が弾かれ、床に転がっていた。

 レイナが俺の銃に発砲したのだ。

「アンドロイドに銃を持たせておいて正解ね。本当に正確な射撃だわ」

 俺は思わず両手を上げた。

 女が近づいて来て、言った。

「記憶を消す前に聞いておこうかしら。何故あなた方はここに押し入ったの?」

「レイナの使用を差し止めるためだ。この女性の肖像権侵害だ」

 一瞬、レイナの銃口が俺を向いた。

 女は笑った。

 銃の音で聞こえにくくなっていた耳にも、その高笑いが響いてきた。

「……そんなことの為に? 笑っちゃうわ。我が社は人類の未来の為を考えているのに」

 女の言葉に俺は切れた。

「今、地球を生きる人の気持ちや、目的も知らずに道具としてい利用されているレイナの気持ちを考えないで、何が人類の未来だ」

 女はバッグからオレンジ色の液体が入ったボトルを取り出した。

「まあ、今は聞いといて上げるわ。レイナ、この男を台の上に寝かせて、口を開かせるのよ」

 銃口を向けながら、俺に近づいてくる。

 手を上げながら、レイナに言う。

「レイナ、覚えているか? 俺だよ。高松の屋敷であった中谷だよ。助けてくれ」

 銃口が眉間に当てられ、俺は押されるまま台の上に横たわる。

「助けてくれ、レイナ」

 アンドロイドは人を傷つけることができるのだろうか。

 銃口を向けられているうちに、気持ちがハイになり、冷静な判断が出来なくなっていた。

「レイナ……」

 レイナを抱き寄せ、口づけをした。

 目を見開くレイナ。

 レイナは人がそうするように、突然のキスで力が抜けていく。

 俺はその瞬間を見逃さずに、持っている銃を奪った。

 麗子さんが小さく声を上げる。

「何……」

 女が慌てて逃げようとするところを捕まえた。

 クスリのボトルを叩きつけようとするところを抑えて、指をめくるようにしてボトルを奪う。

「この薬、お前が飲め!」

 俺がそう言って女を台に押し付けると、エンジニアがやってきて手を貸した。

 嫌がるところを台に仰向けに押し付けて、鼻をつまみ、口を開けさせる。

 ゲホゲホと吐き出しながらも、ボトルの液体をすべて流し込む。いくらかは飲んでしまっただろう。

 女は虚ろな目をして、急に喋らなくなった。

「君たちは逃げなさい」

 エンジニアの言葉に、俺はレイナと麗子さんの手を引いて走り出した。

「ありがとう」




 途中に居た、もう一体のレイナと合流し俺たち四人はビルを抜け出て、大通りでタクシーを捕まえると、とにかく知っている大きな駅の名前を言った。

 大勢がいれば見つからないし、見つかっても何も出来ないと思ったのだ。

 俺は助手席に乗せてもらい、麗子さんにレイナ二人が座っていて、運転手から見れば、似たような顔の人が隣り合って乗っているな、双子だろうか、いや三つ子? と思ったに違いない。

 タクシーが信号待ちで止まる度、後ろの車、横の車、歩道の人影が気になり、何度も確認した。

 しかし、誰も追っては来なかった。

 目的の駅について、俺たちはタクシーを下りた。

 直接追跡してこなくとも、例の監視カメラ画像の検索で、俺たちの居場所くらいわかるのだろう。俺達がG〇〇GLEの悪事を知って、それを広めようとしても、結局G〇〇GLEの力でそれを阻止できるのではないか、と思っていた。検索を支配しているのは、世界のネットワークを支配しているに等しく感じられた。

「これで良かったんですか?」

 俺は麗子さんに聞いた。

「わからないけど……」

「けど?」

「けど、すっきりしたわ。ありがとう」

 麗子さんの伸ばしてくる右手に合わせ、握手した。

 そして麗子さんはレイナを抱きしめて、さようならを言った。

「これは、あなたが高松のところに返してきて」

 麗子さんはそういうと、人混みに消えていった。

 俺に銃口を向けたレイナは、何も言わないで手を振ると、どこかに去っていった。

 最後に残ったのは俺とレイナだった。

「君が、高松のところにいたレイナ」

 レイナがうなずく。

「俺は……」

 俺は君が欲しい。そんなこと、言えるはずもなかった。

 レイナがアンドロイドでないなら、俺はここで堂々と口づけをして、君が欲しい、と言っただろう。

「……」

 結局、俺はレイナがアンドロイドで、所有者の下を離れていてはイケナイことだと思っているのだ。レイナの自由意志などは信じていない。他人の『おもちゃ』と同じようにしか考えていない。奴隷のように金で買われた人を解放することと、レイナを自分のもとに連れてくることが同じことには思えていなかった。

「……」

 レイナは小さなボトルを俺に見せた。

 オレンジ色の液体が入っている。

 その手を俺に向けて伸ばしてくる。俺はそれを手にとった。

「!」

 レイナに感情があるのか、レイナが持っているものを感情と呼んで良いものなのかわからなかったが、人が寂しいと思っている時と同じような表情をつくった。

 そして、何も言わずに去っていった。

 高松のもとに。

 ざらついた空気を感じながら、持っていたオレンジ色をした液体が入ったボトルを開けた。

 飲み干した時には、もうろうとし始めていて、何も言葉が出なくなっていた。

 意味の分からない単語がいくつもいくつも頭の中に浮かんでは消えていく。消えた単語は戻ってこない。

 この人混みの中で、俺は立っていられなくなり、尻もちをつくようにアスファルト上に座った。

 空をみると誰に言いたいのかわからなかったが、勝手に気持ちが沸き上がってきて思わずそれを口にした。

「さようなら」と。






 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フクセイ・ガール ゆずさくら @yuzusakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る