第9話
特急を降り、駅を出て歩いた。レイナは都心では田舎ほどの頻度では振り返られなかった。
若くて美人とか、目を引くような女性は他にもたくさんいるからなのだろう、と俺は勝手に解釈した。数メートルの間隔を保って同じ顔の人物が同じ方へ歩いていても、以前俺が騒いだのに友達が『騒ぐな』と言ったように都心の人は、気になっていても大げさに騒がないのだろう。それとも、麗子さんのこの簡単な変装が功を奏しているのだろうか。
レイナは地下鉄に乗り換え、さらに中心部へと向かっていた。
俺はレイナの目的地が、以前友人と昼食をとったあの街ではないか、と予想をつけた。路線的には確率はかなり高かった。
「永島さん」
「しっ……」
麗子さんは口に指をたてた。
「(永島さん。G〇〇GLEだとして、場所はどこですか)」
「(……)」
麗子さんは無言でスマフォの地図を見せてくれた。
「……」
俺はスマフォを返して麗子さんの顔を見て、そして、レイナの方に視線を戻した。
この顔を何度もみたあの日の、あの街だった。
電車を降り、長い長いエスカレータを登った。
都心にもかかわらず、乗降客が少なく後ろを振り向かれたらバレてしまう。簡単に変装しているとは言え、相手はアンドロイドだ。認証能力は人間の比ではないだろう。バレることを恐れて、呼吸音まで気になってきてしまった。
それにしても、さっきから仕草の一つ一つは本物の人間だ。
どういう情報を学習させると、人間らしく振舞えるのだろう。動画とかの情報で、さっきのような電車内での振る舞いなんて覚えられるだろうか。扉のどこに位置どるとか、外を向くか内を向くか。人の顔を見つめないとか、立ち振る舞いは難しいと思うのだが。
麗子さんがひじでつっつく。
「どうしたんです?」
「逃げられた、かも」
俺は焦って左右を見渡す。ん…… あれじゃないのか? 俺は麗子さんの腕を引く。
「あれですか?」
「……良かった」
と思うとレイナはビルの中に入っていく。
ガラス張りのショールーム。
「ここがG○○GLE……」
「どうしますか、このまま追う訳には……」
「私はこのままレイナの後ろを追うから」
そのままガラス張りのショールームの中に入っていいってしまう。
「お、俺は?」
くるっと振り返って、麗子さんは言う。
「自分で考えて」
ほぼ時間がない状態だった。
まさか麗子さんの後ろをついて行くわけにも行かず、俺はサングラスを外してビルの裏へと回った。
タバコの煙が上がっている一角から、人が出てきてビルの中へ入っていく。タバコは吸えないが、たばこを吸い終わったふりをして、さきに行く人について行けば入れるのでははいか、と安易に考えてそれを実行した。吸い終わった人が歩いていく流れに、うまく乗って俺もIDカードをかざすマネをして通用口を入っていく。
警備員は見ているようで、見ていなかった。するっと中に入れてしまって、かえってこっちが驚いていしまった。
「何階ですか?」
擦り抜けきた人と同じエレベータに乗ってきてしまった。それに加えてG〇〇GLEのあるフロアを確認していない。エレベータの表示盤棟には、どの企業がどのフロア化などは書いていない。頼れるのはヤマカン。それだけだった。
「地下です」
俺はそう言って地下のフロアのボタンを押した。
不幸なのか幸いなのか、このエレベータは上に行くエレベータだった。
「これ上行きますから」
俺はすみません、と言ってエレベータから降りた。降りて、どこがG〇〇GLEのフロアかを確かめた。
けれど、フロア案内図を見てもG〇〇GLEが1Fである以外、その他のフロアにどんな企業が入っているのかが分からなかった。
そうこうしているうちにも、上がっていったエレベータが降りてきた。
誰も乗っていなかったら、乗って下に下りてみよう。そうでなければ、もう一度待とう。
エレベータが降りてきて、開いた。誰も乗っていない。俺は素早くエレベータの中に入った。
B1Fのボタンを押して、『閉まる』のボタンを押すが、エレベータのドアが閉まらない。
「!」
エレベータに男が一人、入ってきた。俺の顔を見て、首をかしげる。
俺はエレベータの『閉まる』を押すと、男が扉に手をかけて閉じさせなかった。
「待ってくれ、まだ乗る」
男がエレベータの外に一度でて、手招きする。
「こっちだ」
男の横にレイナが現れた。
「!」
俺はまず胸のふくらみを見て、
そのレイナがエレベータ内に入って来ると、さらにもう一体のレイナが男の横に現れる。
次のレイナについても、胸のあたりを見て、
このままではいつか高松のレイナと顔を合わせてしまう。レイナが何も反応しないことを祈るしかなかった。G〇〇GLEに言いつけないという偶然を待つしかなかった。今度のレイナは、来ている服からすると、高松のレイナと思われた。
「……」
頼む、何も言わないでくれ。俺はただ祈っていた。
そのレイナが入ってくると、男が言った。
「急がせろ」
どうやらもう一体レイナがいるようだった。
女性の声がする。
「最後の一体、手続きが終わっていないんですけど」
「手続きは下でやる。ほら、早くしろ」
すると、レイナが…… いや麗子さんが男に押されながらエレベータに入ってきた。
俺の顔を見て、明らかに一瞬動揺したが、男に麗子さんの顔が見えなかったおかげで助かった。
「閉めてくれ」
俺はエレベータの『閉まる』ボタンを押した。
通常のフロアの高さとは思えないほど、長い時間をかけてB1Fにつくと俺は『開く』ボタンを押し続けてレイナたちが出ていくのを待った。
麗子さんと二体のレイナが出て行き、男が出ていくのを見送ってから、俺もエレベータの外に出た。
レイナたちは扉に『目指せ!火星。チャレンジ2020』と書かれた扉を開け、入っていった。
俺も足音に耳をすませ、十分に時間がたってからその扉を開けた。
そこには長く暗い廊下があった。
突き当りに同じような扉がある。ここは本当に通路としてだけ使っているように思えた。
俺はその廊下をそっと歩くと、突き当りの扉に耳を付けて扉の先の気配を感じた。
音はない。
俺はゆっくりレバーを下げて、扉を開ける。
誰もいない、ようだ。
俺はスッと扉を抜けた。
三体のレイナを引き連れ、ゆっくり歩いていたはずだが、どこに行ったか全くわからなくなるとは。俺は予想と違う状況に戸惑った。しかし、いくつかある扉の一つを定め、歩きだそうとした。
その
「レイナのオーナーさまですね」
「……レイナのオーナーだと分かってて『銃』をつきつけるのか?」
「オーナー様か確認しています」
「大体、G〇〇GLEともあろう企業が銃を使って
「残念ですが、治外法権が認められているんですよ」
「嘘つけ」
「ここ領事館では我が国の法律が適用される、ご存じないのですか」
「領事館……」
もしかして、さっき長い通路を歩いていたが、あそこでつながっているのか。
「ここが領事館?」
「もちろん、わが社の研究施設です。しかし同時に敷地としては領事館。我が国の法律が適用されます。明らかにあなたは不法侵入。すでに機密を盗んでいる可能性もある。射殺されても文句は言えませんよ」
「なんてこった」
「……やはり、オーナーではないですね。このまま不法侵入で撃ち殺しても
俺は銃を向かって前進して、急に上体をかがめてタックルする。
バン、と耳がおかしくなるほどの音が発せられる。
撃ちやがった、本当に撃ちやがった。
俺は慌てて、背中に回る。
どこかで見た、頸動脈を押さえる『チョークスリーパー』を思い出しながら、相手の首に腕を巻き付ける。
女性の腕力では俺の腕力でも解けない。当てずっぽうに銃を撃とうにも苦しくなってくる。
「!」
女性は銃を落とした。
失神?
俺は素早くその銃を拾い、ベルトとジーンズの間に挟む込む。
「熱」
奥に続く通路の為に、女性が首から掛けていたIDカードを奪った。
白衣を着た二人に挟まれて女性が歩いている。姿はレイナだ。だが、俺の位置からは本物のレイナか、
つまり麗子さんの可能性が高い、と俺は判断し、追った。
通路の奥の部屋の前で立ち止まった。
部屋の前で、白衣の男がカードをあてるが、ドアは開かない。
「?」
あれ、と俺が思っていると、白衣のもう一人が腕を伸ばして、同じリーダー部にカードをあてる。
電子音がして、奥の部屋のドアがゆっくりと開く。三人はその奥の広い部屋に入っていく。
「まずい」
俺はイヤな予感がして、走った。この扉は二人が連続してカード操作をして初めて開く扉に違いない。閉まってしまえば、俺はカード1枚しかもっていない。つまり入れない。
体を低くして、閉まりかけのドアに飛び込む。音で気付かれなかっただろうか…… 不安になりながらも周囲の台座やらテーブルやらの影を探してそこに隠れる。
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