第8話



 時たま、レイナのことを検索してみたりするが、それ以外は本当にただただ平凡な日常に戻っていた。

 時たま、麗子さんからメッセージが来た『忘れてないでしょうね』と。

 それにいつも同じように返していた。『準備は出来ています』と。

「実際、何を準備している訳じゃないんだよな……」

 ただレイナが欲しい、レイナを抱きたい、という気持ちだけは日々大きくなっている気がした。

 高松の屋敷の記憶が何度も蘇り、夢にみた。

 そんなことを考えていると、風邪をひいたわけでもないのに、顔が熱くなったし、勝手に苛立ったりした。

 別れてから、ちょうど四週間目の朝だった。

『可能なら、この電車に乗って。あの時の逆方向の特急よ』

 それに加えて、始発駅の名前と出発時間。ちょうど大学に行くために駅まで歩いているタイミングだった。

『間に合うと思います』

 返信してから、駅まで走った。

 ちょうどギリギリの電車に乗り込み、特急の始発駅についた。

 特急券を買おうとしていると、背中をつつかれた。

「ひさしぶり」

 振り返った先には、ピースサインをした麗子さんが立っていた。

 特急券を二つ買って、隣の席に座った。

「どんな連絡が入ったんですか」

「……連絡は入っていないわ。女の直感ってやつよ」

「女性にだけ直感能力があるわけでも、高いわけでもありませんよ」

 言いながら呆れた。もうこの特急に乗ったからには、高松の屋敷までいくだろう。だが、そこでどうする。レイナがいて、高松がいて、俺は二人が愛し合うのを黙ってみているのか……

「けど、もう今日動かなかったら、見失ってしまうわ。気づいた時にはレイナは家に戻っている。それではG〇〇GLEが何をやろうとしているか突き止められない」

「そんな必要はないでしょ。肖像権の話しをして、無断使用で訴える、と言ってとりあえず日本の中での使用を差し止めれば。そうすれば永島さんの権利は守られるし、日々の平和が戻ってくるわけでしょう」

「レイナの使用を差し止めるって言ったって……」

「……確かに。もう作られてしまっていますからね」

 なんとなく、俺は考えた。

 高松のところにあるレイナ。レイナを俺のものに出来ないだろうか。

「レイナのことを検索してて、気になったことがあるんだけど」

 G〇〇GLEがそんな脅しで簡単にレイナのような調高額アンドロイドを販売しなくなるだろうか。大体、一度売ってしまっているものだし、買ったのだからオーナーのものであるに違いない。

「ねえ、聞いてる?」

「?」

 麗子さんはうんざりしたような表情を見せる。

 その時、スマフォが振動した。

 慌てて麗子さんが確認する。何か情報が来たらしい。高松からメールが来たようだった。

「高松が来れるか、って。何があったか聞いてみる」

「ちょうどこっちが行くところだ、って返せばいいんじゃない」

「うん」

 麗子さんがスマフォで操作を繰り返していると、また言った。

「お腹がいたいんだって。一人にしてくれって。アンドロイドがお腹痛くなるのか? って」

「いや、俺はアンドロイドの専門家じゃないんだけど」

「女の子なら、普通にお腹痛くなるもんだけど」

「それはリアルならそうかもしれないけど」

「ほら、アンドロイドだって自分を女だと思えば、知識としてそういうことを意識して、意識したら錯覚することもあるんじゃない?」

「錯覚って、ハードウェアが錯覚するかな」

 ハードウェア…… いや、俺たちの肉体はハードウェアじゃないのか。だとしたら、アンドロイドを騙すことはできるのではないのか。騙すつまり錯覚、騙されるプログラムを入れることで、人と思っているのではないか。いや、腹痛なんて『感覚』を検知するようにセンサーを内部にもたせているのか? そんな無駄なセンサーはないだろう、とすれば各制御部のCPUの異常高温とか、メモリ破壊とか、パーツのソフトがフリーズしたとかを『腹痛』と表現しただけ、とかだろうか?

 ちょっとまて。俺はレイナを機械だ、アンドロイドだと考えようとしている。違うはずだ。あのは違う。

「どうしたの?」

「……」

 俺の言葉に傷ついて泣いているレイナの顔が頭に浮かぶ。

「そうだ。さっき言おうとしてたんだけどさ。レイナって検索すると、火星移住の広告出るよね?」

「……ああ、そんなことですか」

 俺は両手で顔を覆った。

「なによ。あの男女が空を指さして、目指せ!火星。チャレンジ2020なんて書いてあると、ムカムカするのよね」

「ちなみに最近レイナで検索してますか?」

「してないけど」

「ここ四、五日は火星移住の広告出てません。何を検索しても」

 麗子さんはスマフォを取り出してやってみた。

「ほんとだ…… どうして?」

「しりませんよ。G〇〇GLEのことなんて」

 麗子さんが、ムッとした顔になって、それから何もしゃべらくなってしまった。

 高松の屋敷の近くの駅で下りると、タクシーに乗った。高松の名前をだしたら、すぐに乗務員はすぐに『承知しました』と言って無言で車を走らせた。

 麗子さんが、高松からのメッセージを読んだ。

「レイナが見当たらないって。屋敷を出て行ったのかも、だって」

「……」

 少し曇ってきて、林の中のこの道は暗く感じていた。運転手はライトをつける。

 すると、道の先、対向車線にもライトが見えた。

「!」

 俺はライトの方をじっと見ると、同じ会社のタクシーだった。

『一般人には使い道がないのさ。高松家から特急が止まる駅に行くなら、この道が一番近いんだがな』

 アフロ頭の探偵が言っていたことを思い出した。

 俺はタクシーをじっと見た。後部座席に座っている人物を見極めたかったのだ。

「あっ!」

 俺は慌てて振り返る。

「運転手さん。車を止めて。行先を変更して元の駅に戻って」

「何言っているのよ」

「いますれ違ったタクシー、レイナが乗っていたかも」

「運転手さんお願い」

 麗子さんが言って、タクシーをユーターンさせる。

 俺は聞く。 

「運転手さん、高松家に配車あった?」

 同じ会社のタクシーだ。さっきのタクシーが呼ばれた時の無線は聞こえていたに違いない。

「……」

「ねぇ、教えてよ。誰が配車したか、って聞いてるんじゃないよ。だから個人情報じゃないじゃん」

「確かにあなた方を載せるちょっと前に高松家近くに配車がありました」

 俺は麗子さんの顔をみてうなずいた。




 麗子さんに追跡してもらい、俺はコンビニで安価なサングラスと帽子を買った。麗子さんに追いつくと、俺はサングラス、麗子さんが帽子を深くかぶって簡単に変装した。とにかく一発で見破られなければいい、その程度の気持ちだった。

 レイナはとにかく目立つ。かなりの確率で男が振り返ってレイナを見返す。直後に麗子さんが通るから、また振り返る。美しい女性はこんなにも男性の視線を浴びて生きていくのか、と思うとゾッとする。

 レイナを追いかけ、特急に乗った。

 座席が離れてしまったせいで、交互に立ち上がってはレイナの様子を見にいくことにする。

 麗子さんが席を離れて確認しにいっている時、俺はふと思う。

 このままレイナが帰らなければ、高松はどうするだろう。俺達がG〇〇GLEのメンテだと言えば、高松は怒鳴り込むに違いない。しかし、G〇〇GLEにはレイナがいない。G〇〇GLEも高松もレイナの居場所を探せないとしたら? レイナを俺のものに出来るのではないか。

 しかし、レイナがネットワークにつながっていない状態で生きていられるのだろうか。ネットワークに繋がり、かつレイナが生きている限り、高松はともかく、G〇〇GLEにはいつしか居場所がバレてしまうだろう。いや、それこそネットワーク出来ない世界なら…… いや、それはイコールレイナの充電が出来ない世界なように思える。

「交代」

「?」

「こ、う、た、い、よ」

「……あ、すみません」

 俺は見張りを交代した。


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