第7話-4

 扉が開き、一瞬レイナと視線が合う。

 ……えっ?

 扉が閉まる。そして、カギのかかる音。

 なんて…… なんてい切ない目をするんだ。

 俺は、どうしたらいい? G〇〇GLEに怒鳴り込むだけでそれだけで俺はいいのだろうか。

 麗子さんの肖像権を守るだけでいいのだろうか。

 レイナが…… レイナが欲し……

 肩を突っつかれて、思考が止まった。

「(ちょっと、車回してきたってよ)」

 二人の探偵と、俺と麗子さんが立ち上がる。

 皆が立ち上がるのとは、すこし違う音が聞こえてくる。

「(ちょっと、どこいくの?)」

 俺は高松が入っていった、レイナの部屋への扉の前に立っていた。

 いつのまにか、耳を扉に付けていた。

 レイナの…… 声と…… 高松の呼吸の音…… 

「(ほら、帰るわよ?)」

 麗子さんが俺の襟を引っ張り上げる。

「(泣いてるの?)」

 俺は言われて気が付いた。

 泣いていた。ラブドールがオーナーに抱かれているだけなのに、とてもかなう望みではないのに。

 屋敷の廊下を歩き、探偵が乗ってきたワンボックスに乗り込む。

「あんたらはどこで降ろせばいいの?」

「……」

 二人の探偵がこっちを見ていた。

 麗子さんが代わりに答えた。

「近くの駅で降ろしてください」

「近くの駅って…… 相当いなかだけど大丈夫かい?」

 アフロの方がそう言う。

「……なら大きい駅が」

「ああ、じゃあ特急が止まる駅まで乗せていくよ」

「ありがとうございます」

 屋敷の車回しをゆっくり出発して、門までゆっくり走る。

 門が開いて、公道に出ると、車はスピードを出し始めた。

「けっこううまく追跡できたと思ったんだがなぁ。まさか君の映像だったとはわからなかったよ。俺たちは居なくなった後に呼ばれて探したけど、今度は逃げる前から張り込み出来るんだから、頑張れよ」

「……」

 アフロの探偵はルームミラーで麗子さんの方をみて言う。

「そっちのはどうなっちゃったんだい。あの部屋を出てきてからなんかおかしいぜ」

「さあ。私もわからない」

「ふうん」

 車は道なり走っていく。

 両側は森で、一直線に道が続く。

「寂しい道だな」

「一つ前の高松家の当主は国会議員でさ。この道はその時、駅からまっすぐ高松家に行くためだけに作った、って言われてるよ」

「えっそんなこと今やったら……」

「だから、一つ前の当主だって。だいぶ前の話さ」

 俺は道を眺めていた。

 まっすぐで、通っている車がほとんどない。

「静かすぎて気味が悪いな」

「一般人には使い道がないのさ。高松家から特急が止まる駅に行くなら、この道が一番近いんだがな」

「ふうん」

 そのまま走り続け、三十分ほど走って駅についた。

 駅を示す大きな看板を右折すると、駅前のロータリーに停車した。

「じゃあな」

「ありがとうございます」

「……」

 考えがまとまらないうちに俺は切符を渡されて、駅のホームは入り、特急の座席に座っていた。

「ちょっと思ったんだけど」

「はい」

「怒らない?」

「何がです?」

 麗子さんは窓際、俺は通路側に座っていた。麗子さんは外を見ている。

 しかし、外はもう薄暗く、明るい室内を写している。

 窓に写った麗子さんと目が合う。

「レイナにれた?」

「……」

 否定するように首を振っていたが、それは嘘なように思えた。顔が熱くなる感じがした。

「ここに人間オリジナルがいるのに、アンドロイドに恋をしたってこと?」

 おどけるようにそう言った。

 本物オリジナルとレイナは別物ですよ、と言いたかったが、言わなかった。

「……」

「もしかして、レイナを独り占めしている高松がにくい?」

 ザラっとした感じがする。指で挟んで持っていたサンドペーパーを何も言わずに引き抜こうとされたような感じ。

 そう言って麗子さんは窓を、写った車内のどこでもない空間を見つめている。

「思ったんだけどさ。あんたキスしたの初めて? ……なんていうのかな。ファーストキスがアンドロイド?」

 どっちも言い換えにもなってない、と思ったがそれは口にしなかった。

「!」

 麗子さんが不意に唇を重ねてきた。

 表面だけを合わせた軽いキス。

 レイナとは違う。

「ね。今のがあんたにとって何回目のキス?」

「知りませんよ」

「や~ っとしゃべった。実は、今のって私のファーストキスよ。あ、言っとくけど、社会人になってから、ね」

「……」

 麗子さんは、また窓の外、どこでもない空間を見つめ始めた。

「高松さんを恨んだり、レイナを奪ったりしたら犯罪よ。そこは守って」

「……」

「私が見た感じ、この分かりやすい発情状態って、レイナ自らが仕掛けたと思うのね。高松から連れ出して、高松から解放してって、暗に言ってるような態度。それでいて、目の前で高松のものになっているのを見せつけて」

「……」

「だからワザとグラついた。だから『偶然』唇をあわせてきた」

「……」

「相手はG〇〇GLEよ。何もかも見透かされているかもよ。あなたのスマフォはG〇〇GLE製? もしそうなら床に叩きつけて壊しておいた方がいいわね」

「……」

 それ以降、俺が降りるまで麗子さんは何も話さなかった。

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