第7話-3

「あなたたちは私が人間でない、という事を証明しようとする前に、自分が人間である証明を先にするべきです」

「ハハハ……」

 俺はもう笑うしかなかった。この会話すべてをG〇〇GLEが考えたとは思わないが、G〇〇GLEのネットワークで構築された知性に、俺のような半端な人間が太刀打ちできるわけがなかったのだ。

 今度は麗子さんが、レイナに質問をした。

「あなたは、この部屋で暮らしているの?」

「はい。高松さんからここの部屋を使わせてもらっています」

 麗子さんは、ベッドに腰掛けた。

「ここで高松さんの愛を受けたりするの」

「……そんな事、答えなければいけないですか」

 頬を赤くしながら、怒ったような表情をつくる。これが機械なのか、俺は機械とは思えなくなってきていた。

「いいえ。べつに。あのさ、あなたは自分がアンドロイドなのを知っているわけでしょう?」

「……」

「高松の愛を受けても、子供が出来ることはないのよ。そんなこと、なんの為にしているの?」

 レイナもベッドの反対側に腰掛けた。そして言う。

「人間も、子供が出来なくても、いいえ、子供が出来ないようにして、楽しみのために行為をするわ」

 麗子さんの方も頬が赤くなった。

「あなたはその為に作られた人形なのよ? 人の楽しみの為に」

「確かに私は人の楽しみの為に生まれたのかもしれません。では、あなたはなんの為に生まれたのですか? 誰かの楽しみの為でないとしたら、なんの目的の為に」

「……」

 麗子さんは答えなかった。

 俺も同じことを自問した。俺はなんの為に生まれてきたのだろう。誰かの役に立つために? 自らの為に? 俺の魂を宿すために生まれてきた? で、俺って誰よ?

 考えれば考えるほど自分自身が空虚で、不可解な存在に思えてきた。

「けど、流石に動きはアンドロイドなんだろう」

 俺はレイナとの距離を一気に縮めた。

「なにするの、私もいるのよ」

「永島さん、大丈夫です乱暴はしませんから」

 レイナの前に手をだす。

「?」

「手を見せてくれるかな」

 各部がどれくらい可動するのかみてやる。柔らかければ、骨の形もわかるだろう。

「痛くしないでくださいね」

 差し出されたのは綺麗な肌の指だった。しかし人工物、という感じではない。究極に綺麗だったらこうなのだろうか、と思う程度だった。

「握ってみて」

 すっと、指が折れ曲がり、拳骨げんこつの形をつくった。モーターがワイヤーを巻き上げるような機械音がするわけでもない。圧搾あっさく空気のれる音があるわけでもない。何も聞こえない。

 これがアンドロイドの動きなのだろうか。人そのものではないのか。

 俺は考えた末、荷重かじゅうが大きければ動作音がするのではないかと考えた。

「ここに寝そべって、俺が手をたたくから可能な限り急いで起き上がってみて」

 同じ顔の女性が二人いるわけだが、どう考えてもこのアンドロイドの方が放つ色香が違う。それはあらかじめ『こっちはセックス専用』だという先入観を持ってみているからなのだろうか。

 レイナは素直に俺の言葉に従ったが、麗子さんがたずねてくる。

「こんなことさせて、どうするの?」

 俺は麗子さんに耳打ちした。

「(激しい動きをすれば、何か機械音とか、そういうのが聞こえてこないかと思って)」

「……」

 麗子さんは懐疑的かいぎてきな表情を浮かべた。

「……どうぞ? 準備できました」

 俺は適当に間をおいて、手を叩いた。

 機械が慌てて反応する。

 ベッドのスプリングが偶発的な動きをするのか、正確に立ち上がれそうなアンドロイドが立ち上がるのに苦労をしている。

「きゃっ!」

 それは不意打ちだった。

 レイナが立ち上がった、と思った直後、バランスを崩して俺の方に倒れ込んできた。

 偶然なのか、計算なのか……

 俺は抱きとめた。

 柔らかい体。若い女のような香り。これと体を合わせたら…… 抱いてしまったら、確かに気が狂うかもしれない。しかも、こんな存在が、不意に姿を消すのだ。すぐに探偵を雇って、消えてしまった存在を探し出し、連れ戻したくなるだろう。

 俺は時がように思っていたが、それなりの時間、この状態でいたようだった。

「なっ……」

 麗子さんが引いた・・・という感じに声を上げた。

 俺はゆっくりとレイナの体を押し戻した。

 レイナは唇に手を当てて、頬を赤くしている。

「……」

 俺とレイナが十分距離をとったのを見て、麗子さんが近づいてきて囁くいう。

「(いまの狙ったんじゃないでしょうね?)」

 俺は首を振った。

 ドンドン、と扉がノックされた。

「レイナ! レイナ!」

 高松の声だった。

 俺は主人の居ぬ間に入った間男のように隠れる場所を探してしまった。

「はい。今開けます」

 レイナが高松を迎えに走る。

 扉を開けた途端に、抱き合うレイナと高松。

 俺と麗子さん、向こうの部屋には探偵二人がいるはずなのに、堂々とキスをした。

 ザラついた痛み。

「どうなさいました?」

「心配になってな。変なこと聞かれていないか、変な事されていないか?」

「いえ、特に何も」

 レイナの手が自然に高松の身体を撫でる。

 歯がゆさと苛立ち。

「キミ。もういいだろうか? そろそろ帰ってもらえないかな」

「あとちょっとだけ。レイナが次にいなくなるだろうと予測するころに、ここにお伺いして、レイナさんを見張らせてください。どこに行って何をしているのか、どうしても確かめたいんです」

「さっき言ってたやつか。考えてお……」

 高松はレイナの腰に手を回す。

 俺は少し声が上ずる。

「今答えが欲しいんです。レイナさんを失いたくないんですよね?」

「わかった。ここを訪ねてこい。名前は?」

「中谷です。こちらが永島さん」

 高松は俺たちを元いた部屋の方に追いやると、その部屋に使用人を呼んだ。

「この男の車を持ってきて、この人たちを帰してくれ」

 その高松の様子は、何かものすごく慌てていた。

 レイナは自分の部屋で高松がくるのを見つめている。

「では、私とレイナはここで失礼するよ。ごきげんよう」

 高松がレイナの待つ部屋に去っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る