第7話-2
「高松さん、お答えを聞くまでの間、すこしレイナさんとお話させてもらっていいですか?」
「ええ。隣の部屋から出ないなら、何をしてもらってもかまわないよ」
「いえ、別にそういうことをしようということじゃ……」
高松はムッとした顔を見せた。
「こっちもそういう意味で言ったわけじゃない。レイナは私の恋人なんだよ」
「失礼しました」
俺が部屋へ向かって歩きだすと、
「あっ、私も」
と言って、麗子さんもついてきた。
「(どうしてあんな言い方するのよ)」
「(すみません)」
部屋に入ると、レイナはびっくりしたような表情を作ってこっちを見た。
「はいるね」
「どうぞ」
部屋にはベッドが一つあり、窓はなかった。小さな丸テーブルがあり、部屋の端にレイナの充電用だろうか、小さな白い機械がコンセントに刺さっていた。
俺たちが入り、扉を閉めると、レイナは少しだけ後ずさりした。
「この部屋、座るところがなくて……」
「いや、立ったままで構わないよ。君に、いくつか質問があるんだ」
俺が少し進んでいくと、怯えたような表情を作る。
「あの、気になっていたのですが、そちらの方は……」
レイナの方から麗子さんについて質問してきた。
俺にとっては驚きだった。
もっと会話は受け身主体なのだと思っていたからだ。何かをきっかけに会話を返す方が簡単なはずで、何もないところから質問をひねり出すのは、不自然になりがちだと思ったからだ。
「俺より先に来ていたはずだけど、説明されなかったのかい?」
「私の原型…… のような話でしたが、ちょっと信じられませんでしたので」
原型、と言っておきながら、信じられないという。俺は聞き返した。
「信じられない、というのはどういう意味で?」
「私は双子や三つ子、という関係で生まれてきていません。だから、こんなにそっくりな人がいるということ自体信じられませんでした。それと、原型、ということはまるで私が……」
まさか、このアンドロイドは、自分を人間だと思わされているのか。俺はその言葉の続きを息をのんで待った。
「私がアンドロイドか何か、作り物のような話になってしまうからです」
そのまま君はアンドロイドだと言ってやろうかとも思ったが、やめた。
「……へぇ」
俺は何かレイナに聞いて、自らアンドロイドであることを思い知らせてやろう、という気持ちが湧き上がってきた。
なんといえば、自分がアンドロイドだと気づくだろう。
俺は部屋の端にある充電器のところへ進んだ。
「レイナ、これだけどこれは何?」
「充電器です」
「何の?」
「私の」
「どうやって充電するの?」
「やめて」
大きな声で麗子さんが言った。
俺はそれをここでやらせることを諦めた。
麗子さんは自分の顔に充電ケーブルを突っ込む姿を見たくはないのだろう。
「じゃあレイナ、君はどうして充電が必要なのかな?」
「エネルギーがなくなって動けなくなるからです。ご飯を食べるのと一緒です」
「俺たちはご飯を食べて、それをエネルギーにしている、レイナは違う。それは俺たちとレイナが違うことを意味するよね? それもかなり根源的なレベルでの違い」
「ええ。そうですね」
レイナは、きょとんとした表情でそれに疑問を持っていない。
「このことは、レイナが作り物、アンドロイドであることの証明といえない?」
「いいえ。では聞きますが、肉を食べないベジタリアンやヴィーガンはアンドロイドでしょうか?」
俺は笑った。
「いやいやいや、ベジタリアンの食べ物でも俺は生きていけるけど、俺に充電ソケットはない。充電出来ないんだ」
「そこは本質的な違いではないという意味です」
「……ふう」
さあ、どうやって打ち負かせばいいのか。
必死に考えて、他人とロボットの違いを思いついた。
魂だ。人間には魂があるから、機械とは違うんだ。
「俺たちには魂があるんだけど、魂ってどんなものだと思う?」
レイナは冷静だった。
「魂はありませんよ。それがあると言っているのは人間の奢りです」
「どうしてわかる?」
そう言って、レイナの周りを回るように歩いた。
「例えば、寝ている時に何か感じますか?」
「感じるよ。寒ければ目が覚めるし、物音がすれば起きる」
俺は素直にそう答えた。
「それは魂が感じたものではないですよ。体がセンシングしたものです」
魂があれば、寝ている時でも何か考えたり、記憶をたどったり出来ても良さそうだった。
「俺たちの身体は、センシングするわけではないが」
「センシングと同じですよ。魂は物理的なものを超越している存在といいたいのでしょうけれど、魂は感じないしものも言えない。あることが証明できないものが違いなら、それは違いがないのと一緒です。結局、人間を定義していくと、それらはすべて物理法則の範囲に収まるわけです」
物理法則の範囲だと? 物理法則の範囲を超えているから、魂なんじゃないか。
「何を言ってるんだ。俺は人類で、君は人類じゃない」
「たしかに生物学的系統は違います。けれど人間と同等の者です」
俺はレイナの発言がヒントになってあることを思いついた。
「そうか君は眠らなくてもいいんだろ? そして逆に、眠っていた時の記憶もあるんだろう?」
「何をおっしゃりたいのかわかりませんが、私も充電中は眠ります。寝ている時はなにも認識できませんが、動いているセンサーから起動はかかります。あなた方と同じです」
アンドロイドも充電中は寝るのか。ゆっくりまぶたをとじたりするレイナの動きは、本当に人間そのものだった。動作からもこれが機械、アンドロイドだとは思えなかった。
「うーん。じゃあこうだ。君たちは成長しない。最初から今の状態で存在するんだ。そうだろう? 子供のころの記憶なんかないだろ?」
「幼稚園の入学式の帰り、ブランコで遊んだ記憶がありますよ」
俺は待ってましたとばかりに反論した。
「……ちがうな。それは誰かの記憶を植え付けられただけだ」
「あなた方がビデオや読書で得る記憶と、私に『植え付けられた』という記憶の違いはなんですか? 教えられたり、知ったりしたことが、その教えられた、とか知った、という過程部分を失っていてもなにも問題はありません。どのみちあなたたちの記憶だって、正確さを欠いていて、意味はありませんし」
なにか、この言い争いはプログラムでもされていたのだろうかと思ってしまう。家にあるスマートスピーカーを人とは呼ばないように、俺たちはレイナを人間とは呼ばないのだ。
「君をテストしてるつもりだったんだが」
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