第7話-1


 後から現れた探偵のせいで形成逆転され、俺と麗子さんは探偵事務所に連れてこられた。

 大学生風のバイトくんは俺を見張っていて、俺の背後をとったアフロヘアの探偵は、麗子さんを見張りながら、さっそく依頼人に電話をかけ、連れていく算段をしていた。

「俺もレイナのオーナーのところに連れて行った方がいいとおもうけど」

 探偵は、俺はともかく、麗子さんは依頼人のところへ連れていくと言った。

「なんで俺を連れて行かないんだ?」

「赤の他人、しかもレイナを連れ去った犯人を、依頼人に会わす訳ないだろう」

「ああ、そういうこと言うんだ。後で、後悔するよ」

 しかし、聞き入れてもらえず、俺は探偵の事務所の部屋に軟禁された。

 その小さな部屋で待たされていると、俺を見張っていたドジな方のバイト探偵に電話がかかってくる。

「えっ…… はい…… 今からですか? はい…… けど車がないですけど…… タクシー、はい、はい、はい。わかりました」

 俺は得意げにそのバイトに向かっていった。

「当ててやろうか。さっき依頼人のところに言った探偵事務所の男から電話があったんあろう。人間違えだった。そこにいる男を連れて依頼人のところへ来い。今すぐだ。車がないんですけど、なんだと、タクシーでも何でも使ってこい。費用は預けてあるカードで支払え…… ってなところだろう?」

「……」

「あたりだろ?」

「……当たってても言うか。とにかく、行くところがあるからついてこい」

「なに言ってるの? 口の利き方が違うでしょ。人間違えで捕まえたってことは、あんたらが悪いってことなんだよ。こっちは何も罪はない。そっちは拉致して俺を監禁したよね?」

「……ああ。もう分かった。悪かった。謝る。さあ、依頼人のところに行こう」

 俺と探偵事務所のバイトはタクシーを待って乗り込むと、依頼人の家に向かった。

 長く続く壁の先に入り口があり、インターフォンからタクシーに乗ったまま敷地の中に入ると1分弱走った先にあった屋敷の車回しで止まった。

 降りると、タクシーの運転手がきく。

「お客さん、これどうやって出れば?」

「門のところでもう一度インターフォンで呼び出せば開閉してくれる」

 探偵のバイトくんがそう言うと、タクシーは門の方へ帰っていく。

 ノックすると扉が開いて、使用人らしい人が手招きする。

「どうぞ」

 俺たちが入ると、奥の部屋へと案内される。

「皆さん、こちらにいらっしゃいます」

「ありがとう」

 開けてもらった大きな部屋に入ると、アフロの探偵、レイナ、麗子さん、そして、おそらくはセレブなオーナーが奥の大きな椅子に座っている。他の三人は向かい合った二つの大きなソファーに、隣り合っているわけでもなく、ゆったりと間隔を空けて座っていた。

 俺は、初めて肉眼でみる『レイナ』にびっくりしていた。

「本当に永島さんそっくりだ……」

 麗子さんがグーをつくって俺の方を見ている。

 レイナのオーナーと思われる、奥の大きな椅子に座っている男は、座ったまま謝った。

「依頼した探偵がしてしまったこととは言え、本当に申し訳ないことをした」

 ここが漬け込みどころだ、と俺は思った。

「本当ですよ。アンドロイドと人を間違えるなんて。アンドロイドなら窃盗かもしれませんが、人だと誘拐とかそういう話になってきますからね」

「まあ、言っておくが訴えるというのなら、こちらも本気でたたかうことになるぞ」

 そう言うと、着ているガウンの袖が、きらっと光った。

「まあまあ、そう興奮なさらずに。訴えるとなったらレイナと遊んでいることも世間にバレてしまう訳ですし、単純な裁判の勝ち負けでは測れないとおもいますよ…… 私がお願いしたいのはそんなことではないんです」

 どうせ大した話ではないのだろう、と言わんばかりに、オーナーはあさっての方を向いた。

「なんだ? 金か」

「違います。それと、話す前に、レイナには席を外して欲しいんですが」

「レイナ。隣の部屋に行っていなさい」

「はい」

 曇りのない、綺麗な声だった。初めて聞いたのだが、なんとなく声も麗子さんに似ている感じだった。

 そして、すっと立ち上がり、隣の部屋の扉を開け、出ていった。

 それだけのことでは、レイナがアンドロイドであるということに一切気付くことは出来ないだろう。

 中でものすごい数の歯車やモーター、演算回路が動いているに違いないのにだ。

「……」

 俺はレイナの姿に見惚みとれていた。

「で? どんなことかね」

「次にレイナがいなくなった時、私達に連絡してください。私達に探させてほしいんです」

「!」

 その場の全員が俺を見た。

「どういうことだ」

「あなた、レイナのオーナーになってどれくらい経ちますか」

 麗子さんが、急にオーナーの方に手を向けて言った。

「ああ、こちらは高松さんよ。で、あいつは、中谷」

「よろしく」

 高松は軽く手を上げ、そう言った。

 俺は頭を下げた。

「よろしくお願いします。で、オーナーになってからどれくらいですか?」

 高松はあごに指をかけ、かるく指を曲げてから言った。

「ひと月ぐらいだろうか。それがどうかしたかね」

「なるほど。だとしたら、また一ヶ月後、もしかしたら前後一週間ほど誤差があるみたいですけど、またレイナがどっかにいきますよ。おそらくメンテナンスなんだと思います」

 高松は、椅子のひじ掛けをこつこつと叩くようなしぐさをした。

「定期的にメンテをするようなことは聞いていないがな。もしそういうことがあるなら、購入元に文句を入れてやる」

「待って…… 私達がきっちり居場所をさがしますから、まだ購入元には文句をいれないでください」

「どこに行くのか知りたいのか?」

 俺はうなずく。

「レイナが不意にどこかに行くせいで、その都度、この永島さんが迷惑を被っているんです。レイナのこの行動と、これ以上の販売をやめさせたいんです」

「永島さんが迷惑って」

「今日みたいなことです。こういう間抜けな探偵が今日と同じように永島さんを誘拐して」

「くっ……」

 アフロの探偵の口元が歪む。

「どうやって調べたかは推測がつきます。ダークウェブにある監視カメラ検索システムでしょう」

「……」

 ずばりそうだったらしく、ぐうのも出ないようだった。

「あの情報はG〇〇GLEの手で改ざんされてます」

「まさか」

 アフロヘアが言った。

 おそらく今まであのシステムに裏切られたことがなかったのだろう。

「監視カメラ検索システムの中の人も、G〇〇GLEが手を加えてきているのは知ってはいるみたいです」 

「……」

「少し考えさせてくれ」

 手を額にあて、高松は悩み始めたようだった。


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