第6話
受付からツバメ工場を出たが、麗子さんは立ち止まったまま動かなくなった。
「どうしました?」
「……相手は国際的な巨大資本よ。私が乗り込んでいってなんとかなると思えない」
「えっ、どこなんですか?」
麗子さんは答えなかった。
「さっき三条さんにこそこそ聞いていたことはなに? その情報と交換なら教えてあげる」
「俺がこの後もついて行くなら、そのうち相手のこと、判りますよね?」
「なら、もうここで置いてく。ひとりで帰りなさいよ」
麗子さんが背中を向けた。
「ごめんなさい。けど、俺が正直に話しても怒らないでくださいよ。それを約束してくれたら、言います」
「……やくそくする」
本当かどうかは疑わしいが『やくそくする』と言わせていることに意味がある、と俺は思った。
「やくそくですよ。三条さんは、完全に私を永島さんだと思っていた。三条さんは、|本体≪オリジナル≫を見たことがなかったからです。けれど、ある瞬間を境に『オリジナル』だと判断したんです」
「そうだったかしら?」
「そうです。俺が永島さんだったら、もうすこし受付で会話があったはずです。けれど永島さんが『私が永島です』と言った瞬間、三条さんは混乱しながらも永島さんがオリジナルであることを受け入れた」
「で、なんなのよ。その理由」
俺は手で自分の胸を押さえて見せた。
「?」
もう一度やってみせる。俺は胸を押さえ、言った。
「私が中谷です」
「これ、なんなのよ」
と、俺の手をつつく。
「永島さんが三条さんに『私が永島です』と言ったときの仕草ですよ」
麗子さんは首をかしげる。
「申し訳ない。気付いてくれなさそうなので言いますと、つまり胸の大き……」
痛い! 俺は麗子さんに叩かれた。結局、怒ったじゃないか。
「怒らないって約束したじゃないですか」
「私は別に怒ってないけど、叩きたくなっただけ。とりあえず約束だから、教えてあげましょう。私たちが相手をしなければならないのは、G〇〇GLEよ」
「えっ!」
それは、もう相手にならない。
G〇〇GLEだとしたら、そもそも国内の法律で裁けないのではないだろうか。
「あっ……」
俺は思い出した。麗子さんと同じ顔を見たあの街。あの街に、確かG〇〇GLEがあったじゃないか。あの日、G〇〇GLEがレイナを呼び戻していたのだとしたら、俺はまさにそれを目撃していたことになる……
と、大きなクラクションの音が鳴った。トラックの排気ブレーキがかかる音がした。
「ちょっと〜 そこにいると邪魔なんだけど」
ドライバーは、大きなトラックからひょいと顔を出して言った。
とても大きなトラックで、どうやらこれから搬送を始めるようだった。
麗子さんが、急に手を叩くと、ドライバーに手を振って話しかけた。
「お兄さん、このトラック、行先どこ?」
その日の昼過ぎ、ツバメ工場の配送拠点近くでトラックを降りた。
郊外の国道沿いの排ガスと土埃しかないような場所だった。麗子さんはどうやってG〇〇GLEに乗り込むかを考えろ、と言ってきた。
「どうやって、って言われても」
「G〇〇GLEに肖像権の話をするのは、巨象にありが相撲で勝負! というようなものね」
「でも切り口はそれしかないでしょう」
「G〇〇GLEは本当に悪いことしてないのかな。なんか知らない?」
俺は道沿いにあるファミレスを見つけ、指さした。
「あそこで考えません?」
「監視カメラがあるのに?」
「……はあ。G〇〇GLEに乗り込む前になったら、多少なりとも監視カメラには映るでしょう。これはどうしようもないですよ」
俺はファミレスの方へ歩き始めた。
「誰の金で飲み食いするつもりなの、私は行かないわよ」
「それくらい俺が払いますよ」
「……わかったわよ」
とにかく時間がかかる。
何をネタにG〇〇GLEをゆさぶるのか。一番まともで、正攻法である『肖像権』で問題はないと思うが、やっぱり相手がG〇〇GLEならそういう法対策はしっかりしている、と予想するのも無理はないだろう。ピンからキリまで、くさるほどの数の弁護士を知っているに違いない。
「デラックス・マウンテン・パフェとドリンクバー」
えっ、そんなもん食うつもりだったのか、と思いながらも、自分の分を頼む。
「と、ドリンクバー単品」
店員は注文を繰り返し確認して、去っていった。
「どうしてレイナの姿が監視カメラに引っかからないのか? そこを考えてみましょうか」
「……」
「レイナが街に出ているのは、オーナーが永島さんを間違えて捕まえるくらいだから、おそらく間違いないでしょう。では、なぜラブドールが街に出る必要があるのか」
「ちょっと声小さくしてよ。じゃ、なかったらドールとかアンドロイドって言って」
俺は少し考えた。
敵がG〇〇GLEなら、『ドール』と呼ぶよりは『アンドロイド』という表現の方が洒落が効いている。
「基本的にアンドロイドが街に出てくる必要はないはずです」
「アンドロイドを街中で歩かせて、G〇〇GLEの誇る技術を見せびらかしたいんじゃないの。宣伝よ」
「であれば、ダークウェブにまで気を使ってレイナが映っている監視カメラ映像を消さなくてもいいはずでしょ」
俺は麗子さんに説明しながら自分で考える。
そうなのだ。
G〇〇GLEは何をさせようとして、ラブドールを街中に出しているのか。
街に出して起きながら、その位置は知らせたくないらしい。
「俺、ちょっと調べてみましょうか?」
「その前に。なんであたしの映像とレイナの映像が区別出来るのよ。さっきと同じ答えだったら、G〇〇GLEもぶっ飛ばす」
「確かに監視カメラでは胸の大きさはわかりませんからね」
今度はグーが顔に来た。
「……ったい」
「手が滑っちゃった」
「簡単ですよ。レイナにもGPSがあるから、映っているのがレイナか永島さんかは判断つくわけです」
「へぇ……」
差し出されたパソコンを起動して、俺は普通に調べてみる。
「本当にレイナがどこに行くか、G〇〇GLE自体に教えてもらいましょうか」
キーボードを使って検索ワードを入れる。
『レイナ』
なんだろう。レイナ、で検索しようとした時、した時に変な広告が出る。
この広告には見覚えがある。
以前、ツバメ工場へ行く前の民宿で、レイナのキーワードを使って検索していた時も出ていた。この『火星移住参加者募集』の広告。キーワードと広告はG〇〇GLEがつなぎ合わせているはずだが……
いや、そんなことを考えてはいられない。
続けてキーワードを重ねていく。
『レイナ ラブドール 行き先』
すると検索結果が出て来る。
検索結果を眺めながら、こういう内容は消去していないんだ、と思う。
ただし、どれもこれも『どこ行った、俺のレイナ』という書き込みと、『家の中で見つけた』とか『戻ってきた』とかが見当たる。『また居なくなった』とか、『三時間ほど姿が見えなかった』とか。
「なんだろう……おんなじ事の繰り返しだ」
「見せて」
パソコンを回して画面を見せる。
これもすべての書き込みが残っているわけではないだろう。検索結果として表示しない何かがあるに違いない。あるいは、消去されている内容があるように思える。
周囲を見回し俺は平日のランチ時間を過ぎたファミレスに、どんな客がいるのかを確認する。
さっきこのファミレスに入る時に監視カメラに映っている。この後、違和感のある連中が入ってきた場合、それはセレブなオーナーが使わせたアンドロイド探索の探偵かも知れないからだ。
「ふーん。このアンドロイド、オーナーとのセックスが嫌になって逃げているわけじゃないのね。だったら里帰りしてんじゃない?」
「里帰りですか」
「結婚した友達とかも、結婚してからの方が実家に帰ること多くなったって言うし」
アンドロイドが里帰りするって…… それはつまりG〇〇GLEへ帰るのか? 何かメンテナンスでもするのだろうか。それともいつものG〇〇GLEの情報収集か。ならば、セレブのセックスのテクニックを収集している? だとしたら表立ってそんなことを言えないだろう。レイナの売上にも影響する。
「……どうしたのよ」
「ちょっと思いついたんですが」
と言ってから少しタメを作って、説得力を上げる効果を狙った。
「正面から堂々と入りましょう」
「何言ってるのよ!」
俺は指を口の前に立てる。
「(声が大きい)」
「(そんなこと無理に決まってるでしょ?)」
「だって、こっちにはレイナがいるわけですから」
そう、表向きに売っていないとはいえ、G〇〇GLEの人もレイナを直接見たら動揺するだろう。
もしかしたら、一度奥に通してもらえるかも。そうなればこっちのもの、じゃないか。
「どういう意味?」
俺は麗子さんを指差した。
麗子さんは自身の指を自らの鼻にむけた。
「?」
そして首を傾げて、しばらくすると、テーブルに手を付いて立ち上がる。
「私をレイナに見立てる気! いやよ!」
空気を読まずに店員が入ってくる。
「デラックス・マウンテン・パフェになります」
麗子さんは着席して手を上げ、小さい声で言った。
「私です」
俺もドリンクを取ってきてから、しばらく考えた。
「口を開ければコネクタがないからすぐわかってしまうんでしょう」
「さっき言った通り、GPS情報とか、省電力無線とか、もっと違う部分でバレるかもしれませんけどね」
麗子さんはパフェの長いスプーンを俺に向けた。
「そこまで予想がつくのになんで『正面から堂々と入りましょう』なんていうのよ」
「ただ、G〇〇GLEに行っている可能性は非常に高いです。何か定期的に集めて、そして戻している。なぜレイナの各オーナーに内緒でやろうとしているのか、そこが怪しい」
「……」
その時、ファミレスに客が入ってきた。
「永島さん、あれ」
「なに、あのお客さんがどうしたの。こっちと同じパソコン持ってるわね」
「怪しいですよね。普段着の大学生風ですけど。この周辺は国道沿いの物流センターがひしめき合ってる場所です。俺たち以外になんでこんなところに、と思いませんか」
麗子さんは男が、俺たちの方の席に近づいてくるのを見て、視線をそらした。
「……このファミレスの防犯カメラを見て来た?」
「おそらくレイナのオーナーから頼まれて回収に来たんじゃないかと」
「店に入ってから三十分ぐらいかしら? この前、喫茶店にいたときはあの周辺にかなりの時間いたからだ、と思えば納得はいくけど、こんなに早く来るかしら」
「パフェはもういいですか?」
「うん」
「永島さんはトイレに行ってください。私がレジに行って会計しておきますから、トイレからまっすぐファミレスを出てください。出たら出入口から見えない北側の角にかくれてください」
「わかった」
麗子さんがトイレに行く。
こっちが怪しんでいる男は、店に座ってメニューを立てて見ている。おそらく視線隠しのためだろう。
俺は伝票をこっそりと持って席を離れ、レジに向かう。
忘れ物をしたふりをして、一度席側に戻りかけて、男の視線を確認する。
間違いないだろう。俺は素早く会計をすませて連れがトイレなので、と行って席に戻る。
麗子さんがトイレからこっち全く見ずに出ていく。
メニューを置き、パソコンを持つと、男が慌てて麗子さんを追いかける。
俺もその様子を見ながら気づかれないようにファミレスを出る。
男は周りを見回しながら、北側へ向かうところに俺が追いついた。
「待てよ」
肩をつかむと、ビックリした様子もなく振り返る。
「なんでしょう」
「探偵社かなんかのバイトくんでしょ?」
「……」
「ほら、ターゲットに気が付かれた時は何て答えるんだっけ?」
「……」
なんのことか分からない、とか言うわけでもない。無言でいるのは、肯定しているのと同じだ。
「どうした。どこの探偵社だ? 答えろ」
「他人のオモチャを持ち去っておいて、良くそんな事が言えたな」
と、背後から声がした。
「警察につきだしてもいいぞ」
完全に俺の計画から外れてしまった。しかし、この探偵社は完全に麗子さんをレイナだと思っている。人間を人工知能で動くアンドロイドだと思っている。
「す、すみません。もしよければですが…… 今回の件を謝りたいので、レイナのオーナーに会わせてくださいませんか」
「……お前、どういう立場か分かってるのか?」
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