第3話


 結局、とりあえずのところ逮捕状も何も出なかった。俺は家に帰された。

 スマフォの中にも、俺を無実にする証拠も、有罪にする証拠もなかったようだ。もしかしたら、端末IDから基地局移動情報調べ、警察側は何かを掴んでいるのかもしれないが、それは俺にはわからない。

 だが、ちょっと怖いのは被害者女性だった。

 あの女が俺を訴えたら、と思うと怖くてたまらなかった。

 完全に俺のことを犯人だと思って話していたし、あの騒ぎかたからして考えが短絡的な感じがするから、何も考えずに訴えてくるような気がしてならない。もしかすると、俺は自己防衛の為には真犯人を探さないと行けないかも……

「あんた」

 俺は後ろから襟をつかまれた。

 声には聞き覚えがあった。おそらく、被害者の女性。

「あんたが言ってたこと、本当?」

「う、後ろ振り返ってもいいですか?」

「ダメよ。それとも、あんた話す気あんの?」

 もう、俺が犯人じゃないって言う風に、知っているだけ話してしまおう。

「ええ、でも、ちょっとここじゃないところにしませんか?」

 女性は納得し、顔を見せてくれた。やっぱり警察署であった被害者の女性。今日は髪もボサボサではないし、服装もラフなものではないせいか、大使館のある街で何度も見かけた女性と同じ顔に見えた。

 あたりを見回して、とりあえず、すぐそこにあるチェーンの安い喫茶店にはいることにした。

 高級な店だと静かすぎるから、適度にうるさい感じで、会話が他の人に聞かれないタイプの店が良かったから、ちょうど良かった。

 俺は女性とは横長の机に、横に並んで座った。そして可能な限り、横にいる女性を見ないようにしながら話した。

「……ということです」

「監視カメラ画像を検索出来るの?」

 俺は自分の知識の中の範囲で答えた。

「そんな感じの会話でした。世の中には裏のネットワークで、『ダークウェブ』とかいうのがあるらしくて……」

「怪しい…… やっぱりあんたが一番あやしい感じがする」

「なっ、なんで俺が。さっき話した通り合コンで……」

「調べてみてよ。私の顔画像で検索してみてよ」

 どういうことだろう? 何を検索しろ、といっているのか。俺は横を向いて女性の顔を見た。

「真剣にお願いしているのよ。レイナ、と充電プラグという単語と、私の画像で、本当に捕まえたかった人について、何か分からない?」

「……」

 女性には何か思い当たることがあるのだろうか、何か調べないと気が済まない状況なのだろうか。

 一度、間違えだ、と分かればもう間違って捕まることはないだろう。

「ご自分で調べてみては?」

「わからないから! わからないから、頼んでいるんじゃない……」

 となりの女性がまっすぐ前を見たまま、泣きだしてしまった。

 正面のガラスの先にいる知らない客が、俺たちの方をみて、何かごちゃごちゃ話しているように思えた。

「ちょっと…… なんで泣くんですか」

「……ごめんなさい。ごめんなさい、うっ、うう……」

 机に突っ伏してしまった。

 周りの視線を集めてしまった。

 これ以上、ここに居続けるわけにもいかないだろう。

 俺は女性の背中を軽く叩いて、「出ましょう」と言った。

 食器を返却して、俺はどこか人気のない場所を目指した。

 人気のないところ、ないところ、と考えて歩いているうち、俺たちは地下駐車場にたどりついた。

「ダークウェブって、俺もアクセスしたことないんですよ。だから……」

「ほら、これ。私のを使えばいいでしょ?」

「けど、もしかするとこの端末使えなくなってしまうかも」

「いい。いいからやってみて」

 突き出されたPCを俺は受け取った。

「やれるようにしてあるって、言われたから買ったの」

「ダークウェブへのアクセスが?」

「匿名化ソフトを入れてもらって、やれるようになってるって」

 ダークウェブへのアクセス自体、俺だってよくわからないのに……

 とにかく、その頼みを断りきれず、駐車場の隅で腰をおろし、延々と調べ続け、ようやく画像から人物を特定するようなサイトの手がかりを得た。ただ、画像を使った検索には金がかかる。

「仮想通貨も入れてあるから」

「えっ、これっていつ用意したんですか」

「警察署を出た後すぐ」

 そうか。俺より早く警察署から開放されいているのか、と俺は思った。

 こっちは容疑か掛けられていたせいか、あの後も取り調べのような時間が続いたのだ。

「いいですか?」

 女性は頷いた。

 検索をスタートさせる。何やらじっとりと手の平に汗をかいていた。

 いくつもの検索結果が出ている。

 結果を保存することで、料金の支払いが発生する。

「あっ、これ? 画像と、レイナという単語はピッタリマッチしてますね」

 ざっくりとした情報しかない状態で、この検索結果を保存していいかは悩んだが、これ以外はまた違うもののような気がする。俺は思い切ってそれを保存する。

 保存した内容を展開して確認する。

 なんか、やたらに画像が動く。動画なのだろうか。

「なに……」

 女性は気味悪がっている。当然だ。本番行為をしている画像ばかりなのだから。

「ラブドールらしいですけど、AIとかアンドロイドとか…… もしかしたら、アンドロイドのラブドールなのかも」

 隣にいる女性と同じ顔のアンドロイド、人造人間がセックスしている。俺は妙な気分になった。

「うっ……」

 女性はまた涙が溢れてきたようだった。

「ちょっと止めましょう」

「いえ。これ、いったいなんなの、なんで私の顔をしているの?」

 俺は他の情報も開いて確認する。

 どうやら、セレブの間で流行っている高級ラブドールらしかった。東洋ではこのレイナというタイプということらしい。AIと高度なロボティクスを駆使して作られており、まるで人間のような反応をするそうだ。動画には、ラブドールであるせいか、Hなことをする姿しか見られなかったが、こんなのがもし街をあるいていたら人と見分けがつかない。

 俺はそのことを説明する。

「男の人が、いやらしいことをする為のアンドロイドってこと?」

「まぁ、そういうことですね」

 女性は真っ赤になって、うつむく。

 悪いことをしているような気分になるが、男の俺個人としては、これがどんなドールなのか興味は増す。

「あっ、これだ」

 俺はレイナを充電している画像を見つけた。

「やっぱり口の奥にケーブルさしてる」

「いやっ……」

 女性は顔をそむける。

「これはもういい。わかった。最後、監視カメラから、人の居場所を検索するサイトもみつけてくれる」

「ちょっとここに居すぎて寒くないですか?」

「……」

「気持ちが落ち着いたようなら、さっきの喫茶店にもどりませんか?」

「そうね」

 喫茶店にもどり、同じように横並びに座ると、調べながら俺はいろんなことを聞いた。

「今日、会社はどうしたんですか」

「また、有休。しばらく会社には来なくていいって…… 私、もう会社通えないかも。変な噂が立ってしまったの」

「それは酷いですね。間違えて誘拐されただけじゃないですか」

 PCの方を向きながらも、俺は怒っていた。

「間違えられた、という部分が問題らしいのよ。同じように間違えた人が、私の会社にあらぬ疑いを掛けてくる可能性もあるわけでしょ。そう言われたわ」

「……きっぱり否定してくれればいいのに」

「個人ならそれでいいわ。けど会社組織だから、リスクは負いたくないって」

 なんか可哀想になってきた。休んだ理由を、正直に会社に言わなければよかったのに。

「名前聞いてもいいですか」

「……」

「俺のことは知ってるんでしょう?」

「ええ。そうね。こっちだけが知っているのは不公平よね。私は永島麗子ながしまれいこ

「さっきの(ラブ)ドールの名前と似て……」

 俺は「ラブ」を殆ど聞こえないような声で言う。

「それは言わないで」

 言い切る前に麗子さんに遮られた。

 ようやく、検索サイトをつきとめた。

「みつかりました。おそらく、これです」

 と言って、トップ画面を見せた。見せたからと言って、麗子さんが何か確認出来るわけではない。

「じゃあ、私を検索してみて?」

「またお金かかっちゃいますよ」

「いいわ。本物か確認しないと」

「……ちょっとだけ忠告します。こういう闇サイトって、推測ですけど、いつも同じように運営し続けているとは限りませんよ」

「二週間後にはなくなってるかもしれないってことでしょう。いいからテストしてみて」

 麗子さんが真剣に考えていることが伝わってくる。

「じゃあ、やってみましょう」

 画像をセットして検索をスタートする。

 すべての監視カメラがオンラインではない。

 そしてすべての監視カメラのパスワードが筒抜けということではない。

 しかし、実際には麗子さんは居場所を特定され、誘拐された。

 もしかすると、事態はもっと複雑なのかもしれない。監視カメラだけではなく、手持ちのスマフォや、監視カメラ以外のものからも映像を盗み取られているのではないか。俺はふと、そんなことを考えた。

「あっ、結果でました」

「……」

 まさに、駐車場から戻ってこの喫茶店に入る画像が表示され、位置も間違いなく今いる場所を示していた。

「怖いな」

 俺はすぐ接続を切った。

 PCを麗子さんの方へと押しやると、シンクロするように反応した人物を見つけた。。

 まさか『今も』誰かに追われている?

 正面を向いたまま、俺は小さい声で言う。

「(永島さん)」

「なに?」

「(声が大きい)」

「(だから、なに?)」

「(あと、こっち見ないようにして)」

「(はやく言ってよ)」

 麗子さんは、イライラしてきたようだった。

「(尾行されるようなこころあたりあります?)」

「(ないわ。ないんだけど……)」

 なんでそんな気にかかるようなところで言葉を切るんだ。今度は俺がイラっとした。

「(今、PCを動かした時、二人ほどタイミング良く反応しました。一人は左後ろのマスクをしたスーツの男。もう一人は、椅子に座っているのに、バックを手放さないジーンズの女性)」

「(ならさ、ここで話せるわけないでしょ)」

「(おっしゃる通りです)」

 麗子さんがPCをカバンにしまい終えるのを待つ。

「(飲み物のトレイはこのままにしましょう。トイレ行くふりして、あっちの出入り口から逃げてください)」

「(えっと、あなたは?)」

「(俺は別に追われてませんから)」

 そう。この女性はかわいいけれど赤の他人。俺はこれ以上危険な目に会うのはイヤだった。

「(……)」

 俺はスッと腕を取られた。なんだろう、と思ってそのままにしておくと、その手は麗子さんの胸に当てられた。

「キャーチカン! 誰か助けて!」

 ば、ばかな、なんでこんなところで……

「違います違います、このひとは、し……」

 このひとと俺は知り合いだ、と宣言するのか? ちょっとまて、そんなこと言ったら麗子さんを尾行している連中に何かされるかもしれないじゃないか。

 俺は立ち上がると、周囲の人間もこっちを凝視するもの、避けるように体を引く人、立ち上がって捕まえてやろうという人がそれぞれ、じりっ、じりっ、と動き始めていた。ここでじっとしていると後手に回ってしまう。決断しなければ……

「し、失礼します!」

 とにかくこの場を逃げれば、そもそも麗子さんとは他人なのだ、もう巻き込まれることもない、だろう。

 喫茶店を抜け出すと、軽く振り返る。誰もついてこないじゃないか。と……

「待て痴漢、そいつ痴漢です!」

 麗子さんが、一人で追いかけてきて、俺を指さして言う。

 周囲の人が俺の顔をバッチリ見てしまう。

「違います違います」

 俺はそう言いながらも、走り始めた。

 どこに行こう。そうだ、駅! 駅に行って電車に乗って、自分の家に帰ろう。それしかない。

「痴漢痴漢、そいつ痴漢!」

 もうやめてくれ、と俺は思った。振り返ると、喫茶店でいた客らしき人物も麗子さんの近くに見えた。やっぱり麗子さんは尾行されていたんだ。いやいやいや、同情している余裕はない。

 俺は駅に向かって走り出そうとした時、他人にぶつかった。

 しりもちをつくか、と思ったところ、腕を掴まれ、引き上げられる。

「いってぇ……」

「ほら、ちょっとそこ来てもらおうか」

 俺の腕を掴んでいるのは、警官だった。

 すぐそこに赤いランプが光っていた。そうだ、たいていの駅前には交番というものがある、ということを俺は忘れていた。

 麗子さんも追いついてきて、一緒に交番に入った。

「状況を聞かせてください」

「……」

 さっき確かに胸を触った感触はあった。しかしたったあれだけで痴漢にされ、俺は本当にこんどこそ牢屋行き、なんだろうか。いやいや、状況をすべてきちんと話せば……

「すみません、後ろにベージュのカバンを持った女子大生風の人と、マスクをしてメガネをかけたグレーのスーツ姿の人、ずっといませんか?」

「……この男の人に痴漢された、って思ってたけど」

 警察官はそう言うと、何かを書きかけていたペンを止めた。

「私とこの人、ストーカーされているんです。さっき言った女子大生とスーツの男がそうです」

「うーんと、痴漢被害はなかったの?」

 俺の顔と、麗子さんの顔を交互に見ている。

「はい。ストーカーなんです。どこか裏手とかから逃げれませんか?」

「ちょっと待ってね…… こっちも忙しいんだけど」

 警察官は、でたらめにペンを動かしながら、俺や麗子さんをみるふりをして、交番のそとを探している。

 どうやら勘のいいひとなのか、怪しい人物を見つけたようだった。

「いるね。いるけど、別にこっちを凝視しているわけじゃ……」

「裏口に回してもらえませんか。その二人が裏口側にやってくれば信じてもらえますか?」

「あのさ、こっちも忙し……」

「そこに隠れるだけでもいいですから」

「……はやくしてよ」

 俺と麗子さんは立ち上がり、警察官の後ろをゆっくり回って、奥に体を隠した。

 警察官はガラスから外を見ている。

「!」

「(どうですか)」

 麗子さんが聞くと、警察官は言った。

「二人ともいなくなったよ。信じるしかないな。ちょっとまってな。そろそろミニパトがくるはずだから、それに乗せてもらって、ストーカーをまいたところで降ろしてもらうといい」

「(ありがとうございます!)」

 麗子さんは小さく飛び上がって喜んだ。

「あんたは痴漢役をつづけなさい」


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