第4話



 ミニパトに下ろしてもらった場所は、もう俺の家の近くだった。

 それでも俺の家の前までいかなかったのは、ミニパトの巡回エリアのギリギリ、という理由からだった。

 俺は女の人を自分の家に上げたことはなかった。

 だから、かなりドキドキしながら考えを口にした。

「あの、俺の家この近くなんすよね」

「行かない」

「はい」

 俺が周囲の施設をいろいろと話しているうち、近くの公園にいくことになった。

 横並びにベンチに座る

「電源がないわね」

「俺の家なら、この近」

「却下!」

「はい」

 俺は麗子さんが何がしたいのかわからなかった。このまま、外にいても何も変わらない。

「永島さん、いったいどうしたいんですか?」

「そう。それを考えていたの。言ったかもしれないけど、私間違えられてさらわれたのは今回が初めてじゃないの」

「へっ?」

 いや、さっきは会社が麗子さんをクビにしたいと言われた時、会社が絶対悪い、と思ったのだが、もう何回もこんな事案があるのなら、初めは会社も信用していたとしても、そのうち何か疑い始めてしまうだろう。

「はあ、そうだったんですね」

「ようやく、あなたという手がかりを見つけたと思ったら、あなたは犯人ではないらしいし」

「いや、当然じゃないですか」

「そして、私は誰かとヒト間違えされていたのではなく、ラブドールと間違われていたことを知った」

 ここ公園だぞ。『ラブドール』なんて、子供たちの前で言っちゃって。親が変な顔でこっちを見てるよ。

「はいはい」

 麗子さんは俺をキッとにらんできた。

「このショックわかる?」

「うーん…… そうですよねぇ。ただ、男と女の感じかたの違いというのはやっぱり少しはあるのかな、と」

「……どういう意味? 男の人は誰カレ構わずセックスしても問題ないって言うの?」

「男からすれば、ハーレムってことになりますよね。少なからず、そういう気持ちはありますよ?」

「耐え切れないような嫌いなタイプの女にでも?」

「まあ、俺の顔をした人形ですから……」

「私はいや!」

 はぁ、俺はため息をついた。なんでこんな話に付き合わされているんだ。

「訴える。あなたを訴える。それがいやなら、ラブドールの制作会社を突き止めるの、協力しなさい」

「えっ、今なんて」

「私を誘拐した罪と、喫茶店で痴漢した罪よ。文句ある?」

 警察署で感じた嫌な予感が的中した。

「ラブドール制作会社を突き止めてどうするんですか? そいつらがあなたを誘拐した訳じゃないですし」

「著作権? 肖像権、かな。肖像権の侵害よ。私の顔でラブドール作るなっての!」

 ううむ。確かに肖像権の侵害、ということで販売を差し止めることは出来るかもしれない。しかし、相手はセレブ相手に直販している会社。ダークウェブでも制作会社の名前は見つからなかった。俺と麗子さんでなんとか見つけられるとは思えない。

「制作会社を突き止めるなんて無理ですよ。だって、さっきの監視カメラ画像検索だって……」

 変だ。顔は全く同じなのに、結果は麗子さんの居場所一つだった。同じ顔のラブドールが歩き回っているなら、検索にひっかからないのはなぜだ……

「どうしたのよ、急にしゃべるの止めて」

「あの、少し不思議なことがあって。さっきの監視カメラ画像検索で、なぜラブドールが引っかからないんでしょう?」

「ラブドールだから、家の中にいるんじゃないの?」

「家の外に出た、と思ったから永島さんを間違えて捕まえたわけでしょう。ということはラブドールも外にいるんですよ。けれど不思議なことに、ラブドールは監視カメラ画像検索にひっかからない」

 麗子さんはムッとして口を閉じてしまっている。

「……」

 ひっかからない微妙な差異がある…… とすれば、ラブドールのエッチ動画は見つからなかっただろう。故意に位置を知らせたくない、としか思えない。監視カメラ画像検索会社自体か、それに金を出して故意に検索対象から外している、とかが考えられる。

 急に、麗子さんが手を叩いた。

「そっちの方は行き詰った、そうでしょう?」

「するどいですね。ラブドールの行動を知られたくない理由がわかりません。何か理由があって行動をバラしてはいけないことまでは想像できるんですけどね」

「じゃあ、別のルートから探しましょう。制作会社は私の立体情報をどこから得たのか、よ」

「そんなのはさっぱりわかりません」

「私、今までヒト間違いされていたんだ、と思っていたから忘れていたんだけど」

 いきなり麗子さんがベンチから立ち上がった。

「造形なんだとすれば、心当たりはあるのよね。付き合ってちょうだい」

 もう、陽は落ちていて、辺りは暗くなっていた。

「大学? ですか」

「そう。エム美術大学。私の母校」

 もう警備の人が出入りをチェックするような時間になっていた。

「入っていいんですか?」

「昼は何も言われないんだから、いいに決まってるじゃん。急いでいるふりして、入っちゃえば勝ちよ」

 麗子さんは、突然走りだして、「私、OGなんで、すみません」と言って門を抜けた。俺は何も言わず、それについて行った。

 何もとがめられることなく構内に入ると、麗子さんはわき目も触れずに歩いていく。

「どこにいくんですか?」

「私がいた卒論書いた時の研究室」

 建物の前に来て、突然立ち止まって上を見上げる。

 明かりがついているフロアがある。

「よかった。まだいるみたい」

 入ると、俺には馴染みのない独特のにおいがした。おそらく、絵の具や、美術で使う道具や塗料や、そういう類のものが作り出しているにおいなのだろう。

 俺は麗子さんについて階段を上がっていった。

 ガンガン、と乱雑に扉を叩くと、「いいよ」と声が返ってくる。

「失礼します」

 麗子さんが言うと、俺もついて入った。

 中には、首から上の人間の顔が、ブロンズ像というのだろうか、沢山並んでいた。

「永島じゃないか。ひさびさだね、どうした、こんな時間に」

 美術の場合、教授、と呼ぶのか、先生と呼ぶのかわからなかったが、髭をはやしたおじさんが、前掛けを外しながら近寄ってくる。そして、いくつか椅子を並べて、手を差し伸べてくる。

「どうぞすわってください」

 俺が座ろうとすると、麗子さんは言う。

「座っている時間が惜しいんです。先生。私の卒業制作を見せてもらえません?」

「えっ? 持って帰ったんじゃないのかい」

 なんか、急に先生の雰囲気が変わったような気がした。

「先生が作成過程を説明するいい資料だからって、ずっと貸していたと思っていたんですが」

「……ああ。そうだったかな。そんな気もするよ。見せるの? 今日はもう遅いから、明日…… はちょっと都合が悪いな。先に電話入れてくれないかな」

「今です。今。美術倉庫行きましょうよ」

 先生は髭の部分を何度もかいてから、膝をさすった。

「ちょっと歩くのがきつくて。今度、連絡もらったら、車椅子を用意しておくから、その時にしないか?」

 明らかに引き延ばしている。何かを隠しているような気がする。

「……先生。先生を疑う訳じゃないんですが、私を象った人形が作られているんです」

「!」

 髭を掻いていた手が止まる。

卒業制作あれは私が、自分の顔の型をとり、3D計測をし、正確に自身を再現したものです」

 先生が少し目をそらした。

 それを見たのか、麗子さんは腰に手を当てて言う。

「先生、ぶしつけで申し訳ありませんが、卒業制作あれを業者に売ったりとかそういうことですか?」

「そ、そんな、売ったりした訳あるか。そもそも、あの作品、売るほどの価値があると思っているのかね?」

 麗子さんがPCを出して、俺にさっきの画像を表示させるように言った。

「先生、これを見てください」

「ああ…… 良くできてるね」

「違います。私が大学の時に取った型を利用しているんですよ」

「……そう、そうかな」

 先生はせわしなく指を組み合わせはじめ、追い詰められた感が半端ない。

 なんだろう、売るほどの価値がないとして、どうしたというのだろう。

「このドール、先生が作ったのね?」

「……」

「どうなんですか?」

「証拠はあるのかね?」

「じゃあ、私の型を返してください」

「それについては、さっきから言っている通り、後日来たまえ」

「先生。あなたが何がなんでも拒む理由。それが証拠です」

 俺にはなんだかわからなかった。

「どういう意味です?」

「私の型を利用したから、私の型はもう壊れて、ここにはないのよ。今探されたらなくなっているのが分かってしまう。時間が欲しいのはそれをもう一度作って、ほら、卒業制作これだ、と言えば分からないだろう、という考えなのよ。先生。もうウソはヤメてください」

「……金が。アトリエを作った時に、思ったよりお金がかかってしまって」

「やっぱり! 最初から素直にそう言ってください。で、どこに人形を収めたんですか? その情報が必要なんです。教えてください」

 先生は椅子から落ちるように膝をつき、頭を下げて手を床についた。

「すまん……」

 俺と麗子さんで先生に肩を貸して立ち上がらせると机の引き出しにあった名刺を取り出し、机に置いた。

「ここに送った」

 麗子さんはスマフォで写真を撮ると、時刻を見た。

「まだ間に合うわね」

「えっ? これ、雪国の住所……」

「新幹線ならスイスイって感じね」


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