第2話




「どうするんだよ、知らない人まで巻き込んで」

「しかたないだろ、あんな動画流されたら捕まっちゃうよ」 

「お坊ちゃんの指図だ、って言えば俺たちは……」

「おい、バカ」

 俺はその声で、袋の中で目を開けた。

 死んでいたら意識はもどらなかったろうから、まだ命はあるということか。俺は少しだけほっとした。

 袋の布を明るいが何も見えない。袋がきつくて腕を顔の方にあげようとすることも出来ない。

「おい。俺は指示していないからな。証拠はない」

「お坊ちゃん!」

 人影で少し暗くなった。

「これが?」

「あ、そっちは動画撮ってた男です」

「は? なんでそんなもん」

「すぐ捨ててきます」

「それよりこっちを開けろ。確認する」

「おい、開けるぞ」

 布を引き裂くような音がする。

「おおっ! 久々の再会だよレイナ」

 レイナ? 女か? 逃げた女をヤクザが連れ戻した、とかそういうことなのだろうか。

「?」

「お坊ちゃん、どうしました?」

「口を開けろ」

「あ〜ん」

「違うお前じゃない。レイナの口を開けろということだ」

「は、はい」

「……光を、奥を見てみろ。ない! 充電ソケットがない! こいつ人間オリジナルじゃないのか?」

 俺は耳を疑った。じゅうでんソケット? 口の奥にそんなものを付ける人がいるのか? それに『オリジナル』ってなんのことだ?

「えっ…… ネットの防犯カメラ画像検索センターでちゃんと調べてます。こいつで間違いないはず」

 防犯カメラ画像検索なんて、民間で出来るのか。それとも、これがダークウェブというやつなのか?

「レイナのことをこいつ、とか呼ぶな。いくら防犯カメラで調べて、顔が正しくても、ソケットがないんだからこれじゃない。返してこい」

「お坊っちゃん……」

「早く袋をかぶせて、取ってきたところへ返しておけ!」

「は、はい」

 必死に袋を被せなおしている音が聞こえてくる。

「こっちはどうします?」

 俺はゾッとした。

 やっぱり俺はこのままドラム缶に入れられて、コンクリ詰めからの海へドボン、ということか?

「……」

「あ、携帯は本人の指を使って開き、肝心の動画と画像は消去しました。まあ、大丈夫だと思いますが……」

「人を殺すのは本望じゃない。同じ場所に戻しておけ」

「はい」

 ああ…… お坊っちゃん、あなたのおかげです。助かった。俺は助かった……




 連中が袋を被せて捕まえた場所に戻し、朝を迎えた。通行人なのか、近所の住人なのか、誰かに発見された。その間、何が辛かったかって言えば、トイレだった。

 袋に入れられ、身動きができないままビル外に転がされていた間、良く俺はトイレを我慢できたと思った。朝方になって発見され、警察には通報されると、のちに救急車がやってきて病院に運ばれた。そこで体を見てもらい、身体に異常がないこと確認してもらった。

 それから警察署で取り調べが始まった。別に俺は犯人ではないのだが……

「さっき言った、犯人らしき人の会話、本当なんですね」

「覚えている限りですけど」

 レイナ、と呼んでいたこと。口の中にソケットが無いことをしって元の場所に戻せということになったこと、などを話していた。

「ようやくすると、あの女性をレイナという誰かと間違えて、捕まえて、違ったから返した、ということですね」

「ええ」

「おい、そっちの被害者を連れてこい」

 俺は良くわからないまま警察官に連れられて何もない部屋をただあるいて、また同じ部屋に戻ってきた。

「なんだったんです?」

「知らなくていい」

 面通しか、と俺は思った。思いっきり撮影しているような感じの場所はなかったが、行って返ってくる部屋か、通路のどこかにマジックミラーか、隠しカメラがあって、そこで確認したのだろう。

「?」

 何やら部屋の外が騒がしい。

「ほら、君、待ちたまえ」

「文句言わないと気がすまないわ!」

「彼は一緒に袋に入れられて……」

「ぜったい、こいつが犯人です。自分が疑われないように袋に入って横に座ってたんです!」

 ガチャリ、と扉が開いた。

「あんたね? 私を袋に入れて連れ去れと指示した男は!」

 いきなり喧嘩腰だった。

「えっ……」

 女性は部屋着のようなラフな服装だった。

 髪は長かったが、櫛も通していないようでボサボサだった。

 いや、この女性ひとどこかで見たぞ? 俺は思い出せなかった。ボサボサの髪と服装をなしにすれば、顔立ちはかわいい。モデルか、テレビのアナウンサーに見える…… アナウンサー? もしかして? そうだ。友達と昼飯を食った街。大使館のある街で、何度も見かけた、あの女性だ。

「一緒に袋詰されてれば疑われないとか、姑息な手段使ってんじゃないわよ!」

 遠目で見ていた時とは大違いだ。いや、見かけた街は違うから、本当に違う人なんだろう。こんなに怒りっぽい人は初めてだ。

「いや、だから、俺は……」

「ただでさえ少ない有給二日もつかっちゃったじゃない。お金返しなさいよ」

「もう、いいから取り押さえろ」

 女性は警官に腕を引かれながら出ていった。

「い、今のは」

 と、俺は目の前の警官にきいた。

「被害者のようだね」

「俺、やってませんから」

「君にアリバイはないのは事実なんだけどね」

「……」

 そうか、一緒に連れ去られていたのだから、犯行時刻の間、まるまるアリバイがないことになる。車を運転していた連中が見つからない限り、現状、俺が一番不自然な存在で怪しい人物なのだ。

「あと、さっき面通しした時、君の名前とか伝えちゃってるから」

 えっ、面通しした、とかバラしちゃってるし、俺の名前言っちゃっているし……

「あの人に、俺、訴えられますか?」

「いや…… それは…… 正直わからん」

「正直いってください。俺、逮捕されます?」

「……」

 警察の反応をみて思った。あっ、まずい、と。俺の交遊関係をあたられ、何から何まで調べ上げられ……

 少しでもあの女と接点があれば逮捕、そしてここに軟禁状態になり俺は容疑を認めてしまう……

 どうしよう、俺、助かるのかな?

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