4-14
本当にボロボロになって、大きな一軒家に帰ってきた。
とぼとぼと歩いて帰ってきたため、随分と時間が掛かってしまった気がする。家に着いたのは、完全に陽が落ちてからだった。
「……、眠い。死ぬ」
『しっかり歩いてください。体が左右にフラフラしていますよ』
帰り道に目立つ意味はない。当然、コスプレのようなドレスではなく、夏らしい格好の普段着に変わった桐谷佳恋だったが、家に向かう最後の曲がり角を曲がり、そして瞳に映ったその光景に全身が固まった。
落ち着きがない上に、キョロキョロと挙動不審気味に辺りを見回している。そんな行動を繰り返しながら、玄関の扉の前に待っている人がいたのだ。
黒髪の美しい人だった。この人を見ているとどうして自分が黒髪じゃないのか、悔しく思うほどに綺麗な母親。誰を探しているのかは言うに及ばず。
そんなのを見てしまったらもう無理だった。溢れる涙を止められなかった。
「……う、っく」
どれだけ天才だろうと、中身はたった一〇歳の女の子だ。世界の悪意に触れて、凄惨な光景を目の当たりにして、命懸けの戦いの怖さを知った。でも本当は不安でいっぱいだったのだ。ずっとずっと、体を戒めていた緊張感が消失していく感覚が確かにあった。
その場で立ち尽くして、佳恋は両の拳を握り締めていた。
「……ちくしょう。どうして、あんなにひどい事を言ったのに、どうして……」
世界にたった一人しかいない人が自分の事を見つけると、彼女の表情が一気に崩れたのが分かった。そのままこちらに走り寄ってきて、動けずにいたその小さな体を抱き締められた。
「佳恋‼ 今までどこに行っていたの⁉」
「ママ」
「大丈夫、あなたボロボロじゃない⁉ 血も出てるし怪我もしてっ、顔も腕も足も……何があったの⁉」
「もう終わったの。だいじょうぶだよ」
抱き締められたまま身を捻り、掌を差し出す。
完全に原形を失った、スノードームのような記憶媒体が手の中にあった。
「ごめんなさい。でも、これだけは取り戻さなくちゃいけなくて、でも、何の余裕もなくて、何度も諦めかけて……」
「佳恋、あなた本当に何があっ」
壊れた記憶媒体なんかその場に放り捨てた。
涙が止まらなかったけれど、それでもこれだけは言うと決めていた。言っておかなければならないと、そう思ったのだ。
「ママだって、そうに決まっているじゃない」
「?」
「パパが大事にしていたからじゃない。私が大好きだからだよ」
吐いた唾は呑み込めない。傷つけたものだって簡単には元には戻らない。後悔なんて先にできないし、天才だろうが何だろうがこうやって間違えながら、これからも生きていくんだろうけど、だけど。
取り戻せるものだってあるはずだ。
だから、腕の中の母親を思い切り抱き締め返して。
「『全部』にママも含まれてる。ごめんなさい、愛してる」
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