4-13


 瓦礫の津波によってオフィス街のビルの一角が破滅していた。


 異様な光景だった。大通りを三つぶち抜いてコンクリートや土が山を形作っている上に、渋滞していた車が氾濫した川に流されたようにひっくり返っている。


 薄く桃色と銀色に光るドレスを纏うカレンは、モノクル越しにフローラにこう告げた。


『カレン様。これは一体……』


「後にしよう」


 全てが終わったように見える。


 しかし、カレンは楽観視をしないと決めていた。しかも相手は『マーメイド』のリーダーだ。


「……まだだ。あいつがこの一撃でやられる訳がない」


 二着目のドレスもすでに腹部が壊れている状態だったが、飛行装置は無事らしい。体をふわりと浮かび上がらせて、大通りを三つ超えたポイントへと向かう。窓が割れたビルの前で、シェリーがいるであろう大まかな場所で瓦礫の上に足を着ける。


 二本目の……父の形見であるステッキがあるため、再びセンサーは使用できる。


 Bランカーズのサーバールームでも使用した、生命反応を捉えるセンサーを起動して辺りを精査する。どうやら周囲一帯の避難は完了しているようだった。つまり無関係の人間が瓦礫に生き埋めになっている可能性はない。生命反応があればそれがシェリーだ。


 ダウジングのようにステッキを左から右へゆっくりと振っていく。


「どこだ、どこだ、どこだ……」


 瓦礫の海を突き進んでいく。


 そして、高性能なセンサーからはこんな結果が返ってきた。


『探知完了。シェリー=S=ハミルトンの生命反応は足元からです』


「っっっ⁉」


 ボゴォ‼ という瓦礫を叩き割るような音がした。アスファルトを突き破る植物のように、一本の細い手が飛び出してきた。それはカレンの足首を摑むと、手首のスナップだけで小学生の体をぶん投げる。勢いをつけているとはいえ、ヤツは車だって持ち上げるのだ。たった三〇キロにも満たないガキを投擲するなんて朝飯前だろう。


「きゃ……っ⁉」


「くーそがぁーきぃー……」


 地面から這い出てくる化け物がいた。


 雪崩や土石流に匹敵する災害レベルの攻撃だったはずだ。だというのに、瓦礫の山を押し退けて、五体満足でそいつは世界に再び身を躍らせる。


「何だそりゃあ……? 何なのよそのテクノロジーは⁉ レヴィアの野郎はそんな仕掛けをいつ施したのよ⁉」


「……私が生まれたその時から、かな」


 瓦礫の山から再びアスファルトの上へと放り出されていた。


 砂にまみれた地面を摑み、カレンはその場で立ち上がる。


 何度擦り傷にまみれようが、幾度となく打ちのめされようが、あのデータを取り戻すまでは終わらない。終われない。


 ステッキを握り締める。


 一方のシェリーも片手を軽く掲げると、瓦礫の山の中で何かが蠢く。邪魔な物体を押し退け、死神の大鎌が独りでに飛来してくる。凶器が怪物の手中へと収まっていく。


「フローラ‼」


「さっきのはもうさせないわよ‼」


 一直線にシェリーがこちらに踏み込んでくる。


 おそらく攻撃の隙を与えないつもりだろう。そして単純な武器の打ち合いでは、カレンの方が負ける。すでに一着のドレスと一本のステッキが砕かれている。センサーをフル活用して飛行装置を駆使しても、経験と体格の差は絶対だ。


 だから、カレンは瓦礫の山から遠ざかるように、一階の窓が割れたビルの方へ逃げる。距離を置く。大鎌との打ち合いだけは避ける。


「っ‼」


「おいコラクソガキ何度も言ってるだろうがそんな小細工じゃどうにもならないのよ。つーか壁際に逃げ込むとか馬鹿なのか? 逃げ道もないのに」


「馬鹿ですって?」


 ヴォン‼ という太く低い爆音が響く。


 そう、先ほど秘書に呼びかけたのは、隕石を降らせるような攻撃のためではない。もっと別の指示を飛ばすためだ。


 その正体をシェリーが摑む前に魔法少女カレンは飛行装置を起動させる。モデルのようにゆっくりとこちらに歩いてくるシェリーに狙いを定めながら。


 言い放った。


「誰に向かって言っている。私は天才の娘、魔法少女カレンよ」


 ヴォヴォン‼ という太く低い爆音が再び響く。


 それが車のエンジンの奏でる音だと気づいた瞬間、シェリーの思考に空白が生まれた。


 気づいたところでもう遅い。駆ける。前へと駆ける。飛行装置の力を借りて、まるでグライダーのような勢いでもって悪魔の元へと飛んでいく。


 背後から凄まじい速さで何かが突っ込んでくる。


 そう、カレンの狙いは瓦礫の津波を発生させる謎の攻撃ではない。狙いは別の所にある。


 シェリーの視界に飛び込んできたのは、車のバンパー。


 ツーシーターのスポーツカー。ただし、ありふれた車ではない。


 市場の話題をさらっている、早くも五〇万台の発売が決定している人工知能を搭載した完全自動運転車。エンジンのオンオフも人工知能が行い、当然運転も可能。であれば、魔法少女の優秀な秘書プログラムであれば操作が可能だ。


 シェリー=S=ハミルトンは気づくべきだったのだ。カレンが背にしているビルは何の会社が入っているのか。


「桐谷社……ッ⁉」


 体を捻り、突っ込んでくる自動運転車を回避するシェリー。


 流石に車を持ち上げる事はできても、その大重量に撥ねられれば致命傷を負うと理解しているのだろう。


 だが次々と桐谷社からは自動運転の車が飛び出してくる。車を回避すれば回避するほど、将棋のように『その場所』に誘導されていく。


 そう、ドレスで着飾った魔法少女の元へと。


「返してもらうぞ、シェリー=S=ハミルトン」


 土石流に匹敵する災害でも生き残る怪物だ。


 ただ車で轢いただけでは、きっとこの戦いを終わらせられない。


 だから。


「『それ』は私のものだッッッ‼」


 車のバンパーが激突したのは、シェリーではなかった。




 カレンだった。




 同時、魔法少女がステッキをスイングする。一瞬で駆け抜けるこういった衝撃は、ドレスマターと相性が悪い。ステッキに出力するタイミングが合わず、ただ空気を叩いてしまうだけに留まるからである。これは、ロザリア戦の時にも散々苦労させられてきた。


 しかし、ならば緻密に計算された上での話なら?


 衝撃がどう駆け抜け、どのタイミングで出力すれば何百倍にも増幅させた攻撃を叩き込めるのか、正確にシミュレートできていれば話は変わってくる。


 ステッキがシェリーの腹部に触れた瞬間であった。




『マーメイド』のリーダーの体が吹っ飛び、建物の壁面に流れ星のように突っ込んでいった。




 カレンが衝撃を受ける事はない。全てのエネルギーをドレスが吸収し、何倍にも増幅させて全ての衝撃をシェリーに叩き込んだからである。


 ずるずると怪物の体が地面に滑るように落ちていく。体が完全に弛緩しているところを見るに、今度こそ意識を奪う事に成功したのか。


 そんな中で、カレンの近くの空中をくるくると回る物体があった。


 腹に受けたあまりの衝撃に女性が胃の中のものを吐き出したのだ。


 ネックレスのチャームくらいの大きさをした、香水が入っているような小瓶。特殊な機材を使わなければ中のデータが閲覧できないであろう、スノードームのような重要な記憶媒体。


 宙を舞うそれを、肘まである手袋で摑み取る。


「……これで、本当に終わりね」


 パキバキ‼ とガラスが砕け散る音があった。


 取り返した記憶媒体を桐谷カレンが握り潰した音であった。


 ボロボロのドレスに傷だらけの体を引きずりながら、魔法少女は静かにこう呟いた。


「……帰ろう、フローラ」


『ええカレン様。お疲れ様でした』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る