4-12


 硬い金属同士がぶつかり合うような甲高い音。



 おかしな音だった。人の首を切り飛ばした際に、そんな音が響く訳がない。


 カレンの首に、何かが纏わりついていた。


 それは、赤いリボンだった。普段はポニーテールを結わえる金属製の普通のリボンだが、危険の迫った緊急時には頭部などを守るヘルメットのような役割を果たす特殊なデバイス。しかし、あれは倒壊するビルの方向を変えるために、気球の『紐』部分として使い捨てたはずだ。今この瞬間もビルに纏わりついていなければおかしいはずの、それ。


 だというのに、現に目の前では赤いリボンが鎧となって首や頭を保護している。


「一つ教えてもらえるかしら」


 果たして、シェリー=S=ハミルトンは気づいただろうか。殺害のために大鎌を振るったその瞬間に、少女がピンクゴールドのブレスレットへ静かに音声コマンドを呟いたのを。


 そう。


 ドレスアップ、と。


「な……ぁ⁉」


「ドレスが一着だけだなんて誰が言ったの? 女の子は可愛い服をたくさん持っておくべきだと思うけど‼」


 白いステッキが手の中にあった。


 先端に星型の飾りがついた、プラスチックのオモチャにドレスマターを張り付けて強度を高めただけの、あらゆるエネルギーの出力装置。


 世界にたった一つしかない宝物。製造元を辿ろうが、インターネットのオークションサイトを覗こうが、何物にも換えられない想いの詰まった一品。


 白い手袋に覆われた、空いた方の手で鎌を摑み上げる。たった数秒の時間稼ぎ。おそらくシェリーの腕力であればすぐに振り解かれる。


 それでも、モノクルにオーダーを飛ばす事ができれば問題ない。


「フローラ、ドレスの数値を調整して! パパの部屋で見つけた白い本のデータじゃない。私が今から言う数値に‼」


『ええカレン様。オーダーをどうぞ』


 だが状況は思うようには進んでくれない。


 大鎌が振るわれ、手を離れた凶器から圧縮された空気が射出される。不可視のブレードが腹部に直撃して、近くのビルに建ててあった銅像まで吹っ飛ばされた。


 再び纏い直したドレスを破壊して、今度こそ小学生の首を斬り飛ばそうとするシェリーだったが、そこで彼女の瞳が不自然に揺らいだ。


「……あ?」


 不気味な輝きを放っていたのだ。


 桃色と銀色がごちゃ混ぜになったような、ハーフの少女に纏わりつく金属のドレスが淡く光る。


 物理法則そのものが壊れたような光景だった。


 息を切らせる少女の髪が茶色から金色へ。


 ステッキは真上に掲げられていた。


 何かが壊れる音がする。それはビルや車、ありとあらゆる周囲の物体がメチャクチャに砕け散り、オフィス街を席巻していく音だった。壊れた残骸が浮かぶ。宙を舞う。まるで隕石やダストが宇宙を漂うように、コンクリートブロックの塊が空中を乱舞して、それが高い波のようにカレンの背後を埋め尽くす。


 魔法少女に侍る従僕のように、彼女の背後に大量の瓦礫が付き従える。


 シェリー=S=ハミルトンの表情が変わっていく。初めてその端正な顔立ちが崩れていく。


 驚愕の表情。唖然、愕然。


 それを見て、死線の中でカレンは思わず笑みを刻む。


 誰かさんみたいに優しく笑って、金髪の魔法少女はこう告げた。




驚いたサプライズド?」




 ステッキを振り下ろした直後の事だった。


 とんでもない瓦礫の豪雨が斜めに降り注ぎ、大鎌を持つ死神を狙い撃っていった。


「ふざけ……ッ⁉ こっちには爆破アンドロイドのメアリーがいるのよ‼ 爆発の暴風で瓦礫の方向を変えりゃあこんなもんどうとでもなるわ‼」


 やはり現状のリカバリーが早い。相手は光の速さで迫る電撃にも対応するバケモノだ。このくらいならやってのけるだろう。


 インカムだろう。耳に手を当て、シェリーは『マーメイド』のメンバーに指示を飛ばす。


「メアリー、B‐一七のエリアよ! あるだけ爆破しなさい‼」


 おそらくシェリーの計算では、台風の目のように被害の一切ない場所が生まれるはずだったのだろう。


 だが、場を包むのは静寂。


 ただ瓦礫が宇宙のダストのように宙を浮遊し、隕石のように降り注ぐ。


 ステッキをシェリーに向けたまま、魔法少女はこう言い放つ。


「言ったはずだよ」


「なに、を」


「我々はアンチ暗躍部隊『ゴースト』なり。……食えない知将がいるんだよ、バーカ」


 ガキの遊びが度を越えて戦略に変わった瞬間だった。


 打開策はない。そのまま、強烈な衝撃がシェリー=S=ハミルトンに襲来した。

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