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しかし、屈折しまくる水中の視界で、クセニア=ラブニャリアは確かにその光景を目撃したのだ。
ピシピシッ……という音が水を介してロシアンビューティーの耳にまで届いてくる。最初、天井まで埋め尽くす水の圧力によって、窓ガラスにヒビでも入っているのかと思ったが、違う。
ビルの外側に張り付くように浮遊している魔法少女が洪水の中に突っ込んでいる白いステッキ。その先端から白い物体が放出されていた。雲が広がるように、歪な風船が膨張するように、
プールの一部が変貌していく。
いいや、それは雲でも風船でもなく。
(……氷っ⁉)
壊れる。
無表情が壊れていく。
(あのステッキ、炎を……出せる、だけじゃ、ない……っ⁉)
白く冷たい結晶が広がっていく。クセニアが驚愕しているたった二秒の間に、それはバランスボールよりも巨大な形へと変化する。
ただの水でしかなかったプールが流氷を含み、洪水の中に呑まれていく。渦を巻く波に乗って、その強大な流氷が速度を上げてとある方向に向かって流れていった。
そう。
切断されたウォータースライダーの塊の方向を変えるように、その側面を氷のボールが勢い良く叩いたのだ。
「な、ぶっ……ッッッ⁉」
凶器と化していたウォータースライダーの軌道がブレる。ほんのわずかな軌道の揺れだった。壁を貫いた際に弾丸の軌道が変わり、標的を喰いそびれていくように。その障害物は絶対の差を生む。窓の外の少女を撃ち落とすためのウォータースライダーはカレンの左右の窓を叩き割り、すぐ横を通り過ぎて儚く地面へと落下していく。
まもなく洪水に呑まれて二分。
翼を何度はためかせても、ロシアンビューティーのビルからの脱出は叶わない。的確に水流をコントロールされてプールに押し留められてしまう。
「……っ‼」
腐っても暗躍のプロフェッショナル。数多の修羅場を潜り抜けてきたであろうクセニアの視界に絶望の色が混じるのをカレンも確かに視認した。
熱エネルギーを操作できるドレスマター。それは体温を上げて炎を噴き出す事もできれば、逆に温度を下げて冷気を帯びる事もできる訳だ。もちろん、クセニア=ラブニャリアがこのドレスやステッキのカラクリを知る由もないが。
鋭い視線が交差する。
もはやカレンは手心を加えなかった。氷よりも冷たい瞳でもって、ステッキをプールに突っ込んだハーフ少女は言った。まるで水中に浸したスタンガンのスイッチを押すように。
「
『了解』
ボヴァンッ‼ と内側から水風船が爆発するような爆音が炸裂した。音だけで言えば、きっとテロの爆弾と相違ない威力だったはずだ。
水の質量が飽和状態を超えて、ビルが圧力に耐えられず上下左右、あらゆる方向から弾け飛んだのだ。
「はあ、はあ……ッ!」
それでも、水の爆発がクセニアを地面に叩きつける事はなかった。
プールサイド。ロシアンビューティーが手足と意識を投げ出して転がっているのを確認する。
勝負が、ついた。
「科学に溺れろマーメイド。闇の中で永遠に」
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