4-7


 空に浮かぶ二つの影を目撃した人々は、果たしてそのオフィス街に存在するだろうか。


 爆破の音が鳴り響くビル、立ち上る黒煙、大渋滞で事故だって起こっている交通網……パニックに流される彼らが上空を見上げて二つの特異点を発見する確率は低いだろう。正体を隠匿するといっても、それは暗闇や影に潜んでコソコソと活動する事だけを指すのではない。障子の一枚向こう側、死角となる背後、通り過ぎて行った車。どれだけ近くにあろうとも、『気づかれない』というのも立派な手段の一つなのだ。


 だからこそ。


 魔法少女のような格好をしたカレンは、もはや人の目を気にする事をやめた。


 白いステッキを構え、その先端をクセニア=ラブニャリアの方へ突き付ける。


「……」


「……」


 両者が動くその前に、再び近くのビルから爆発が起こる。残念ながらもう建物が倒壊しても、眼前の敵から目を逸らす事は許されない。耳を塞ぎたくなるほどの爆発音、さらに立ち込める黒煙と共に赤い火花が舞い散る。その炎の塵が少女のドレスに触れた瞬間だった。




 その火のエネルギーを莫大に増幅させて、ステッキの先端から太陽のコロナにも似た爆炎が噴き出す。




 一方のクセニアは、やはり無表情を貫き通していた。ただし、棒立ち、いいや棒飛び状態で攻撃を受けるような暗躍部隊のメンバーではない。彼女の左の翼が蠢く。扇子のような折り畳み式のその凶器が炎を丸ごと薙いでいく。翼一枚では爆炎そのものを掻き消す事はできないが、それは団扇のように暴風を生み出し、炎の向きを変えていく。


 クセニアも炎を掻き消すのが目的ではない。


 目の前の光景を埋め尽くす赤い炎にわずかに作った『隙間』に、金髪のボブを揺らしながら翼をはためかせ潜り込む。直撃すれば大火傷を避けられない、危険と隣り合わせのわずかな安全地帯を通り抜けていく。


 だが状況に反して、彼女の表情筋は微動だにしない。多少の危険は日常的に味わっている事を暗に示すその行動によって、炎の壁の向こうにいる魔法少女に確実に接近していく。


 ドレスの小学生が飛行していた位置は覚えている。クセニアは炎の壁で安心し切っている彼女の座標に翼を思い切り叩き込む。その一薙ぎで木々を伐採するハーベスターに匹敵する破壊力でもって、細くて白い首を切り飛ばす。


 つもりだった。


 なのに、


「……っ⁉」


 ロシアンビューティーの瞼がピクリと不愉快そうに歪む。


 いない。


 手応えがない。


 人肉を切り飛ばし、翼との接合部に返ってくるあの小気味の良い感触がなかったのだ。思わぬ肩透かしに思考が止まりかけるクセニアだったが、チラリと視界に影が混じった事によってさらに空白が生まれる。


 太陽に雲がかかった訳ではない。ロシアンビューティーの飛行する位置よりも高い建物は存在しない。


 では、一体どうして影ができたのか。


 答えは簡単。


 くるりと頭上で舞う、魔法少女。クセニアの真上で縦に一回転したカレンが両足を揃えて落下してきたのだ。翼を持つ暗躍部隊の背中に乗っかり、カレンはステッキを敵のうなじに押し付ける。


 このまま体温を何倍にもした熱エネルギーを放出すれば勝利は確定したかもしれない。


 しかし、


「わっ、と⁉」


 カレンが驚いたような声を上げる。三〇キロにも満たない体重を背中で受け止めたクセニアが左右に揺らいだのだ。体を支える土台がぐらつき、ステッキがブレて獲物を取り逃がす。カレンの攻撃はハーフ少女の髪をかすめるだけに留まり、倒壊したビルの窓を割ってしまう。


 クセニアの背中から引き剥がされ、くるくると回転しながら落下するカレンの額に冷や汗が浮かぶ。


 ドレスの飛行は気球の要領で飛行している。つまり、体勢が安定していないとどこまでもバランスを失って落下していってしまう事もある。多少は不安定になっても飛行は可能だが、不意打ちのように宙に投げ出されてしまうと一気にコントロールを失っていく。


(っ、くそ……っ‼)


 そもそも魔法少女のドレスはカレンの趣味だ。


 飛行用に設計するのであれば、それこそ翼やロケットエンジンのような装備をゴテゴテと追加している。


(あっちは鳥みたいに自在に飛べるんだ、炎のブラインドで隙を作ったくらいじゃ駄目か!)


 現にクセニアは黒い翼を一度はためかせるだけで姿勢を安定させて、落下するカレンを殺害するべくこちらに突っ込んできている。


「……」


 思考を回す。


 おそらく空中戦では勝ち目はない。だからといって敵の少女を地面に叩きつけるのも難しそうだ。さらに言えば、地上で戦うと大勢の人々を巻き込んで被害者を生んでしまう。そもそも暗躍するべき人間が雑踏渦巻く中心地に降り立って戦う訳にはいかない。


 条件は以上の通り。


 ならば、勝ち目のある勝負は何か。


 ほんのわずかでも父のデータを取り戻せる選択はどこにある。


「……フローラ、マップを表示! 今から言う場所を検索!」


『ええカレン様。オーダーをどうぞ』


 秘書にオーダーを飛ばしながら、ハーフの女児はステッキを全く関係のない方向に向ける。


 空と地面でなければ、どこに向けても問題ない。ビルの窓を直撃する軌道だったが、ステッキのセンサー類で人がいないのは確認済みだ。


 出力したるは暴風。地面に落下している状態では、下から吹くような風が体を打つ。実際にはカレンから空気に衝突しているのだが、ドレスが暴風を受けていれば条件はクリアだ。


 つまり、ステッキからはさらなる暴風が炸裂する。


 いるのは空中。暴風の影響をモロに受ける環境である。


「がうっ⁉」


 スカイダイビングの途中に突風に吹かれたかのように、いきなりカレンの体が真横に吹っ飛ばされる。自分でやった事とはいえ、あまりの勢いに首の骨から奇妙な音と痛みが響き、呻き声を上げる。音もなく飛ぶ方向が変わった魔法少女を見て、クセニアの瞳に驚愕の色が混じった気がしたが、魔法少女は暴風をきっかけに利用して姿勢を整える。再び空の上の追い駆けっこが始まる。


 視界内に表示されるマップに注目しながら、目的の場所へと向かう。


 その間にも『マーメイド』に属する少女のリカバリーは早い。即座にカレンの進行方向に合わせてこちらを追ってくる。


 カレンは背後から追ってくるクセニアに暴風をぶち当て、敵の飛行を乱しながらビルとビルの間をすり抜けていく。一対の巨大な翼を持つロシアンビューティーを撒くために、なるべく細い建造物の隙間を選んで通っていくカレンだったが、効果がない事はすぐに分かった。


 窓ガラスと外壁を濡れた紙や豆腐のように引き裂きながら、クセニアは無理やりにでもカレンを追尾してくるのだ。下から聞こえてくる小さな悲鳴から察するに、ガラスでも降り注いできたのかもしれないが、カレンにケアをする余裕はない。


注意コーション。カレン様、クセニアと距離が縮まっています。暴風を利用した攻撃も読まれ始めています』


「ステッキを向けたタイミングで左右に避けられる……ッ⁉」


 順応が異様に早い。いいや、危機回避の能力が異常に発達しているとでもいうべきか。たった一度暴風に吹かれただけで、クセニアはカレンのドレスのカラクリを理解した訳ではない。だというのに目の前の現象を自分なりに解析して、自らの不利を即座に消してくる。


 強い。


 掻い潜ってきた修羅場の数が違う。


 次のビルの角を右に曲がり、宙を滑るように目的地に向かうカレン。


 カーレースのようにカーブで差をつけようとした魔法少女だったが、直後の瞬間にそんな前提は軽く覆った。


 鉄骨やコンクリートを破砕する音が聞こえたと思ったら、真横のビルからクセニア=ラブニャリアが飛び出してきた。感覚としてはびっくり箱。悪魔のような翼を携えたその少女は、道順や立体的な順路など無視してショートカットを敢行したのだ。


「ふざけ……‼」


 言葉を交わす事もなく、クセニアが一対の凶器を横に薙いだ。


 それは、まともに少女の背中を叩き、


「がぅあ⁉」


 あまりの衝撃にドレスの一部が砕け散る。赤や銀のドレスマターが飛び散り、体の方は近くのビルの一つに突っ込んで行く。窓ガラスの一つを割って、中をゴロゴロと転がり四角い箱にぶつかってようやく止まる。コンクリートの外壁にぶつかっていれば、頭蓋骨や背骨を折っていた可能性も十分にある。幸福とは言えない状況だが、小さな幸運に思わずカレンの口元に笑みがこぼれていた。


「っ、ラッキー……」


 圧倒的な力。自分の事を棚に上げる訳ではないが、あちらも相当なゲテモノ科学を使っている。


 それを象徴するように、であった。


 ばっふぁ‼ という風を叩く音が場を席巻し、割れた窓ガラスの枠の部分にクセニアが舞い降りる。運動が得意なようにはあまり見えないが、二枚の翼があれば平均台よりも細い足場での直立もそう難しい事ではないのだろう。


 金色の髪をたなびかせながら、淡い青の目をこちらに向けて彼女は語る。


「……、馬鹿な子、だね」


「こっちの台詞だよ。私の物に手を出さなければ痛い目に遭わずに済んだっていうのに」


 減らず口だと思ったのか。


 その言葉を聞いて、『マーメイド』のメンバーの瞳にわずかに苛立ちの色が混じった気がした。


「闇に、触れる……本当の意味を、あなたは……分かっていない」


「どうでも良い。大切なものを取り返せない意味を知っているから」


「……幼いね、何も、かも」


 クセニアがトドメを刺すべく、建物の中へと飛び込んでくる。


 が、その『中』の光景を見た瞬間に彼女の表情が曇る。わずかに瞼が揺らぎ、眉がひそめられた程度だったが、いつだって無表情の彼女が違和感を持つくらいには、その場は異様だったのだ。


「……プール?」


「本当にラッキーだったよ。まさか目的地に吹っ飛ばしてくれるなんてね‼」


 四角い箱、いいや、プールサイドに均等な間隔で並べられている選手の飛び込み台に背中を預けたカレンは、獰猛な野獣のような笑みをその顔に刻む。


 屋内プール。オフィス街にできた新たな娯楽施設として、巨大な看板なんかも立てられていたか。元々はOL向けに作られた会員制のフィットネスジムの役割を果たしているようだったが、一般開放もしているのだろう。現に娯楽部分も充実しているようで、カレンとクセニアのいる場所には巨大なウォータースライダーと渦を巻く丸いプールもあった。


 かち、がち……ッ! という金属の音があった。


 魔法少女の形の鎧を着込んだ小学生が翼で打ちのめされたダメージを無視して、その場で立ち上がったのだ。ドレスマターが擦れて、プールサイドの床を打ち付けるその音。


 つまり、


「……まだ、やるの?」


「ケリをつけよう。子どもらしく鬼ごっこでね‼」


 言い放った直後、カレンはプールの中へと飛び込んで行く。


 どぷんっ! という音が響いていくが、水中の視界は長くは続かない。スプーンでスープの具をすくうように、水の底に逃げる前に魔法少女が翼で引きずり上げられたのだ。


 釣り上げられた魚のような格好になったカレンは、追い詰められているはずの少女は、それでも笑みを崩していなかった。


「そう来ると思ったよ。水に濡れたくないだろうからね」


「っ?」


「スウェットにぶかぶかTシャツ。……体形を隠したいからその服装をチョイスしているんでしょう? 濡れたら服が体に吸い付いてラインが出ちゃうもの」


「なっ」


「でもごめんね、それが狙いなんだ‼」


 クセニア=ラブニャリアの目の前で異変があった。


 カレンのドレスに付着していた水滴が消える。いいや、それはスポンジのように水が鎧へ沁み込んでいっているのだ。ただの金属の衣裳であればそんな事をできるはずもないが、彼女が身に纏っているのは質量とエネルギーの保存法則を崩す魔法のドレス。


 だから、直後に。




 水の質量が壊れ、魔法少女カレンのステッキから滝のような洪水が起きた。




「ばっ、ひゃあ⁉」


 ステッキはクセニアの下半身の方に向いていたが、あまりの洪水に彼女の足が取られて空中での体勢がメチャクチャになる。振り回された翼がカレンの頬をかすめていく。氾濫した川では足首の辺りまで水位が上がっただけで人間は容易く転ぶ。地面に足が着いていても体が流されるのだ。ただでさえ不安定な空中であれば、滝に匹敵する強烈な水撃は命取りだ。


 悲鳴を上げたクセニアが宙で二回転半して、水面に叩きつけられる。


 翼に支えられていたカレンも巨大なプールに落下するが、むしろ小学生の少女はその重力に抗わなかった。


(っ……)


 泡と冷たい水が視界と聴覚を埋め尽くす中、クセニアは冷や汗を浮かべていた。白く美しい肌にぞわりと寒気が走る。


(ま、ずい……っっっ‼)


 Tシャツが張り付いて体のラインが露わになるから、ではない。


 懸念するのは翼の方だ。当然、水に浸しただけで機能不全になるような、やわな構造をしたウイングではない。


 プールの冷水を翼で叩き、一刻も早く水面を目指すクセニア。いくつもの修羅場と闇の戦場を切り抜けてきたロシアンビューティーには分かる。この一秒は本当に生死を左右する。


 まもなく水面。


 あと一度、翼をはためかせるだけで再び自由な空中に躍り出る。


 そんな折だった。


『は、ぶっ……っ‼』


 真横から津波のような奔流が押し寄せてきて、クセニアの体が再び自由を失う。限られた空間の中で物体が膨張した時は、その物体を中心に外側に『波』が広がっていく。これは先ほどのような爆弾の爆発でも思い浮かべてもらうと分かりやすいかもしれない。水面を叩いた時と同様に、空気や水は波のように広がるのだ。


 だからこそ、同じプールにいるだけでカレンの攻撃は空間を丸ごと潰すように波紋状に広がっていく。


 一方で、錐揉み状に水中を回転しながらプールの壁に激突していくクセニアを横目で見ながら、カレンは白のステッキを握り直す。水泳は苦手ではない。バタバタと水中で足と腕を動かして、プールサイドに向かっていく。


 前述の通り、魔法少女の飛行手段は気球の要領を採用しているので、水中に入ってしまっては飛行装置は意味を為さない。だからもう飛行は諦める。爆発的な早さで次々と水の質量を増やしながら、カレンは水位の上昇した水の中を泳いでいく。


「ふヴぉーらぁ‼」


『ええカレン様』


「ぷーりゅの水ばふぉれぐふぁいにふぁっふぁあ⁉」


『水中ゆえに上手く声が出せていませんが、オーダーの内容はおおよそ把握しておりますのでご安心を。プールの水位は現在、割れた窓からオフィス街に本格的な滝が流れ出すレベルまで上昇しています』


「すふぁいだーとうずふぁふぷーりゅ⁉」


『ウォータースライダーと渦巻くプールの方はそれぞれ特殊な流れを生み出しています。水位を考えますと、利用するのであれば五秒後が適切です。計算した水の流れを可視化いたしますのでご参考ください』


 光を屈折しまくるグチャグチャな視界の中で、AR方式でいきなり青色の矢印が現れる。技術の恩恵を受けて、カレンは複雑な水の流れを目撃する。


 水の流れを把握するのは大切だ。


 そよ風を暴風にするように、わずかな水の流れは利用できる。


 だが、


注意コーション。ロザリア戦でも問題は表面化しましたが、衝撃というエネルギーはドレスマターと相性が悪過ぎます。それは水の波の衝撃でも同様です。ドレスの性質上、精密に計算してステッキの先端が標的に当たれば、凄まじい衝撃を相手に叩き込む事ができますが空振りの可能性が大きいです』


 何せ一瞬で駆け抜ける瞬間的な波だ。熱や音とは異なり法則性も摑みづらい。


 だが、カレンは問題ないと判断する。


 リミットの五秒後だった。


 渦巻くプールとウォータースライダーの水の波が押し寄せる。それは、わずかに体が揺れる程度の波でしかなかった。


 しかし、波がカレンのドレスに触れた途端、そのパワーを何百倍何千倍にも変換して、ステッキから津波のような爆発が放たれる。


「限られた空間を満たす水があれば、どこにステッキを向けていようが波は伝わる。せいぜい洗濯機みたいに振り回されれば良い」


 声が出せていた。


 という事はつまり、魔法少女はビルの外へと流れ出る事に成功していた。カレンの肺の酸素も無限にある訳ではない。ぜえぜえという荒い息を吐きながらも、魔法少女はビルの壁面に張り付いてステッキを持った手だけをプールに突っ込んでいた。


 ビルのフロア一つを全て水で埋め尽くすと水圧で窓ガラスが割れてしまう危険がある。その危険を無視して、カレンはさらにプールを増水させてフロアの中を縦横斜めへとムチャクチャに振り回す。


 翼を羽ばたかせようとも、空中と水中では全く抵抗が違う。


『概算ではありますが、クセニアの呼吸の猶予は残り三〇秒。彼女が水中での翼の動かし方に慣れる前に』


「意識を刈り取るッッッ‼」


 一度洗濯機のように巨大なプールが回転を始めれば、あとは片手とステッキを突っ込めばフロアを蹂躙する竜巻の完成である。


 勝てる。

 勝利を摑む。


 ステッキからその感覚が伝わってくる、その直前。


「……っ⁉」


 キン……と静かに背筋が凍りつく感覚が確かにあった。


 飲み屋街でジュリア=セピアバーグに背後から狙われた時とは比にならないほどの、その圧力、殺意。プールの中で水に揉みくちゃにされるロシアンビューティーが錐揉み状に回転しながら、その青の瞳が音もなくこちらを照準しているのをはっきりと目撃してしまう。


 目が語る。


 これで終われると思うなよ、と。


「来い……」


警報アラート


「来い、むしろこれで終わった方が拍子抜けだ‼」


 水の中にも関わらず、破砕の音が響く。


『マーメイド』の少女が翼の膂力を利用して、ウォータースライダーの一部を切り裂いたのだ。プラスチックの強度を補強するために鉄骨なども使われているのだろう、それを一対の翼でクセニア=ラブニャリアは叩き込む。


 まるでラケットでボールを殴打するよう。水の中という概念を置き去りにして、本物の鳥のように羽ばたくクセニアがプラスチックと鉄骨の混じった塊を加速させ、建物の外にいるカレンをその大重量で殺害しようとする。


 カレンは水流を掌握するためにステッキと片手をフロアの中に突っ込んでいなければならない状態だ。こちらに飛来してくる塊を回避すれば、水の檻から逃れたクセニアに再び空中戦を強いられる。


 ゆえに、回避は不可能。真正面から迫る車よりも重たい重量を誇る凶器を凌がない限り、彼女に勝ちはない。


 クセニアの唇が動く。酸素を求めて喘ぐような、無様な醜態を彼女は晒さなかった。それはただ一つ、単純なメッセージを水の向こうにいる魔法少女に伝えるための行動だ。


 モノクルで視界を共有していたフローラがご丁寧にその口の動きを解析してくれた。視界内にまるで映画の字幕のように文字が浮かぶ。


 即ち。


 喰・ら・え、と。


「……ッ‼」


 息を呑み、カレンがステッキに力を込めた直後であった。


 眼前をナイフの切っ先よりも凶悪な悪意が埋め尽くした。


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