4-3
アジトと言っても色々あるものだ。
ズバリ、普通に丸々一軒家。
ぶっちゃけるとセキュリティさえ整っていれば、これが一番安全で快適な隠れ家として機能する。秘匿性は失われるが、表札をかけず高い外壁を設置しておけば平均点は簡単に超える。
そして、白いコンクリートで造られた、馬鹿みたいにデカい家に備え付けられたプールで日光浴を楽しんでいる女性が二人。
「クセニアさーん、日焼け止めクリーム塗らねーとまたシャワー浴びるたびに半泣きになっちまいますよ」
「ロザうるさーい。お腹空いたー……」
水に濡れても獣耳少女はケモミミをきちんと保つものらしい。
赤髪のロザリア=マリアーニは、ピンクと黒のチェック柄をしたおふざけサングラス(それでもブランド品)を頭の上から鼻の方へと持っていく。そのカラーレンズの奥の瞳はビーチチェアにうつ伏せに寝転び唇を尖らせた金髪碧眼の美少女が映っていた。暇を持て余しているのか、彼女は防水仕様のタブレット端末を人差し指ですいすい操っている。
爛々と輝く眩い太陽と肉まんの蒸し器みたいな湿度をしたニッポンの外気に晒されたクセニア=ラブニャリアはこう言ったものだった。
「ロザぁー、お肉まだ……? 火力弱いんじゃない……?」
「派手に動けねー時期だからって言っても二人でバーベキューはねーんじゃね? 素直にピザ取った方が良かったんじゃねーですか、クセニアさん」
「お肉……良い匂い……」
ちなみに己のスタイルが気になっちゃううつ伏せ状態のクセニアは、緩く巻いたパレオに上半身は裸であった。いいや、よく見ればビーチチェアと高校生くらいの少女の体の間には、解いたビキニのトップが敷かれていた。どうやら締め付けてお肉が乗っちゃうよりもいっそ全開した方が目立たない、という作戦らしい。当然、日光浴の最中に重たい黒の翼を生やしているという事もなかった。白い綺麗な肌だけが眩しい太陽光を反射させている。
「……ん、む」
仰向けではなくうつ伏せなのも太陽のせいだけではないのだろう。背中には余計なお肉がついてもあんまりバレないし。そう、お腹を露出させないための工夫は色々とあるのだ‼
横腹の辺りを摘まんでグニグニ。そして己の体の代謝の悪さを呪うクセニア。
頬や首筋、脇や胸の谷間にじっとりとした汗の珠を浮かばせるロシアンビューティーに、特筆すべきデリカシーを持っていない感じなロザリアが言っちゃった。
「あれ、クセニアさんお肉食べちゃって良いんですか? なんかさっきも体重計の前で超難解な数学の問題を叩きつけられた学者みてーな顔してた気がすんだけど」
「っ、っ、っ‼」
「くっくっく、顔を真っ赤にしなくても元が美人だからだいじょーぶですよ。そうだいじょーぶ、まだ下半身で物を考えちまうジャッポーネの未成年くらいならウィンク一つで速攻落とせます」
「これは……わたしの自分磨き、についての、話だから……ッ‼ 男性は、関係ない……ッ‼」
「この間バトった謎のショタガキとかちょっと気になってなかったですか? お姉さん綺麗って言われたからってカンペキに見逃してたじゃん。殺さなかったのなんて何年ぶりだよ」
「あ、あれは……そういうのじゃ、ない……ッ‼」
クセニアの握るタブレット端末がミシミシィ……‼ と奇妙な音を立てたが、ここは防水と共に耐久テストもクリアしているガジェットの頑丈さを信頼しよう。
一方、水着でもTシャツでもなく、黒に近い紫の帯の形をした抑制スーツを身に纏うロザリアは日光浴よりも先輩をからかうのを楽しんでいるようだった。
白い煙を吐くバーベキューセットを組み上げプールサイドで一人、網の上に牛や豚や羊の肉、さらに野菜の他にチーズを入れたアルミホイルのカップを載せてじゅうじゅう焼く働き者の彼女は、トング片手にこう続ける。
「つーかリーダーは? 姿が見えねー」
「……んー、お肉う。どうして、人は……食欲が出るの……」
「会話を成立させましょーよ」
「どうせ……お仕事か、ブランド店巡り、でしょ」
「懲りねーなー。まーあたしらが金を持ち過ぎてるってのはあるんでしょーけども」
「……もちろんシェリーがダントツだけど、わたし達も少なからず……お金、持ってるもんね」
「もー働かなくて良いくらいにはね」
そんな事を言い合っていると、網の上の料理が良い塩梅になってきた。いつもの調子で三人分を焼いちゃっていたロザリアは、正直に言うか迷ったが結局は黙っておいた。クセニアにはたっぷりバーベキューを楽しんでもらって今夜も体重計の上でムンクの叫びみたいになってもらおう。
ロザリアは修復されたサプレッションスーツの調子を確かめるように、右手のトングを置いて皿とフォークの用意を進めながら、
「クセニアさん、お待ちかねの肉が焼けましたよー。今日はちょっと奮発したからぜってーうまい自信がある。誰でも上手くできる料理っつーのは最高だぜ☆」
「んっ」
クセニアがビーチチェアから起き上がると同時、ぶーぶーと細かい震えを感じた。手元にあったタブレット端末から通知を受け取ったのだ。
「……メアリーからだ。警告、情報……?」
危機感や緊張状態に慣れるというのも善し悪しだろう。
大抵の危険には対処し、そして脅威を撃滅する事ができるため、ほとんどの事はほんわかした空気のまま過ごしてしまえる。
だが、流石に『それ』を見た時、クセニア=ラブニャリアの息が止まった。
『はぁーい、暗躍部隊「マーメイド」。私を殺し損ねた気分はいかが?』
アカウントさえあれば、誰だって投稿できる動画サイトのものだった。
五分で一〇〇〇回再生。特段多い数字でもない。しかし、徐々に閲覧数を伸ばし始めているのは、動画に映っている『演者』に見る者が惹かれているからだろう。カラーレンズのモノクルに、おそらく金属製のものだろう、奇妙な光り方をするドレス。赤や白、銀や桃色の鎧を纏う少女がハッキリとカメラに映らないのは、映像を加工しているからか、それともドレスそのものの機能による結果か。
長い茶髪にグレーがかった青の瞳。白い肌にその顔立ちはどこかの国のハーフなのか。
すぐに分かった。昨夜やり合った少女であった。
『これからちょっと日陰にスポットライトを当ててみよう。科学技術の発展と共にささやかれてきた陰謀論は果たしてどこまで正しいのやら。そうね、まずは科学戦』
ぶづっ‼ と、真横に画面が揺れて動画サイトから映像が削除された。
Bランカーズに潜む『マーメイド』の一員、アンドロイド型のサーバーがサイバー攻撃を仕掛けた事に、果たして『演者』は気づいているか。
しかし、警告は止まらない。
今度は全く別のSNSから。
『争の事からかな。ああ、だけどみんなショッキングな映像の方が見たいよね。そっちの方が閲覧数も上がりそう。昨夜のハリウッド顔負けのムチャクチャなアクションから流出しようか。あはは、急げよ「マーメイド」? 早くしないと素敵な翼とたくましい片腕が晒されちゃ』
ぶづっ‼ と、真横に画面が揺れてSNSから映像が削除された。
クセニアはタブレット端末を持つ手を震わせながら、その美しい唇をわななかせる。
「あいつ……ッ! 複数の、アカウントを使って……『裏側』を、暴露して……ッ⁉」
『うよ。さあて、あなた達の本名を出す前に私を殺さないとまずいんじゃないかな? それとも今使っている名前は全部偽名なのかな。とにかく、じゃあまずはBランカーズの秘密から言っ』
あとは無限に同じ事の繰り返し。
ぶづっ‼ と、真横に画面が揺れて再びネット上から映像が削除された。
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