4-2
夕方に眠ったというのに、目が覚めたのは昼過ぎの事であった。
過度な睡眠は脳の働きを鈍らせるので、桐谷佳恋は素直にしくじったと反省していた。平素より高度な頭脳戦を求められている時に、自己生産の麻酔をかけてキレを落とす馬鹿がどこにいるのだ。
「……こりゃあ自称・天才少女の看板は下ろした方が良いかなあ」
『おはようございます、佳恋様。寝ボケているのでしょうか。ともあれ、寝言は寝て言う事を推奨します』
「おはよう、減らず口のAIちゃん。世間は相変わらずかしら」
『ええ佳恋様。ネット喫茶の外付け防犯カメラを一晩中監視していましたが、怪しい影は映り込みませんでした。ネット上にも暗躍部隊やBランカーズでの騒動など目ぼしい情報はありません』
へーと適当な返事をしながら、佳恋は一度個室から出てドリンクバーに向かう。ついでに昨夜の夕食だったミートソーススパゲティとフライドポテトの皿を返却口まで持っていくのも忘れない。
コップにオレンジジュースを注ぎ、個室に戻ってパソコンを開く。安い朝食のセットがあったが、結局は野菜とグリルチキンを挟んだサンドイッチを注文した。
朝ご飯が届く前に、一〇歳とは思えない手つきでキーボードを叩きネットの検索バーに英単語を打ち込んでいく。
「『マーメイド』のヒットはなし、か」
『知りたい事があればフローラがお調べいたしますが』
「ママの機嫌を知りたい」
『お電話をお掛けになれば話が早いと思います。ミス萌花の位置情報から察しますに家の中にいらっしゃいますので佳恋様同様に落ち込んでいらっしゃるのでは』
コンコン、と外側から個室の扉をノックされた。
佳恋は一度扉の影に身を潜めて、
「ドレスアップ」
小さく呟き、ボロボロのドレスを纏い直す。ただし左半分だけだ。壊れた部分を自動修復させて、ドレスの左側だけを繕い直したのだ。左手でステッキを摑むと、ゆっくりと扉を開けていく。
そして、
「お待たせしました、サンドイッチでーす☆」
「……ありがとうございます」
ウエイトレスみたいな格好をした女性の店員から、食事の載ったトレーを受け取ると素早く扉を閉じて鎧のようなドレスをブレスレットに収納する。
警戒をしながら、佳恋は小さく言った。
「……家出して良かったかもね。派手に動き出して欲しいけど、でもやっぱりママがいる家に『マーメイド』がやってきたらって考えただけで眠れないし」
『あちらの人魚姫は少々暴力的過ぎますからね』
「少々? クレイジーなイカれ姫の間違いでしょ」
遠い目を飛び越えて白い目になりかける佳恋。
オレンジジュースとサンドイッチというガッツリ洋食な朝ご飯を口にする少女だったが、しばらく咀嚼するとむっと顔を曇らせる羽目になった。
「あんまり美味しくない……」
『佳恋様のお母様は料理上手という事ですね』
「凝った料理よりもファストフード店のジャンクが好きなパパの胃袋を摑んだくらいだからね。あれは相当なものだよ、日本人なのにアメリカの舌を完璧に把握しているというか」
『フローラには理解しがたい概念である味覚の話をされ続けても困ります』
「ごめんごめん」
オレンジジュースは美味しかったので、ほとんど素材の味しかしねえサンドイッチをもそもそと口に運びながら今後の戦略を練る。
時間的な問題もある。
さらに、尻尾を摑んだところで『マーメイド』のヤツらにどう対処するかという問題も。
「……ん? 尻尾を、摑まなくても……」
『どうかしましたかトイレですか?』
「今すぐ乙女心をディープラーニングしなさい馬鹿野郎」
腐ってもカメラ付きであるスマートフォンに、おおよそ恋に恋する女の子が向けるべきではない表情をしていた訳だが、本当に膀胱が限界を迎えているという訳でもない。
「……『マーメイド』は尻尾を摑ませない。ボロを出すような連中でもないでしょう。だけど、ええと、つまり」
『佳恋様? 何か閃いたのですか』
「出す尻尾を摑めないのなら、尻尾を出させれば良い。つまり、釣るんだよ。こっちから行動を起こして海老で鯛を釣れば良い! ……あれ、海鮮系を出すと人魚とややこしくなるな」
『確かにそうかもしれませんが、具体的には何をなさるおつもりですか』
「『マーメイド』が困る事……」
具体案は浮かんでいなくても、やるべき事は漠然と理解していた。
クセニアやロザリアが焦る事をやってのければ、きっとヤツらは食いついてくる。最悪、あちらから襲わせるように誘導しても、それはそれで構わない。周囲の人を巻き込ませない場所を探す必要はあるが、それでも尻尾を出させるという第一の目標は達成できる。
「……よし、これでいこう。モノクルはまだ壊れていなかったはずよ。フローラ、左半身じゃなくて上半身のドレスを再構成して」
『了解はしましたが、佳恋様の意図が読めません』
「ドレスアップ。結局これしかないんだよ」
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