第四章 科学で作る魔法少女
4-1
「だぁーかぁーらぁー、どうして今日に限って家の電話の方に掛けたのさー。いつも私のスマホか、繋がらなくてもメールじゃないのよおー……」
『ごめん佳恋、そこまで話がこじれるなんて思っていなかったんだ』
電話口の向こうの相手、幼馴染の安藤睦月はそんな風に言ったものだった。
『夏休みに遊びに行く約束。佳恋のお母さんも行くんだから、いの一番に話を通しておいても良いだろうと思っただけなんだ。考えてもみてくれ、いつも仲の良いあの親子がケンカするなんて予想できる訳がない。僕は佳恋や兄さんみたいに頭が良い訳じゃないんだ』
「睦月はそのままでいて。お兄ちゃんみたいにならないで」
『どうした佳恋、ようやくあの薄ら笑いの怖さに気づいたのかな』
「……ノーコメントだよ睦月」
結局、家には帰れなかった。
魔法少女のドレスの飛行装置が健在でも、家のベランダから忍び込もうとは考えなかっただろう。
母を守れと、誰かからそう言われたはずだった。
だけど、今の自分は相当に惨めだ。ソファーの付いている個室のネット喫茶の中で、桐谷佳恋は半ば呆然自失の状態だった。くだらないプライドに振り回されて、桐谷萌花というたった一人の母親を傷つけた。
一〇歳の少女が意気消沈して寝転ぶには、十分過ぎるサイズのソファーだった。
佳恋はデスクに置かれたミートソースのミニスパゲッティとフライドポテトを食べながら、スマートフォンを耳に当てて通話していた。お行儀の悪さが極まる残念この上ない少女は、PCやキーボードの置いてある机に油を使った食べ物や糖分たっぷりなジュースを同居させるのは健康的に問題はないのだろうか、と全く関係ない事を考えつつ。
「はーあ、今日はあんまり良い事なかったよ。私を癒して睦月」
『喧嘩しちゃったのなら、明日の海水浴は行けそうにないね』
「海水浴?」
『そ。今日はそのお誘いで電話したんだよ。僕の父さんと母さんがどうしても海に行きたいって言い出して』
「ママに担ぎ上げられて海の底に沈められそうだから絶対ムリ」
『まあ仲直りできたら来てよ』
「それいつの話になるやら……」
そんな話をしていると、隣の部屋から壁を叩かれた。
どうやら長話が過ぎたらしい。
別れの言葉を告げてから通話を切ると、桐谷佳恋は食事を中止してソファーにゴロリと寝そべった。大人であれば多少くつろげる程度の大きさだが、体重が二五キロしかない華奢な佳恋ならもうベッドと変わらない。
デスクにスマートフォンを放り投げると同時、スピーカーがこんな言葉を発した。通話相手ではない。アプリ化して常駐している人工知能だった。
『佳恋様』
「……」
『フローラを無視なさるのも佳恋様の自由でしょう。しかし、お母様を無視なさるのは、今までの佳恋様の行動方針とは異なり過ぎているように感じます』
「……」
『失礼、ご用件だけをお伝えしましょう。家からネット喫茶に到着する約三四分の間にミス萌花から着信が五五件ほど入っています。留守番電話にメッセージも残っていますと追加で報告させていただきましょう』
「……、そう」
『気が向きましたらいつでもお声掛けを。リダイヤルでも留守番電話の再生でも、あらゆるタスクをフローラは承ります』
「ありがとう……」
それきり、スマートフォンはうんともすんとも言わなくなった。
いいや、それは佳恋も同じだったのか。このままずっと眠ってしまおうかと思うほどには、強烈な眠気が襲ってきていた。指一本も動かせないまま、ソファーの上に横たわる。ネット喫茶の中に備え付けられていた、シャワールームを利用したのも疲れが溢れ出た一因だろう。
体も心も疲労の限界だった。
ここに『マーメイド』の襲撃がないとも限らない。そういう意味での警戒心を長く保持し続けなければならないというのも相当な心労であった。
「……フローラ、不審な事が、一つでも、あれば……起こして。ブレスレットから、電流を流してくれれば、すぐ、に……」
『おやすみなさいませ、佳恋様』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます