3-5
ひゅるり、という音と共に、上から落下してきた金属製の赤いリボンをキャッチした桐谷佳恋は、エレベーターシャフトの中を滞空ながら真上を見つめていた。
リボンを持った手で首の後ろから髪をかき上げるだけで、自然と赤の留め具は髪留めの位置へと向かって流れ、ポニーテールを仕上げてくれる。
「……落っこちてこないっていう事は、上手く逃げられたかな」
『佳恋様はお人好しですね。敵対者であるクセニアが落下してきた際はキャッチするおつもりだったのでしょう』
「いやそれは普通だからね? 暗躍部隊だか何だか知らないけど、基本的に私達は平等に人間なんだから」
『……』
フローラシステム上では、殺害や人を傷つける事に対する恐怖が行動と関係しているのだろうか、と予測演算が行われていたが、ここは小学生の少女に聞かせる話ではないのも確かである。そう判断した倫理プログラムが情報にブロックをかけ、代わりに秘書の職務を全うする。Bランカーズのシステムに入り込んだフローラは、クセニアがいるであろうエレベーターを最上階で留めておく。
佳恋は真上を警戒しつつも、暗いエレベーターシャフトの中を緩やかな速度で上昇して再び目的の階へ到着する。モノクルからこんな声が聞こえてくる。
『目標の五階部分です、佳恋様。先ほど外したダクトの蓋は目の前ですが』
「……もう、ここを使う利点は特にないのかも」
ダクトの蓋を肘まである手袋の指先で撫でながら、佳恋はそんな風に言った。
クセニア=ラブニャリアがどういう方式を使ったのかは知らないが、視界を遮っても襲撃される事は証明されてしまった。
「……たぶんあの翼、私のステッキと同じでセンサー付きだったんだろうね」
『ええ佳恋様。ドレスマターはいくつかの方式でセンサーを弾くようにしていたため、翼の照準がズレたのでしょう』
「……ズレなかったら真っ二つだった訳? 怖過ぎる」
顔をわずかに青くさせながら、結局は佳恋がフローラに命令してエレベーターの扉を開かせる事で五階に入り込む。
「フローラ、追加オーダーで……」
『ええ佳恋様。五階にはエレベーターが停まらないようにします。どうぞ目の前のタスクに集中なさってください』
「ありがとう愛してる」
『フローラもです。両想いですね』
五階。その最奥の部屋は、毒々しい赤色で覆い尽くされていた。危険を示す濃い赤に統一されているのは、不用意に社員や清掃の従業員が踏み込んでしまわないようにするための配慮か。
何せBランカーズの全ての情報を握るサーバールームである。おそらく床や天井、壁なども他の階より分厚く、頑丈に作ってあるはずだ。五階という中途半端な場所を選んだのも、防犯の面が強いのだろう。火災などの避難に手間取らず、なおかつテロリストや強盗などにすぐには踏み込ませない場所。
実際に一度テロリストに侵入されておきながら、サーバールームが無事だったのは決して暗躍部隊の力だけではないのだろう。
「フローラ。情報の保管室、もしくはサーバーにアクセスできる場所は?」
『ええ佳恋様。モノクルの視界に表示します』
「カーナビみたいにアナウンスしてくれても良いよ? あれ結構オモシロ可愛かったから」
『馬鹿にされている割合が一〇〇%だと判断しました。それは佳恋様がお車を運転なさるようになってからのお楽しみに取っておきましょう』
「その頃には自動運転が普及した時代になってるよ」
一、 二分も歩くと、銀行の巨大な金庫みたいな部屋に辿り着いた。
体育館よりも大きな部屋の中身は、自動販売機のような箱が大量に整列したもの。サーバールームで検索すればインターネットでも閲覧できるような光景。
などでは全くなく。
たった一人、ポツンと豪奢な椅子に座らされた少女がいただけだった。
「……」
敵。
警戒心が上限まで跳ね上がっていた佳恋は、まずそう思った。自然な思考回路ではあったが、直後にそんな認識は崩壊した。
目を瞑っていたのだ。眠っていると言っても、そう間違った表現ではないだろう。
赤の部屋には対照的な、青色のペイズリー柄のバスローブを纏っているだけの少女だった。年齢は佳恋よりも少し高いくらいだが、大した違いはないだろう。くるぶしまで伸びたサファイアのような、やはり青の髪の毛が彼女の人間味を完全に奪っていた。
「……ここは」
呆然とする佳恋が注目したのは、やはり西洋式の豪華な椅子に腰かけていた青いバスローブの少女だった。
「フローラ……あの子、息してる?」
『いいえ佳恋様。ステッキのセンサーからは生命反応を感じられません』
「死んでる……? Bランカーズはそこまでの外道だったのかしら⁉」
『いいえ佳恋様。そういう訳でもなさそうです。彼女から強烈な金属反応を検知しています。空港の金属探知機に全裸で通ってもブザーが鳴ってしまうレベルです』
女の子を眺める趣味はないが、遠くからジロリと観察しながらバスローブ少女の周りをぐるりと一周する。
見知らぬ魔法少女が背後に回る。誰だって警戒心や危機感を覚えそうな状況であっても、その椅子に腰かけた少女は微動だにしなかった。三六〇度部屋の中を歩き回って、そして佳恋は再び元の位置に。
念のため忍び足でバスローブ少女に近づいて行く。
「ふ、フローラ、この子がいきなり飛び起きたら私の心臓は止まる自信があるわ。そうなったらママに遺言をよろしく」
『ええ佳恋様。何とお伝えしますか?』
「『やっぱり先週ママとホラー映画に行って心臓を鍛えておけば良かった、映画のチケットを無駄にしてごめんね』って」
『了解』
何だか真正面から近づくのに気が引けた佳恋は、とりあえず少女の右隣から顔を覗き込んでみる。姿形だけで言えば、非常に整ったものだった。
しかし、これは……。
「なんというか、これって」
『整い過ぎている、ですか?』
「まさか……」
おっかなびっくり青いバスローブ少女の頬に触れてみる。さらに、はだけた足の太腿や膝部分に触れて、その天才少女は確信を得た。
「アンドロイドか。触らないと人工物だって分からないなんて、いよいよ機械の時代の到来かしら」
『フローラの前でそれを言いますか?』
佳恋はステッキをブレスレットの中に収納してから、顎に手を当てて熟考する。
まだ心の奥底では『まさか』と思いつつも、もはやアンドロイドである事は間違いない。少女型のこのマシンがサーバーの役割を果たすとすれば、どこかにUSBなんかを差し込む端子の『口』があるかもしれない。
そんな訳で、佳恋はアンドロイドの唇に手を当てて優しく口を開かせてみる。
「……んー、歯といい口の中の湿り気といい、本格的な仕様だね。IT系のビルなんかにある受付アンドロイドとは比にならない出来栄えだよ」
『むっすー』
「他のマシンを褒めたからって拗ねないの。私の中の一番はフローラだから安心なさい」
『むっふー』
次はペイズリー柄のバスローブを解いて前を広げる。
白い肌をまじまじと見つめながら、どこかに端子の差し込み口がないかを調べていく。腰や背中にまで手を回して、柔らかい胸も医者のように触診していく。
「うう、何だか恥ずかしい……。それにプロポーションが完全に負けているの腹立つなあ……ッ‼」
『佳恋様の年齢を考えれば当然です。それに人間の脳では機械の計算速度に敵わないように、人工物が一定のラインを超えれば勝てなくなるのは道理では?』
「ふっ、それを認められないのが人間って生き物なのよ」
哀しい笑みを浮かべつつ、佳恋はモノクルに向けて問いかける。
「フローラ、この子の中に侵入して情報を抜き取れない? レッツハッキング」
『当アンドロイドはオフライン状態です。スタンドアロンと言い換えても構いません。外の電波を受け付けない状況ではお手上げです』
「……なるほど。クセニアの言っていた彼女達の優秀な秘書っていうのがこの子なのね」
おそらく、ホームセキュリティソフトのセレナをスリープモードにしたのもこいつだろう、と佳恋はおおよそのアタリをつける。母親が冷蔵庫のプラグを引っこ抜いていないにも関わらず、セレナがスリープモードになったのは機械音痴の母の失敗ではなく悪意あるハッキングによるものだとしたら。
「……都合が良過ぎると思ったんだ。強盗が入るタイミングでホームセキュリティが落ちるなんて」
『とはいえ、佳恋様』
後悔先に立たずな魔法少女に、人工知能が目の前のアンドロイド少女に対する解析を報告してきた。
『サーバールームのコンピューターをアンドロイドに置換する利点は、あまり多くありません。芸術性を高めるといった理由などは挙げられますが、持ち運びができるという事は安易に奪われる可能性もあります』
「だからこれを持ち帰れって言う気? こんなの持って飛べないよ」
『いいえ佳恋様。絶対に情報を奪われたくなければ、多くの科学者は差し込み口そのものを失くすでしょう。しかし情報を引き出せないというのも、それはそれで困る。となれば』
「そうか……」
佳恋は差し込み口を探す事など忘れて、彼女はアンドロイドの頬に触れた。
「この眠り姫、対話式で情報を吐き出すっていうの……ッ⁉」
『公算は高いと思われます。少なくともフローラシステムでは最も確率の高い解答です』
そんな訳で、桐谷佳恋は半裸に剥いたバスローブなアンドロイドを揺さぶってみた。
反応なし。
そのまま声をかけてみる。
「こ、こんにちはー。初めまして、今日は良い天気ですねー」
『反応がありません』
「……、……」
『お待ちください佳恋様、ステッキを取り出してバーナーか何かで上から下まで掻っ捌いてアンドロイドを解体しデータを抜き取るおつもりでしょうが、中身まで損傷させてしまう可能性がありますどうか落ち着いてくださいストップです』
「でもこれ壊しても良いんじゃないかしら⁉ サーバーが失われればデータがなくなってパパの遺産も吹っ飛ぶ訳で‼」
『いいえ佳恋様。このサーバーがクラウドを有している場合、全ての情報を引き抜くのがベストです。根絶が目的であれば、破壊は非推奨です』
「っ、っ、っ……‼」
ぐっと全身の破壊衝動(笑)を押さえ込み、とりあえず深呼吸。
感情に任せて馬鹿をやると取り返しのつかない事になる。
そして佳恋が途方に暮れる前に、モノクル越しに魔法少女の視界を共有していた優秀な秘書がこう言った。
『椅子に英字の刻印があります。固有名詞らしきものですから、ひょっとしたらこのアンドロイドの名称では?』
「ナイス! でも発見が遅い!」
再びステッキをピンクゴールドのブレスレット内部に収納して、佳恋はその子の名前を呼んだ。
その一言は、オンオフのスイッチの切り替えのように劇的な変化をもたらした。
「メアリー」
「ハロー、ハニー。ご用件をどうぞ」
ぱちりと目が開き、宝石のような緑の瞳が露わになる。
声はフローラよりも人間的な抑揚があった。おそらくボーカロイドといったソフトではなく、適当な声優でも雇って声をアフレコしているのだろう。美しい、しかし人工的な唇が人間的な動きをしている事に奇妙な違和感すら覚える光景だった。
「本当に、対話形式だった……」
「はいハニー。当サーバー・メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターは対話式情報中枢機能アンドロイドです。ご用件をどうぞ」
「パパのデータ、レヴィア=キリタニのファイルを削除して‼ クラウドに保存しているのならそれも全て‼」
「かしこまりました。ではハニー、IDの提出をお願いします。紛失した場合はパスコードを口頭で入力する必要があります」
「……そう来たか……」
流石にガシガシと頭を掻く桐谷佳恋。
今から社員に詰め寄ってIDを奪う手もなくはないが、現在の彼女の立ち位置は暗躍部隊の一人だ。アンチ側ではあるが、一般人を巻き込むくらいならもっと派手な大立ち回りを見せている。それこそ魔法少女の頭の中には砂糖から爆弾を作る方法だって眠っているのだから。
「……どうするかなー」
「IDとパスコードの読み込みに合計三回失敗しますと部屋にロックが掛かり警備会社に通報されます。どうぞご注意ください」
「どうするかなーっ⁉」
「認証失敗。残り二回です」
「っ⁉」
どうやらこのアンドロイド、フローラほど会話プログラムの性能は優れていないらしい。
とりあえず機械の少女に聞こえないように、モノクル越しにコソコソ話を実行。
「(フローラ、あなただけが頼りなんだけど!)」
『困りましたね。とにかく回答候補を視界内に表示してみますが、通用する可能性は低いでしょう。あまりアテになさらないようご注意ください』
爆薬、解体、Bランカーズ、科学戦争、暗躍部隊、数字の塊……。フローラの演算によって、あらゆる情報が羅列されていくが佳恋の顔色は芳しくなかった。
これだと思えるものがない。おそらく何を言っても残り二回の認証は失敗に終わるだろう。
「……」
ふむと一度だけ考え、佳恋はアンドロイドを抱き締めた。
首が三〇度ほど曲がり、疑問の色を放つバスローブ少女は心なしかキョトンとしているように見えた。
「ハニー?」
「こういうピーキーなセキュリティには安全装置が組み込まれているものなんだよ。毒ガスが出る施設には消毒キットが用意されているみたいに、IDとパスコードを忘れただけで閉じ込められて警備会社に通報だなんて度が過ぎてる。つまり」
「ハニー、当機のお尻の辺りを一分以上まさぐられると自爆機能が発動します。ご注意を」
「サラッと怖いなっ、爆薬解体の会社だとほんとにあり得そう‼」
そして、佳恋の指先が異物を捉える。
アンドロイドが座っていた豪奢な椅子のお尻の下に一枚の硬いメモ用紙を発見する。
あまりの杜撰ぶりに佳恋の気分がちょっとブルーになる。家族兼用のPCにパスコードを書いた付箋を張り付けておくようなものだ。アンドロイド自体はかなりデジタル的なものなのにアナログな保存方法だった。
「Protected by Mermaid?」
『人魚に守られている、ですか。佳恋様のようにファンシーな存在に憧れる者がパスコードを設定したのでしょうか?』
「ああん?」
「認証完了。全ての情報を削除します。クラウドに保存されたレヴィア=キリタニのファイルデータは存在しませんのでご安心ください。当機体に復元の可能性を残しますか?」
「いいえ、完全確実にデータを破壊して。この企業に眠るデータ、丸ごと全て消滅させたいの!」
「かしこまりました。ただし完全消滅という意味では肯定しかねます」
「?」
「つい一〇分前に同データを当機から回収した人間がこの建物内にいます。お気をつけて、ハニー」
「なっ……ッッッ⁉」
息を呑んだ直後だった。
ヴァゴズゴグシャア‼ というとんでもない爆音と共に、サーバールームの床がめくれ上がったのだ。
「なっ、うォあ……ッ⁉」
地面の感触が足裏から消えた。
体が重力を思い出し、下へと落下する。慌ててステッキを握り締めて、軽い体をふわりと浮かばせる。
が、
「っ、メアリー‼」
「ノー。ハニー、当機の事はお気になさらず」
豪奢な椅子と共に落下しかけるバスローブ姿のアンドロイドだったが、網のように伸びた青い髪の毛が壁や天井を摑み、サーバーの本体が自らのボディを空中に留めたのだ。
わずかに安堵した桐谷佳恋だったが、彼女はもっと警戒するべきだったのかもしれない。
ぐっと足首を摑まれる感覚があった。
そして、そのまま。
「下へ参りまぁーすッッッ‼」
「っ、きゃあ⁉」
体が大きく回転させられる。いいや、振り回されているのだ。
魔法少女のドレスの恩恵で浮遊していた佳恋を地面に叩きつけるために、サーバールームの床を大破させた何者かが足首を摑み、そのまま無造作に下に放り投げる。
「が……ッッッ‼」
ろくに落下速度も殺せず、四階の床に背中から落下する。
ポニーテールのリボンが危険を判断して安全装置を起動したのだろう。リボンが後頭部を守るヘルメットのような形になり、佳恋の頭蓋骨を守ってくれる。
シミュレーションでは三〇階から落ちても問題ないはずだったのだが、肺を潰すような衝撃が全身を嬲る。眼球というよりも脳そのものが揺れているのを感覚だけで教え込まれる。
しんとしたサーバールームとは異なり、所々から悲鳴や戸惑いの声が聞こえてくる。むくりと体を起こして佳恋が周囲の視覚情報を集めてみると、従業員がバタバタと大きな足音を立ててパニック状態になっているようだった。
危険な状態から抜け出したと判断した赤いヘルメットがリボンの形を取り戻していく中、佳恋は目を白黒させていた。
「……四階は、普通のオフィスなの……?」
『
慌てて魔法少女がそちらに視線を振ってみるが、たんっ、という音がしたと思ったら佳恋の視界が再び揺れた。佳恋の青みがかったグレーの瞳で捉えられたのは、赤と黒の影だけであった。
側頭部に強烈な衝撃が走った。
赤いリボンがこめかみ辺りを守るために、ヘルメットの形を取ってくれなければ頭蓋骨が抉られていただろう。すぐにドレスマターがリボンに戻ってポニーテールを結わえてくれるが、やはりドレスは万能ではない。バイク乗りのフルフェイスヘルメットのように頭部全てを守ってくれるような仕様にはなっていないため、一度でも危険を察知できなければその瞬間に命が終わる。
「フローラ、何が起こって……ッ!」
『炎を後方へ最大倍率で放ってください!』
「っ!」
ステッキを振るおうと体を捻るが、もうその動作が遅かった。
鎧のようなドレス、その背骨の部分に強烈な衝撃が走り抜け、体感的には体の芯が折れた。呼吸すらも困難に陥り、さらに床の上をゴロゴロと転がっていく。
だが、やられっ放しではなかった。
「ふがう⁉」
猛獣が首を絞められたかのような叫び声が聞こえた。
佳恋の声ではない。
偶然ステッキの先端に触れた『謎の襲撃者』の声であった。ドレスに与えられた衝撃がステッキへと集約され、何倍にもなった運動エネルギーが襲撃者に叩き込まれたのだ。故意というよりも事故のようなものだ。振るわれたステッキは、それだけで軽く店の金属シャッターを障子のように引き裂くパワーを持っていたのだ。
そのはずだった。
だというのに。
「おおーう、びっくりしたー。静電気みてーなもんだな、不意打ちだと体の準備ができねーっつの」
「あなたは……ッ!」
見た事のある人物だった。
短い赤の髪の毛を器用に結わえて作った獣耳、身長や年齢はひょっとすると佳恋よりも下か。ギラギラと戦意を剥き出しにした紫色の瞳。イタリア人らしきその少女の最も歪な部分は、その格好だろう。蛇のうろこのような黒に近い紫のレザー生地が帯のようになっており、全身に巻きついているのだ。
そいつを目撃した魔法少女はステッキよりもまずその指先を突き付け、こう叫ぶ。
「強盗シリアルナンバー2‼」
「ああん? どっかで会った事あったっけ?」
「忘れていやがるこの馬鹿……ッッッ‼」
果たして、認識失敗の原因は獣耳少女の記憶力か佳恋の認識を妨害するためのモノクル、どちらにあるのだろうか。
通常の家よりも頑丈なビル、しかもサーバールームはどこよりも頑強に造られているはずだ。床や天井、壁などをぶち抜くには相当な労力、火力が必要だ。それこそ人一人を落とす穴をこしらえるためには、ロケットランチャーでも担ぎ出さなければならないだろう。
しかし目の前の獣耳少女は手ぶらである。
いいや、それよりも。
「素早いね。チーターみたい」
「ロザリア=マリアーニ。テメェを殺す人間だ、どうぞよろしく」
「……私は」
自己紹介をする意味はなかった。それでも名前だけは名乗っておこうと思い、そこで心がブレーキを掛ける。
匿名性が重要な暗躍部隊において、もはや本名を名乗る訳にはいかない。
アンチ暗躍部隊『ゴースト』の一員、科学戦争に巻き込まれた被害者、父のデータを追ういたいけな女の子……。どれもこれもしっくりこない。
だから彼女は、深く思考する事なく、思いついた言葉を口にした。
「私は、魔法少女カレンよ」
小さな両手でもって、白いステッキを構える。
名乗る。たったそれだけの事だけれど。
きっと、桐谷佳恋が本当の意味で魔法少女になったのは、この瞬間だった。
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