3-2


「フローラ、炎を! 最大倍率‼」


『了解』


 上から下へ、ステッキを思い切り振るう。


 もはや小手調べや怪我の有無に意識を割く余裕はない。最初から全力全開で魔法少女のドレスのスペックをぶつける。


 星の飾りがついた先端のステッキから飛び出したるは、爆発にも似た赤黒い炎。黒い煙を撒き散らし、床や天井を舐めながら炎が渦巻き金髪碧眼のロシア人・クセニア=ラブニャリアへと殺到していく。


 これが少女の体温、その熱エネルギー保存の法則を壊して数百度まで上昇させ出力しているなど、最先端の技術を扱う科学者でも見抜けるかどうかは難しいラインだろう。


 対するクセニアは、視界一面を覆い尽くすほどの業火を前にしても、やはりその表情筋を変える事はなかった。ただその女性の背中に備えられた黒い翼が蠢く。クセニアの体よりも遥かに巨大なそれの左翼が横薙ぎに振るわれる。


 佳恋のようなイレギュラーではなく、ただ翼が暴風を巻き起こし魔法少女の炎を絡め取っていく。単純な物理法則ほど怖いものはない。攻撃のための炎が逆流して、佳恋の全身を燃やしにかかる。


注意コーション


「この程度なら警告はいらないよ」


 直後、佳恋の体が炎に包まれた。


 しかし悲鳴らしい悲鳴はない。それどころか佳恋の体に痛みすらもなかった。次第に炎は渦巻き、ドレスに纏わりついていく。いいや、集束されていくという方が近いか。


 既存の物理法則では説明がつかない。そのドレスなしではあり得ない現象であった。


発射ファイア‼」


 白いステッキから、先ほどとは比にならないほどの爆炎が席巻した。


 体温の数百倍から炎の数百倍へ。ドレスマターで覆われていない顔や太腿の周りから、ヒリヒリと炙られるような痛みがするが、爆炎を喰らうクセニアの方が無事では済まないはずだ。


 そう、そのはずだった。


「……なに、その服……」


 ばさりと翼が空間全部を叩くような音がした。


 風の流れに従って、赤黒い爆炎が壁そのものに直撃する。二度も佳恋の攻撃を凌いだクセニアは、金髪を揺らして右の翼で壁を薙ぐ。クセニアの立ち位置からしても明らかに壁に届く距離ではなかったが、黒い翼が大きく伸びて外壁に大人の身長よりも巨大な穴が開く。


「っ⁉」


「……なにを、驚いてるの? 翼が伸びるより、あなたの服の方が……びっくり要素が、詰まってる、よ」


 壁をぶっ壊しておいて、平然とした態度に無表情の顔つきなロシア人だったが、佳恋が驚いているのはそこではない。


 深夜ならばまだ分かる。だが平日、それも夏休み真っ只中の昼間にやらかして良い暴挙ではない。


「……暗躍部隊がそんなに派手な事をして良いのかしら。もっとお忍びでやらないと上の人から怒られちゃうんじゃないの」


「確かにシェリーは怖い、けど……わたしには、あんまり興味ない、から。それに壁を壊しておかないと、一酸化炭素中毒に、させて……わたしがダウンさせられちゃう、でしょ」


「チッ‼」


 家に押し入られた、あの時と一緒だ。


 佳恋の目的が看破されている。見た目は派手だが、その裏に思いもよらない副次的結果が紛れている。……この程度の攻撃では、暗躍部隊の第一線には通用しないらしい。


「その翼、伸びるんだね。材質は明らかに金属、もしくはカーボン入りの特殊合金って感じだけど、それは伸縮素材っていうよりも」


 褒められるべきは、その観察眼だけではないはずだ。


 情報を精査し、答えを出す頭脳にこそある。


「……扇子、みたいな」


「どうだろう、ね」


 再び空気を叩く音。黒い翼がクセニアの体を浮かばせて、勢い良くこちらに突進してきたのだ。体を浮かばせる事ができるという事は飛行も可能なのか。


 佳恋が目を剥く暇を与えず、クセニアは着地と同時に両翼を振り落とす。踵落としよりも凶悪なそれに、対する少女はステッキを掲げて上方向からの攻撃をガードする。


 ガギィ‼ という金属同士が擦れる音がする。


 白いステッキは鉄パイプ程度の強度しかない。ドレスマターは紙吹雪くらいの大きさが繋がったものだ。強烈な衝撃に白いステッキの表面がわずかに散る。


「ぐっ……‼ 子ども相手にそこまでやる⁉」


「この業界に、年齢なんか……関係ないに決まってる、でしょ……?」


 さらにモノクルから声が響いてくる。


 声色は全く変わらないが、状況と内容によってその人工音声は全く雰囲気が異なる。


注意コーション。ドレスマターと単純な物理攻撃の殴り合いは相性が悪過ぎます。至急戦略を変更してください』


「翼の攻撃パターンを予測できないの⁉」


『事前データが少な過ぎます。伸びる上に飛行機能も付いているのでは、徒手空拳の格闘技よりも六五倍の戦略パターンがあると思われます』


「っ」


 壊れた外壁から一時的に撤退する手もあるが、戦略を練っている間にBランカーズの情報のダムが甘くなる可能性もある。それに策を練ったところで、クセニアへの勝算が高まるとも限らない。


 そして、余計な考え事をしている暇もなかった。


 さらにもう一度、上から振り下ろされた左翼をガードする。ほぼ同時、ラグなしで佳恋の右の横っ腹に強烈な一撃が炸裂する。くの字に折れ曲がった華奢な体が穴の開いた方とは逆の壁に叩きつけられる。赤いリボンに結わえられたポニーテールが大きく揺れる。


 チカチカと視界に奇妙な光が点滅する。


「……ぐ、が」


『佳恋様』


「だい、じょ、うぶ……。それよりフローラ、頼みたい事がある」


『何なりとどうぞ』


「……このBランカーズのイントラネット、どこまで侵入できるのかしら。一つやってほしい事があるんだけど」



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