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 角を曲がってきた警備員に対して、まずは薄っすらと光る蛍光灯の光を吸収させ、先端の星型の飾りを前面に向けて瞬かせる。


 警備員達の網膜に、もはや車のフロントライト並みに強い光量を叩きつけると同時、ステッキを勢い良く振るう。空気抵抗によって生まれた風のエネルギーを何倍にも膨張させて、薄い蛍光灯を叩き割ってビルの中を真っ暗にしていく。


 これで三秒稼げれば良い方か。


 彼我の距離は二〇メートルもない。


「フローラ、死なない程度にお願いね‼」


『了解』


 電源に繋がったノートパソコンの画面を真正面から拳で叩き割り、バッテリー部分を的確に貫く。もちろんデータをコピー中の父親のPCとは別のものだ。


 バヂィ! という静電気くらいの紫電が弾けただけだった。


 しかし、それだけで十分なのだ。


 そう、彼女の金属製の洋服には、こんな法則があったはずだ。




 質量を壊す、だけでは説明不足だ。


 その金属製のドレスは、あらゆるエネルギーの増幅・減衰を自在に操る事ができる。




 ステッキが爆発する。彼女の体を電源として、ステッキがその機能を加速させていく。空間を真横に裂くように、青白い紫電が先端から飛び出し警備員を次々と穿っていったのだ。


「一〇秒経った⁉」


『あと二秒です。……、記憶媒体に全データのコピー完了』


「よし、バックれよう‼」


 あとは技術が奪われないように、デスクトップ型のパソコンを壊すだけ。


 父の遺産を拳でもって叩き割れば、それでミッションは完了だ。


「……っ、ちくしょうッッッ‼」


 わずかに逡巡があったが、ドレスの力を借りて拳を叩き込みPCをグシャグシャにする。


 フローラが視界内に『タスク完了』の文字を躍らせたので、確実にパソコンを破壊できた事を確認して部屋の中からガラスの壁を叩き割る。


 走りながら背後を振り返ると、三人の警備員がスタンガンのような電撃で昏倒していた。


 残りは二人。

 ただし、そこでおかしな事が起きた。


 片方の警備員がもう一方の警備員の首根っこを摑んで壁に叩きつけたのだ。いいや、正確には壁に向かって放り投げたという方が近いか。


「なっ……ッ⁉」


 暗視モードになったモノクルでそちらを注視してみるが、他の四名とは違い、そいつだけは警備員の服装を身に纏っていなかった。


 薄い紫のスカートにお腹を出した黒のTシャツ。手元や顔周りでギラギラと光り輝くのは、高級な宝石類のアクセサリーか。そして、そんなものよりも一際インパクトのある物体が目に飛び込んできた。


 大鎌。


 そいつは、佳恋の身長の倍ほどもありそうな巨大な鎌を手にしていたのだ。


 明らかに警備員ではないそいつは、わずかに口を動かしてからそれを勢い良く投擲した。


『唇の動きから死ねと呟いたと思われます』


「全体的に怖過ぎる‼」


 円盤のように回転しながら佳恋の背中を襲ってくる大鎌を避けるために、廊下の角を曲がる。


 ただし、鎌も鎌でぐわんと空気を攪拌させながらその軌道を大きく変えた。


「うわっ、追ってきた⁉」


『ブーメランの要領では説明がつきません。彼女も佳恋様のようなスマートデバイスを所持しているようです』


 大鎌が九〇度の曲がり角を器用に曲がってきたので、目を剥いた佳恋はもう後ろを振り向くのをやめた。全力で腕を振って前へ走り抜く。


 ゴールはすぐそこだ。


「今回は……」


『タスク達成です、佳恋様』


「……私の勝ちよ‼」


 体当たりでもって窓ガラスを叩き割る。


 そのまま夜空を舞い、重力に捕まり地面に向けて真っ逆さまに落下していく。体感的には二秒後にコンクリートの地面に激突した。そう、この金属のドレスをまとっていれば、頭さえ打たなければ三〇階程度の高さから落ちようとも無事で済む。


 気球の要領を利用した飛行で何とか落下速度は落とした。深夜だったので周囲に人がいなかったのは幸いか。ぎっくり腰を患ったお婆ちゃんみたいな遅い動きで起き上がりつつ、少女はこう独白した。


「うう、普通に痛い……。早く帰ろう、フローラ」


『飛行します、佳恋様。重心の位置にお気を付けください』


 主人の返答を待たずに、ふわりと体が浮いた。


 最初は低空飛行を保って、建物の間を縫うようにして家へと向かっていく。臨海社と十分な距離を稼ぐと、一気に高度を上げて星空とネオンの夜を滑空していく。


 取り返した。

 奪い取った。


 手の中に握り締めたUSBメモリがその実感をさらに強くする。


「……ふ、ふふ」


『佳恋様。タスク完了、おめでとうございます』


「ふふ、あはは、あっはっはっ‼ あははははは‼」


 くるりと体を半回転させて、桐谷佳恋は高いビルに向けてステッキを突き付ける。


 獰猛な笑顔でもって、勝者はこう挑発した。



「どうだ科学。私のパパは最高でしょう?」


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