決着:龍神相克、穿つ蛮勇

「なにッ……な、んッ、だぁぁぁあ!?」


 いつかと同じように――

 伸夫の視界に、影が差す。


 影は、弾丸みたいなスピードで伸夫の頭上から降下し、体重を忘れてきたようにふわりと着地した。

 女だった。美少女と言っていい。

 炎の紋が浮かぶ褐色の肌、うねるようになびく漆黒の髪、アヴァンギャルドな洋風の忍者みたいな格好をしている。

 見事に引き締まった筋肉の上に、部分的にたっぷり肉を盛った肢体が、くっきりと浮かび上がる謎スーツ。

 致命傷を負ったはずの肉体に、力が満ちている。

 背後の『蕾』は、勾玉みたいに渦を巻いて、なんでか六つに増えていた。


「私は……ここまで、です……」


 ようよう言った霞に、薊は凛々しく引き締まったおもてを向ける。


「後は任せろ。ノブオ、ケイコと霞を頼む」

「お、おう……」


 微笑みを残し、薊はゆっくりと、不快満面の暁へ歩み寄っていく。


「後で、管理者に詫びを入れねばなるまいが……」


 脈動。


 とてつもなく大きな力の脈動が、薊に注ぎ込まれていた。

 桂湖の血など、いや、一人の力など比較にならない。

 もっと大きく、そして広いモノが、薊と繋がっている。


「きっと許してくれよう。この地の子らを護るためなのだから」

「なんだ……なんだその力は! 祝福も穢れもなき不毛の地で、魔族風情が……!」


 歯ぎしりする暁をよそに、霞は皮肉げに微笑む。


「……まるで、勇者ですね……」


 自らの器を上回る力に酔い痴れた獣。

 それが霞が嫌悪する『勇者』だが、目の前の薊は似ているようで違う。

 確かに、この力は薊の器を超えている。

 それでいて、薊は薊のままでいる。

 力だからだ。

 共に抱く望みを、代わりに果たすために。


 薊の姿をぼんやりと見る桂湖の脳裏に、懐かしい声が蘇る。


「おばーちゃん……?」

「は? お前死んだっつって……え、そゆこと?」


 桂湖の唐突なつぶやきに、伸夫が慌ただしく自答する。

 桂湖の『おばーちゃん』――母方の祖母は、六年前に他界した。

 他界――消滅を意味しない言葉。

 この地の信仰。

 時とともに積み重ねられた無数の生と死。

 つまり、薊を満たし、薊から噴き出し、薊を包み込む、この力の正体は。


「解らぬか。この地にも偉大なる祖霊がおわす――それだけのことだ」


 天然自然の力と、巡る魂の、大いなる流れ。

 東洋においては、『龍脈』とも称されるものだ。


「祖霊だと!? 地上での務めを終えたしもべは御許へと招かれ、祝福なきゴミどもは消え去るのみ! 霊など存在するものか、迷妄の輩め!」


 それが暁の信仰。暁にとっての真理。絶対不変たる世界のありかた。

 だが、感情が壊れた哀れな特務神官にも、感覚はある。

 眼の前の魔族から感じる力の波動を、と感じることはできる。

 そして、では敵わないとも。


「お前の信仰を否定はせぬよ。だが、同胞と友の、命と尊厳を踏みにじることは許さぬ」


 その言葉は、まるで『裁き』のように、暁に響いた。

 神命のみを信ずる、特務神官の凍った心に――


 これまでとは比較にならぬ、己が身を焼き焦がすような憤怒が沸き起こる。

 薄っぺらな笑みも、嫌悪も憎悪も。

 その表情から、完全に消え失せた。


「よかろう……本来はかような小悪相手に、開帳願うべき恩寵ではないが」


 暁が腕を振り上げ、暗黒の天に裂け目が走った。

 空間が割れている。

 その中から、一振りの槍が落下した。

 超音速で降り落ちた槍は、暁の目前で急停止。


 暁の身丈を倍するほど巨大な、楔形の騎兵槍。

 特務神官の切り札、奥の手。

 神の力を宿した、魔族殲滅のための武具。

 即ち、『神聖武装』である。


まことなる神威の顕現にて、醜い肉も穢れた魂も消え去るがいい!」


 その穂先と見えた部分は、寄木細工のように、多数の部品が組み合わさってできていた。

 寄木細工が展開する。

 それは鎧だった。

 潔白ホワイトローブが崩壊し、暁の芸術品めいた肌が顕になる。

 白銀の壮麗な鎧が、暁の裸体を覆っていく。

 頭部には羽つきの兜、腰からはスカートメイル、背後には雲形定規のような翼が浮かぶ。

 最後に残った芯の部分――長大な矛が、特務神官の手に収まった。


「ちいっ!」

「うおおおおっ!?」「ひいっ……!」


 槍の現出から着装までは一瞬。

 伸夫の目からは、暁に雷が落ちたようにしか見えない。

 薊が『障壁』を張らなければ、余波だけで、桂湖と霞もろとも吹き飛ばされていただろう。


 それは、開戦前に薊が危惧した追加戦力。

 絶望を意味する存在である。

 だが、いまや薊にも新たな希望がある。


 龍の力を得た薊。

 神の力を得た暁。


「参る!」

「消え失せよ!」


 両者は、同時に地を蹴った。


 閃光。


 閃光。閃光。


 閃光。閃光。閃光。


 稲光めいた閃光が空に咲く。

 追っかけ、花火のような炸裂音が鳴り響いた。


「どぅわひょおおっ!?」


 肌まで届く振動に伸夫が悲鳴を上げる。

 スケールがでかくなりすぎて逆に見えてきた。

 戦闘機のように空中を飛び回る二つの影が、火花を散らして激突を繰り返す。

 だがよく見ると、二回に一回は素通りしている。

 片一方が仕掛ける時に限って。


「って、一方的にやられてねえかアレ!?」

「連続使用もほぼ無制限だと……? 出鱈目な……いえ、敵の攻撃に対して、相打ちは入れていますね。とはいえ装甲、硬いか。なんたる……」

「あの出方でいきなり苦戦するなんて展開あるかよ!? せめて互角だろが!」

「相手も強化されたのですから、仕方ありません……。勇者級……わけても上位か……? いかにして討つ、薊……」


 霞は、口惜しげに夜空を見上げる。



◇◇◇



 薊は、内心舌を巻いていた。


(これが全力か! 強いッ……!)


 倍になった『蕾』による推進力で、薊は夜空を駆ける。

 超音速の空間機動。

 ターンの度に、体がねじ切れそうになる。

 しかし、狂笑を浮かべた特務神官も互角に応戦。


 突撃の勢いで繰り出される矛。

 放たれる神威が、巨大な念の矛先となり襲いかかる。

 山を削る威力が圧縮された一撃を、魔力を集中した腕で弾く。

 凄まじい衝撃。ぶつかり合う魔力が火花と散る。


 今度は薊が攻撃軌道を取り、横合いからの拳打。

 しかし、『位相遷移』で躱される。

 艦砲射撃じみた刺突を弾きつつ、腹部に蹴り。

 原発の封印扉でもこじ開ける威力が炸裂。

 しかし、堅固な装甲を貫けない。

 互いに弾かれ、再加速。音の壁を突き破り空戦機動。


「ぐぬううッ!」

「はは、無為! ははは、無為! 無為なり!」


 矛の薙ぎ払いが、巨大な念動を生む。

 回避機動と『障壁』で凌いで反撃。

 当然のように目標が消滅、再出現。

 カウンターを凌いで打撃を加えるも効果なし。


(ええい、なんと厄介な!)


 駆けては全開噴射フルブーストの薊と互角の空間機動。

 攻めてはほぼ準備動作なし、致命威力の範囲攻撃。

 守っては無制限の完全回避、相打ちさえ阻む全身装甲。


 ――完全無欠か?


「だとしても――――ッ!」

「哀れ! 哀れ! ははははは!」


 それでも薊は臆さない。

 六連ブースター過剰噴射オーバーブースト、鋭角的な機動で暁へ迫る。

 薊は突撃、さらに突撃、突撃に次ぐ突撃。

 暁は回避、さらに回避、回避に次ぐ回避。

 念動の矛が襲う。肉が削がれる。無視して反撃。

 装甲を打つ衝撃が肩へ抜ける。無視して連打。暁が消える。


 相打ちだけでは、圧倒的に火力が足りない。


(足りぬか! 届かぬか! この身に余る力を授かったというに……!)


 哄笑する暁の矛が身を削る。

 薊の血が、赤い華のように夜空を彩る。

 このままでは、間違いなく薊が先に墜ちる。


(いや墜とす! 墜としてみせる! なのだ! 足りぬなら捻り出せ! この戦、いまここに至る我が生の全てをもって勝ち取るべきものと知れッ!)


「ッ――かあああああああああッ!」


 地上で伸夫が待っている。

 彼らを護る。

 彼らの元へ戻る。

 決意に感応する龍の力が『蕾』を燃やす。


 それでも届かない。

 それでも貫けない。

 想い強き者、心正しき者が勝利するのが世界の条理ルールなら、魔族は滅びに瀕していない。


「はははははは! 無為! 無様! はははははははは!」


 醜く歪んだ精緻な美貌から、止めどなく哄笑が迸る。

 愉悦が暁の胸を満たしていた。

 神の下僕としての戦いで、ついぞ得ることのなかった愉悦。


 矛が魔族の命を削る感触が心地良い。

 魔族の拳が体を震わすのさえ心地良い。

 鼓動が数倍も速まり、視界が赤く染まり、肌も肉も骨もビリビリと痺れる。

 股間を蜜で濡らしさえしていた。


 それが劣等感と恐怖心の裏返しだと、壊れた特務神官は気付かない。


「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「はははははははははははははははッ!」


 軌跡が連続で重なり、互いの攻撃の余波が天に轟く。

 『蕾』が爆発的な魔力を噴射する。

 速く、速く、なおも速く、雷鳴を置き去り、雷迅に至れと空を駆け――


 薊の拳が、暁を捉えた。

 効力打。突撃の威力と渾身の魔力が装甲を浸透し、暁の腹筋をひしゃげさせる。

 しかし暁の口角が釣り上がる。

 白銀の矮躯が消滅、薊の上方に再出現。

 『位相遷移』の攻性発揮。

 打撃の反動を受けた薊は動けない。


「墜ちよ邪悪ッ!」


 薊は瞬時に『蕾』を円状に展開。

 噴出する魔力で盾を形成する。

 そこへ念動の矛が炸裂。


「がっ……ッ!」


 盾を貫通し、薊の背中を穿ち、落雷めいて大地へ叩きつけた。


「どわああああッ!?」

「うひゃあっ!?」

「薊ッ……ぐう……!」


 墜落地点から、伸夫たちまで約十メートル。

 瀕死の霞が咄嗟に『障壁』を張り、余波を緩和する。

 それでもなお爆発じみた突風から、伸夫が桂湖たちを庇う。

 土煙が晴れる頃、暁がゆっくりと、伸夫たちの反対側に舞い降りる。


「ぐ、う、まだまだッ……!」


 薊がよろめきながら立ち上がる。

 未だ意気軒昂ながら、消耗は隠しきれない。

 傷を癒やしながら戦っても、再生を重ねるごとに体は不安定になる。

 特に、一度破壊された心臓が危うい。

 戦闘の過負荷に耐えきれなくなりつつある。


「ははは――滅びの刻限ぞ、邪悪」


 矛を携え、暁が歩み寄る。

 わずかな吐血に濡れた唇を、舌がてろりと這う。

 暁とて無傷ではない。

 装甲は貫かれずとも、浸透した打撃は体内に蓄積している。

 だが、薊に比べれば遥かに軽傷。

 戦闘力はほとんど衰えていない。


 及ばなかった。


 薊は、その結果を冷静に認識しつつ、尽きぬ闘志を燃やす。

 霞は、己が無力に歯噛みしつつ、祈るように薊を見詰める。

 桂湖は、恐怖に心臓を掴まれつつ、卸したての眼鏡で暁を見据える。

 復讐の愉悦が、暁の矮躯を熱く燃え上がらせる。


 暁の欲望は、間違いなく遂げられるだろう。

 それがこの世界の条理ルールである。


 だが――

 この世界には、もまた、もたらされていたのではなかったか。


「え――――?」


 背後から声をかけられ、暁が困惑の声を上げる。

 薊も。

 霞も。

 桂湖も。

 揃って、驚愕に目を剥いた。


「――――?」


 桂湖たちの傍にいたはずの、伸夫の姿がない。

 暁の背後にいるからだ。

 誰も気付かず、誰も止められなかった。


 

 

 かのように。


 因果律がよじれ曲がる。

 不条理が条理をねじ伏せる。

 伸夫の意思が、ありえなかったはずの可能性をこじ開ける。


「いい加減ッ――現世ひとんちで調子コキすぎなんだよサイコ女ァッ!」


 振り向いた暁の面頬へ、伸夫の拳が叩き付けられた。

 

 暁の頬がひしゃげる。

 小さな首がねじれて弾け飛ぶ。


「ぐはああッ!?」

「うッ、ぎッ……!」


 伸夫の拳もまた、砕けていた。

 経験のない激痛に、伸夫は悶絶する。

 素手で鋼をしたたかぶん殴ったのだから当然だ。

 だというのに、なぜ鎧のほうまで砕け散ったのか。


 不条理。

 ありえざる事態。

 驚愕に、暁がたたらを踏む。


「神聖武装が破られる!? その力はなんだ! 神威に抗うその力は!?」

「勇者に与えられる『加護』……?」


 霞のつぶやきを聞き咎め、暁が激昂する。


「ありえぬ! 転生もしていない者が、神の祝福受けぬ者が、勇者の、神の力を授かるはずがないッ!!」

「そうか……『加護』とは、神の側が、勇者に適した能力を授けるといったものではなかったのか」


 ようやく我に返った桂湖が、腕の中の霞へ振り返る。

 霞の瞳には、伸夫の姿が映っている。


 激痛を堪え、残った左拳を握り締め。

 策も尽き、勝算も潰え、あらゆる希望が失われても――

 なおも運命に抗う、蛮勇そのものの姿。


「能力の核は、その者自身の『魂』の形。神の力は、それを肥え太らせるに過ぎない」

「じゃあ、あれは――」

「ええ。奇しくも転生召喚法が、ノブオの魂に秘められた力を目覚めさせたのです」


 振りかぶった左拳に、莫大な魔力が収束する。

 魔力は因果律に干渉し、正しい段取りを無視して、望む結果を引きずり出す。


「自らの意思で現実の事象を上書きする――摂理の超越者たるの能力を」

「――『オーバーライダー』」


 つぶやく桂湖の眼鏡にも、伸夫の姿が映っている。

 くっきりと。永遠に胸に焼き付くように。

 その熱が、声になって溢れ出す。


「俺の世界モンにッ、手ぇ出してんじゃねえええええええッ!」

「やっちゃえ、ノブーーーーーーーっ!」


 左拳が、暁の胸甲に叩き込まれる。

 胸甲がへこみ、ひび割れた。

 グチャグチャに潰れた左拳と引き換えに、暁の胸を衝撃が打つ。


「ごぼおおッ!?」

「ぐぎッ……ああああああッ!」


 両拳骨折。

 殴った方が重傷だ。

 ハチャメチャに痛い。涙とかおしっことか漏れそうだ。

 だが関係ない。戦力差も確率も可能性も関係ない。


 桂湖は、もっと可愛くなると約束した。

 霞に、とことん生きると約束――はしてないが、似たようなものだ。

 薊を、神社に連れていくと――なんかさっき自分で突っ込んでぶっ壊してた気がするが、確かに約束した。


 だから、死なない。

 誰も死なせない。

 全員で生き延びる。

 完璧なプランだ。

 あとは実行すればいい。


 伸夫の右脚に、莫大な魔力が収束する。


「ふざけるな……ふざけるなァッ! 最も忠実なしもべたる我が身を差し置き、祝福無き世界の下賤の輩如きが、我が神の力をかすめ取るなど許されるかァァァッ!」

「はああああ!? 迷惑以外もらった覚えねえわボケええええッ!」


 伸夫が踏み込む。

 暁が、衝動のままに矛を振りかぶる。

 桂湖の顔が悲鳴の形になる。


 そして霞は、鼻で笑ってつぶやいた。


「聞くに堪えませんね。――薊、早くケリを付けてしまいなさい」

「はああああッ!」


 隙だらけの暁に、薊の拳打が叩き込まれた。

 砲弾のように吹き飛んだ暁を追って、薊も跳躍、『蕾』を吹かす。


 蹴りが思いっきり空振りして、伸夫は頭からすっ転んだ。


「ごおッ……! の、邪悪がアアアアアアアッ!」


 効力打。

 衝撃が暁の動きを麻痺させる。

 伸夫が生み出した、千載一遇、最初にして最後の勝機。


 無駄にはしない。

 逃しはしない。

 薊の気迫に呼応して、その身に宿る龍が猛る。


「祖霊たちよ! 今少し……今少し! 汝が子らを護る力を貸し与え給え!」


 命以外の全てを注ぎ込んだ、最後の猛攻が始まった。

 

 『蕾』が轟く。

 拳が奔る。

 損傷した胸甲へ、怒涛の連打が降り注ぐ。

 超音速で吹き飛ぶ暁へ、叫びを上げ薊が食らいつく。


 連打。連打。連打。連打。

 暁の手からこぼれた矛が地へ墜ちる。

 連打。連打。連打。連打。

 反撃も防御も回避も許さぬ拳打の嵐。


 とうとう胸甲が砕け散る。

 陶磁めいた胸が露出する。


 海が見えていた。


「なぜだ。なぜわれは敗れる」


 鮮血を滴らせる拳を構え、薊は凛然たる声を発した。


「【熾天】の暁。恐るべき強敵よ。その業前に敬意を払い、答えよう」


 六連ブースターが展開し、内圧に唸りを上げる。


「信ずる神の許へ帰り――そして伝えるがよい」


 そして薊は、審判を告げる。

 の義務として。


「この世界に、汝ら踏み入る資格なし」


 『蕾』の咆哮。

 噴出した魔力が、夜空に巨大な華と咲く。

 薊の拳が、暁の胸を穿つ。

 衝撃が、心臓を完全に破壊する。

 特務神官の矮躯が、地球の海に沈んだ。



◇◇◇



「んがあああ後頭部ーーーッ! 時間差で『呪い』成立してんじゃねえか! クッソああああああ」


 夜空の華に、ほっと安堵の息を吐いたのち――

 思いっきり頭を打って転げ回る伸夫を見て、霞は溜息をついた。


「さて、ノブオの治療をしなければなりませんね」


 伸夫の醜態に口をもにょもにょさせていた桂湖も同意する。


「そだね……ってあんたもだよ!」

「応急処置は済んでいます。命に別条はありません……ケイコ、肩を貸していただけますか」

「うちも貧血なんだけど……おえっ」


 支え合ってるんだか邪魔し合ってるんだかわからないような有様で、桂湖たちは伸夫のもとへ辿り着いた。

 どうにか上体を起こした伸夫の手を見て、桂湖が眉をしかめる。


「うわっ! うわー骨出てんじゃん! ひゃあーグロッ! なんてもん見せんだよ!」

「見なきゃいいだろが! ッ痛えええぇぇぇ、コレ治んのかよ……」

「治せますが、すぐに快癒させるほどの余力は……血をいただいては本末転倒ですし、ノブオも大いに魔力を消耗したでしょうし」

「あ? なんの話だよ」

「『超越騎神オーバーライダー』だよ!」

「……アタマ大丈夫か? 血足りてる?」

「あっ!? あれ薊じゃない!? おーーーい!」


 そこへ、薊が飛来する。

 だいぶよろめいた軌道で、最後には落っこちるようにしてどうにか着地。

 六連になっていた『魔剣』も三つに戻り、次いで消滅した。


「大丈夫? ケガは? あいつどうなった?」

「そうそう、きっちりトドメ刺したんだろうな! ぐあああッ手に響くッ」

「バカッ、大人しくしてなって!」


 薊は、ゆっくりと首を巡らせる。

 口の端を歪めて、桂湖へ文句を言う伸夫。

 眼鏡の汚れを服の裾で拭いながら、伸夫をからかう桂湖。

 その様子を見て、薊へ肩をすくめて嘆息してみせる霞。


 皆、ずいぶんボロボロになってしまった。

 だが、生きている。

 薊の友たち。

 薊が共に生きるべき者たちだ。


 傷だらけの顔に、誇らしげな笑みが浮かぶ。


「心臓を砕いた。いかな彼奴とて、生きてはおれまい。……この世界の勝利だ」


 乳袋が、たぷんたぷんと揺れる。


 その揺れが収まるまでを見届けてから、伸夫は折れた指を突き付けて叫んだ。


「そういうのいいから死体持ってこいやッ、このマヌケがああああッ!」

「ふぇっ!?」

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