魔族の使者と勇者候補・1

 薊を『自分の女』っぽく連れ回したいという欲望も、伸夫にはあった。

 とはいえこの美少女、見てくれは文句の付け所もないのだが、格好があまりに変態的すぎる。

 変態野郎の誹りは甘んじて受けてもいいが、うっかりクラスメイトにでも見つかれば面倒なことになるし、確実に写真がSNSにバラ撒かれるだろう。

 伸夫は、薊をひっそりとのだ。


 なので、目立たずついてこれるかと尋ねてみれば、薊はなんと

 影も落ちていなければ、試しにカメラを向けても映らない。

 さすが異世界人、とすでに麻痺してきた頭で感心して、伸夫は透明の薊を従え、家まで帰ってきたのだった。


「もういいぞ」

「承知した」


 伸夫の自宅、2LDKのマンション。

 その玄関で許可を出すと、薊はスゥーと姿を現した。

 NINJAである。

 途中から、あれひょっとして幻覚だったのでは?と不安になっていた伸夫も、ほっと一安心。

 褐色巨乳美少女、ゲットだぜ。


「んじゃ、靴脱いで……それ、靴だけ脱げんの?」

「ああ、問題ない。この国では裸足で生活するのだな」

「抵抗あるか?」

「いや、蒸し暑い地ではよくあることだ。まずは流儀に合わせるのがその地に溶け込む要諦と、ある友も言っていた」


 なかなか物のわかった口を利く異世界人である。

 というか、今更ながら、明らかに日本語を喋っている。

 お持ち帰りに成功したことで、急に冷静になってきた。

 これは色々確認が必要だと、伸夫はひげ剃りの甘いあごを撫でる。

 異世界トークをしても、家なら誰にも聞かれる心配はない。

 

「そうかい。じゃあ上がんな」

「うむ。お邪魔する」


 とりあえず、汚れた制服をジャージに着替える。

 水なら問題あるまいと、薊にもコップを出してやる。

 それは遠慮なく飲んだものの、薊は油断なく立ちっぱなし。

 リビングのテーブルで喉を潤してから、伸夫はインタビューに取り掛かった。


「さて……詳しい事情を訊きたい」

「うむ。なんなりと訊いてくれ」

「んじゃ、まずは……俺に危険が降りかかる、っつったよな?」


 はい、よく覚えてました。

 性欲には流されやすいし、薊があまりにも好みすぎてうっかりお持ち帰りしてしまったが、伸夫は本来疑り深い慎重派である。

 頷く薊の乳袋に思いっきり釣られているが、それは女旱おんなひでりだから仕方ないのだ。


 しかし、とっとと事情を訊き出しておくべきだったと、伸夫はすぐに後悔することになる。


「うむ。簡単にいえば……あちらの世界では、『人間』を称する種族と、彼らが『魔族』と呼ぶ、我らあらゆる異種族の間に戦争が起こっている。それは長らく一進一退を繰り返していたのだが、このところ我ら魔族は危機に陥っている。人間が行った、とある術法によってだ」

「――ふむん?」


 それが、伸夫――を護ること――と、どう関係してくるのだろうか。

 伸夫の疑問は、薊の言葉であっさり解消した。


「それこそが『』――異世界で死した人間の魂を召喚、同時に転生させ、を持つ『』なる戦士となす、というものだ」

「……?」

「恐るべき秘術――そして許されざる邪術だ。我ら魔族にとっても、こちらの人間にとっても脅威にほかならぬ。勇者の攻撃により、魔族は滅びに瀕することとなった。なんとしても勇者の誕生を防がんと、我らは多大な犠牲を払い、一部ながらその秘密を手に入れた。そして、人間が見出した『』を検知し、そこへ護衛を送り込むことまでは成功したわけだ」

「ちょっ……ま、待て待て!」


 理解とともに、伸夫の心臓がバクバクと乱れていく。

 伸夫は死ぬはずだった。

 薊がいなければ。

 


「うむ? なんだろうか」

「つ、つまりアレか? 俺があのままくたばってたら、その『勇者』になってたってことだよな?」

「然り。だが。いかなる死の危険が迫ろうとも、私が君を護り抜いてみせよう。どうか安心して欲しい」


 薊は自信満面、自分の胸をぽんと叩いた。

 堂々たる乳袋が、たゆんたゆんと揺れる。


 だが、もはや伸夫は、それにも目を奪われなかった。

 乳袋の揺れが収まるのと反比例して、伸夫の体の震えが強くなっていく。


「へ、へえー。はーん。ほーん。なるほどね。そりゃどうもありがとう――――とでも言うと思ったかボケがああああああああああああああッ!!!」

「ふぇっ!?」


 突然激高した伸夫に、薊は素っ頓狂な声を上げた。

 乳袋が、ぷるんぷるんと揺れる。


 だがそれがどうした。

 たかがおっぱい一つ、いや二つでも釣り合いが取れるものか。

 伸夫はの機会を逃したのだ。


「余ッ計なことしやがってこのドスケベ忍者モドキがッ、チートもらい損ねたじゃねえかあああッ! さっき逝っときゃイージーモード突入だったのに! チクショオオオオオオ」

「えっ!? えっ、ええええっ!?」


 伸夫はテーブルをガンガン叩き、薊はおろおろと困惑する。

 身の置き場のない乳袋が、ゆっさゆっさと揺れた。



◇◇◇



「……つまり、そもそもあの事故そのものが、転生召喚法が招き寄せた『死の呪い』なのだ」


 薊は、必死に熱弁を揮っていた。


「確かに勇者は凄まじい力を持っているし、恐らくは人間の国から富を与えられてもいよう。だが、そうは言っても自由意志のない戦争奴隷だ。木の根を齧るほど困窮しているならともかく、これほど豊かな国の民がなるべきものではないと断言する。……なにも魔族の正義を主張するつもりはないし、味方になってくれとも言わぬ。だがこれは明白な呪殺、どれほど譲ったとしても誘拐であり、我らはそれを防ぎたいのだ。転生と言えば聞こえは良いが、そうすれば家族や友とは――」

「うっるっせえな! 訊いてもねえことペラペラペラペラ喋んじゃねえ!」


 バシンとテーブルを叩くと、薊はシュンと押し黙った。

 肩を落とした拍子に、またも乳袋が揺れる。

 タブレット端末をいじっている伸夫の視線が、チラチラとおっぱいに吸い寄せられては戻っていく。

 怒りは収まっていないが、いつまでも目の前の巨乳を無視できるほど振り切ってはいられない。


 さんざんぱら探しまくったが、SNSには、他の『魔族』の情報は流れていなかった。

 タブレット端末の画面を消して、伸夫は溜息をつく。


「なんなの、お前。恩にでも着せたいわけ?」

「そ、そんなことはない! ただ、互いの要請の一致として――」

「だーかーらー、条件さえよけりゃ別にいっぺんくらい死んだって構わねえんだよこっちは! まあ条件交渉すらナシってのはムカつくけどな」

「いや、その、いっぺんもなにも――」

「記憶が消えるわけでもねえなら転生は転生だろが! 実際できてんだもんな、だから止めに来てんだもんなあ!」

「そ……れは、その通りだが、こちらの世界とは縁が切れてしまうわけで――」

「それで困るって言いましたっけ~~!? だいたいお前、光合成するわけでもねえんだろ。食い物どうするつもりなんだよ」

「……少しは持ち込んでいる。後は、狩りでもできれば一人や二人は……」

「道中食いでのある獲物は見付かりましたかねえ? こっちの食える草とかご存知なんで? つか俺ほっぽって行くの? それとも俺も付き合わなきゃいけねえの?」

「……食べ物を、分けて欲しい……」

「お前は乞食か? それとも押し込み強盗か? 至れり尽くせりの誘拐犯とじゃどっちがマシかわかんねえな! はっ、上等じゃねえか転生召喚。向こうはイイもん食わせてくれそうだしよ」

「そ、それは困る!」

「じゃあ一から十まで魔族テメェの都合じゃねえか! それともなにか? 『人間』が用意してくれる特典全部と、お前一人で釣り合いが取れるつもりなのかよ!」


 そう言われた薊は、右手で左腕を掴んで視線を逸らした。

 乳袋が寄せられて、むにゅっと変形する。


「……わからない。だが、言ったはずだ。私にできる限りのことであれば、なんでもする。だから……」

「……ほほーう」


 改めて、伸夫は薊の全身を眺め回す。


 何度見ても、信じられないほどの美少女だ。

 日本人が日焼けした色とは全く違う艶と深み、透明感さえある褐色の肌。

 漆黒のポニーテールは、安物の蛍光灯にも黒玉ジェットのように輝く。

 やや青みがかった瞳は夜の海のようで、肉感的な唇は甘い味がしそうなピンク。

 彫りが深いがラインの柔らかい顔立ちは、凛々しくも優しげで、そして蠱惑的。

 ちょっと、ナマで目にしていいレベルを超えている。


 そして体は、極限までディティールアップした土偶のようなボン・キュッ・ボンだ。

 誘ってるとしか思えない乳袋が、片側スイカくらいある。

 だがスイカと違って柔らかい。呼吸でふるふる震えるくらいだ。

 鍛えた感じはするが、とても片手でトラックを止めたとは思えない細い腕。

 頑張れば両手の指が回りそうなほどくびれた腰。

 そこに大盛りした結果、お肉の上に逆三角形のくぼみができた尻。

 思う存分舐め回したくなるような長くむっちりした脚。

 どこもかしこも極上のエロさだ。


 そいでもっておまけに、服がやばい。

 強そうでもあるが、それ以上にいやらしすぎるエロ忍者装束。

 競泳水着みたいな、肩出しハイレグレオタード。

 どんな素材でできているのか、おっぱいの形がそのまんま出ている。

 腋を強調するためだけにあるような、レザーの長手袋。

 トレンカタイプの下履きで、足の指が露出してるのもたまらない。

 男を誘うためでなければ、一体何の用途でデザインされたというのか。


 しかも、人生開幕勝ち確みたいなルックスをしていながら、落ち着かなげにもじついているのだ。

 堂々としているより、妙に色っぽい。


 伸夫は、いやらしく口元を歪めた。


「それじゃあ、シテもらおうじゃねえの」



◇◇◇



「ぴ、ぴーす……」

「笑顔が硬い! やる気あんのか!」

「うぅっ……ぴっ、ぴーーーす!」

「よーしいいぞ! そのままそのまま!」


 カーテンを前に、ポーズを取る薊へ向けて、伸夫はスマホのカメラをフル稼働させる。

 薊が身にまとっているのは、フリルたっぷり・布面積ばっさりのミニスカメイド服だ。

 大胆にえぐった襟ぐりから、深すぎてI字になった谷間が覗く。

 褐色の長い手足に、白いロンググローブとサイハイソックスが映える。

 無駄に横に広がったミニスカートからは、むっちりした太ももと、あえての黒レースショーツがチラリ。

 室内なのに、ルビーレッドのローファーサンダルまで履いている。


 フラミンゴのような片足立ちでダブルピースをキメても、薊の重心は小揺るぎもしないが、にっこり笑みを浮かべた顔は真っ赤っかだ。


 伸夫が女装コスプレ衣装を隠し持っていたわけではない。

 薊の変装魔術によるものだ。

 タブレットで見せた写真を参考に、魔力で編み上げたのだ。

 この手の幻術には、他者の認識を誤魔化すタイプのものもあるのだが、これは光学的にはホンモノなのでカメラにも映る。

 もっとも、メイド服が映らない方が、見応えある写真が撮れるだろうが。


 さっきは隠身術で透明になっていた薊だが、着ている服だけを透明にできるほど器用ではない。

 基本スペックが脳筋系なので。

 つまり、薊がメイドさんに化けるには、物理的に全裸になる必要があった。

 寒くはないが、冷や汗ダラダラの薊である。


 伸夫から見ると、ドロンと黒い霧に包まれたと思ったら着替えてた、という認識なので、目の前で全裸の美少女がポーズを取っていることには気付いていない。

 元の装束があれほど乳袋でなければ、不自然な乳揺れで気付いたかもしれないが。


「いやーすげえすげえ、衣装代ナシでこの撮れ高か! お前初めて役に立ったな!」

「あ、ありがとう……? いや、その、ノブオ、一体なにをしているのだ? それにこの装束は、どういう……」

「あ? んー、給仕。さーて、どれがいっかなーっと」

「……給仕…………ところで、私はまだこの姿勢でいるべきなのだろうか」

「はいはい楽にしてどうぞ。服も戻したきゃ戻していいぞ」

「承知した。助かった……」


 異文化理解を一時放棄した薊は、またドロンとエロ忍者装束に戻る。

 軽く溜息をつくと、乳袋がたぷんと揺れた。

 まだ、頬の熱は冷めていない。

 薊が育った文化では、乳袋でボディラインくっきりのエロ忍者装束は常識の範疇だが、上乳丸出しで装飾過剰なメイド服は完全に変態の所業だった。

 もちろん、物理的に全裸なのはとても恥ずかしい。


「よし、この4枚だな。えーと……魔族の、メイド、拾った……とかでいいか」

「ノブオ? さ、さっきのは『シャシン』を残していたのだよな? 私のシャシンをどうにかするつもりなのか?」

「ん~~~~? そういやお前、なんで日本語喋れんの?」

「土地の言葉を集める魔術があるのだ。魔族はとかく言語が多様だからな。もっとも、馴染みのない概念まで理解できるわけではないが」

「はー、便利なもんだ。じゃ、インターネットってわかる?」

「いや、解らない。どういったものなのだ?」

「ものすげーザックリいうと、世界中のこういう機械を持ってるもん同士誰とでも、文や写真をやりとりできる仕組みってとこだな」

「むっ……それはなんとも、途方もない技術だ。興味ぶか――え? まさか、いや、ええ?」

「そこで公開した」


 伸夫のスマホを覗き込んでいた薊が、石化の呪いでも受けたように硬直した。

 たっぷり数十秒後、美貌に引き攣った笑みが浮かぶ。


「こっ、公開? は、はは、日本語は難しいな。特に同音異義語というやつだ。後悔かな? 航海かな? いや、更改だな! どうだ当たりだろう。な? な? ななななんとか言ってくれ」

「お、おおおおーっ! めっちゃ拡散されてる! ぶははははは! こりゃすぐに海越えるな!」

「拡散……? かくさん……拡散しかないぞ! というか海!? まさか本当にバラ撒いたのか!? なっ、なぜそのようなことを!」

「ヒマつぶし。うし、後はほっとくだけだし風呂入るか。さんざん砂かぶったしよー」


 そう言って、伸夫はコキコキと首を鳴らす。

 薊はどうにか、怒鳴りつけるのも泣きわめくのも我慢した。


「……承知した。浴室は屋内か? できれば近くで待たせてもらいたい」

「なに言ってんだ、お前も一緒に入るんだよ」

「……一緒に?」

「返事は?」


 伸夫の顔に、にんまりとした笑みが浮かぶ。

 薊は、がっくり肩を落として、こう答えるしかなかった。


「……承知した……」

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