プロローグ・2:必殺トラックと魔族の使者
時刻は夕方、学校帰り。
補習のおかげで、やんなっちゃう指数は一学期最高値を記録。
ろくに内容も頭に入れず、目に心地よいおっぱいだけを追って漫画のページをめくる。
「あー、転生とかしてー」
なにしろ気分転換に揉めるおっぱいもない。
今後揉める見込みもない。
オナニーは気持ちいいが、それはそれ。
揉めるおっぱいのある世界になら、生まれ変わりたい。
とはいえ、いますぐ死にたいかといえば、それはそれ。
断じて自殺のつもりはなかった。
認めよう。
歩きスマホは条例違反であり危険行為だ。付け加えるなら校則違反でもある。
とはいえ、無料のウェブコミックにそこまで熱中していたわけでもない。
この道は交通量も多くないし、横断歩道を渡り始める前に左右の確認だってしていた。
にもかかわらず――
猛スピードで突っ込んできたトラックに、伸夫はまったく気付かなかった。
「――え」
というか、明らかに音も気配もなかった。
法定速度違反で突然出現したかのよう。
その鋼鉄の塊は、すでに伸夫を確殺できる距離にまで迫っている。
妙にスローに見える視界で、運転手がスマホを見ているのが、ハッキリと認識できる。
因果応報。天網恢々。人の振り見て我が振り直せ。
だがもう直す猶予はない。
(あっ死んだわこれ)
もう、なにひとつ、できることはなかった。
ここから生き延びるには、
問題は、スカーンと一発で天国まで飛ばしてもらえるかどうか。
(頼むから瀕死だけはカンベンな!)
人生の残り時間を祈ることに費やして、唯々諾々と死の運命を受け入れようとした、その瞬間だった。
影が差した。
影は、トラック以上のスピードで伸夫の頭上から降下し、体重を忘れてきたようにふわりと着地した。
女だった。美少女と言っていい。
褐色の肌に漆黒の髪、長髪をポニーテールのようにして、洋風の忍者みたいな妙な格好をしている。
見事に引き締まった筋肉の上に、部分的にたっぷり肉を盛った肢体が、くっきりと浮かび上がる謎スーツ。
つまり変態だ。
変態美少女は、素早く立ち上がるや、迫るトラックに立ちはだかり、棒立ちのまま片手を突き出した。
受け止めちゃうぞと背中が言っている。
変態なだけでなく狂人だった。
「バッ」
伸夫の口をついた罵声は、凄まじい激突音に掻き消された。
思わず目を閉じた途端、突風に煽られてころりんと転がる。
おまけに砂がパラパラ降ってきて、制服が砂まみれだ。
それでもどうにか目を開いて、伸夫は口もあんぐりと開けることになった。
トラックは、煙を噴いて停止していた。
前面がべっこり凹んで、フロントガラスも弾け飛んでいる。
運転手は、エアバッグに突っ込んで失神しているようだ。ザマミロ。
アスファルトの路面には大きなひび割れが走っていて、その中心に少女が立っていた。
そう、立っていた。
小揺るぎもせず、傷ひとつなく。
トラックにめりこんだ片手を、「ぬん」と渋い声を上げて引っこ抜く。
変態で、狂人ではないかもしれないが、人外だった。
変態人外美少女は、呆然とへたりこむ伸夫へ歩み寄り、跪いた。
砂まみれの伸夫を、心配そうに覗き込む。
「危ないところだった。怪我はないだろうか」
「えー……まあ、細かいのはあるだろうけど、おおむね」
あれ日本語?と戸惑う伸夫をよそに、変態人外美少女は安堵の表情で胸を撫で下ろした。
見事なまでの乳袋が、たぷんたぷんと揺れる。
少女は巨乳だった。
「良かった。どうにか間に合ったな」
「……間に合った?」
オウム並の脳味噌で答える伸夫へ、変態人外巨乳美少女はにっこりと微笑む。
なんとも朴訥とした、凄まじい美貌と腕力には似つかわしくない笑みだ。
無意識に顔とおっぱいを交互に眺める伸夫へ、少女は告げる。
「私は『
「の、伸夫……」
「ありがとう、ノブオ。――君にとっては全てが唐突で、きっと戸惑うこと、理解に苦しむことばかりだろう。だが聴いて欲しい。私は君を護るために、ここチキュウとは異なる世界からやってきた」
「あ、はあ、異世界から」
ちょっとぶっ飛びすぎじゃないでしょうか。
素手でトラック止めてなかったら、やっぱり狂人だったと思うところだ。
「うむ。これから君には、命を脅かす幾多の危険が降りかかることだろう。だが、我が身は君の盾となり、それら全てから護り抜いてみせる」
「お、おう……」
盾と言い張るにはあまりに柔らかそうな体だったが、暴走トラックを片手で止められては納得するしかない。
言葉の前半ももっと真剣に聴くべきなのだが、とにかく薊がエロすぎていまいち頭に入らないのだ。
乳袋が揺れるたび、伸夫の注意が思いっきりそちらへ引っ張られる。
「ゆえに、今後は君の側に侍らせてもらいたい。我が使命は君の命を護ることではあるが、望まれるならば従者として仕えよう。なんなりと命じてもらって構わない」
「……なんでも?」
「この身でなしうること、この地の法で罪とならぬことならば」
最強の殺し文句である。
伸夫は陥落した。
一刻も早く、この少女を人目のないところまでお持ち帰りせねばならぬと決意した。
伸夫は巨乳フェチである。
はっきり言って、薊の容姿は性癖にど真ん中のストライクだ。
褐色はどうでもいいが、別に嫌でもない。というか目覚めそうだ。
ついでに、性格上の好みは『なんでも言うこと聞いてくれる女の子』なので、そっちもストライク。
自分でデザインしたって、ここまで都合のいい女の子は作り出せないだろう。
もう伸夫の脳内には、エロ妄想以外のものが入り込む余地はない。
「そんじゃ、ウチ来る?」
「いいのか! 是非とも同行させてもらいたい」
「おうおう、遠慮せずに来なさい。……あー、暴走スマホ野郎がいたっけ。通報だきゃしてやっか」
トラックの運転席で失神したおっさんを見て、伸夫はつぶやいた。
危うくぶっ殺されるところだったが、おかげで(?)褐色巨乳美少女が手に入ったのだから、恨みなどあろうはずもない。
警察に電話をかけながら、薊を連れて、伸夫は事故現場を後にする。
おっさんが十割責任どころか、飛び出し以前のとばっちりを受けた被害者であると伸夫が知るのは、薊を家に連れ帰ったあとのことだった。
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