お題「紙とペンと◯◯」
そのペンのなぞる先は。
男が目を覚ますと、辺りは暗闇の世界だった。
目を凝らしてみても、どこまで続いているのかもわからない広大な空間であった。
「なんだここ。死後の世界か?」
男が死後の世界だと思ったのには訳がある。
彼はついさっき、借金を苦にしてビルの上からその身を投げたばかりだったからだ。
「んっふっふっふ」
背後から不気味な笑い声が聞こえ、男は思わず振り返る。
そこには全身黒づくめのスーツに黒いハットを被った男がいた。
その肌は真っ白で生気が感じられない。切れ長の細い目の奥に、空虚のような漆黒の瞳が浮かんでいる。
黒と白、二色しかない男だった。
「な、なんだ? お前」
「私はダパラモと申します。アナタの世界では悪魔とか妖怪とか死神とか、色んな名前で呼ばれておりますが」
「し、死神?」
「まぁ、なんだって結構です。ただ一つ確かなのは、アナタを救えるだけの力を持つ存在ということです」
「おれを救える、だって? おれは死んだんじゃないのか?」
「今のところは"まだ"死んではいません。アナタの魂が無くなる前に、私がこの場所に召喚しましたからね」
「召喚って……。なんのために?」
「暇だったからですよ」
「暇?」
「そう、暇つぶしの気紛れです」
そう言ってダパラモはその細い目をいっそう細くし、微笑んだ。
「暇つぶしって……。それで? おれになにをさせようっていうんだ?」
男は半ば呆れたようにダパラモに問いかける。
「一つ、ゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「そうです。このゲームでアナタが勝った場合、生き返らせてあげましょう。さらに、おまけとしてそこから寿命が尽きて死ぬまでの間、すべての物事が上手くいくような幸運も授けてあげます」
「幸運って?」
「なんでもいいですよ。宝くじを買えば必ず当たりますし、狙った女性がいれば何故かアナタに好意を持つような出来事が発生します。そういったすべてのものを含めての"幸運"です」
「そいつはいいな。……もし、負けた場合は?」
「負けた場合は、アナタの魂を頂きます。煮るなり焼くなり、私の気分次第ということで」
そう言ってダパラモは口角を上げ、異常に白い歯を見せつけた。
「どうせ死ぬつもりだったんだ。そのゲーム、乗ってやるぜ」
「素晴らしい」
ダパラモは満足気に頷くと、スーツの内側から一枚の紙とペンを取り出した。
「あみだくじってご存知ですか?」
「知ってるよ。バカにしてんのか?」
「念のための確認ですよ。今ここに、二本の線がありますね?」
そう言って紙を見せつけてくる。
そこには確かに、長い縦線が平行に二本記されていた。
「ルールは簡単です。今から、私とアナタで交互に1~9の数字を言い合います。そしてその本数だけ、横に線を引いていきます。アナタがいいと思ったところで、ストップと声を掛けて下さい。そこから、あみだくじをスタートしていきます」
「それだけでいいのか?」
「さらにハンデとして、先に答えを教えてあげます。スタートがこちらで、当たりがこちらです」
そう言ってダパラモは向かって左側の線の上と、下を指した。下部には、いつの間にか○のマークが記されていた。
「なんだそりゃ、そこまで教えてくれてゲームになるのか?」
「言ったじゃないですか、ただの暇つぶしだって。……但し、私は卑怯者ですからね」
言葉とは裏腹に、ダパラモは優しい微笑みを男に向けた。
「ケッ! なんでもいいよ。早くやろうぜ」
「それでは、数字を言って下さい。あぁ、線の数を目視で数えられると興ざめしますので、線を引くのは私で、さらに紙はアナタから見えないようにこちら側に向けておきますね」
「ハッ、そんなコスいマネしねぇよ」
男が鼻で笑う。この異常な状況にも慣れたのか、だんだん崩れた口調になっていた。
「じゃあいくぜ。……2」
男が告げるとダパラモは紙にペンを当て線を二本引いた。
「それでは私は、5にでもしましょうか」
そう言って紙にペンを走らせる。
ダパラモの様子を見ながら、男は内心ほくそ笑んだ。
――コイツ、気付いてないのか?
このゲームには必勝法がある。ルールを聞いた瞬間、男はそれに気付いていた。
簡単な話だ。スタートとゴールが同じ線上にあるなら、横線を【偶数】にすればいい。そうすれば、横線が何本になろうと、最終的には元の線に戻るのだ。
「じゃあ、3」
正直、こちらの数字はなんでもよかった。最終的にダパラモが言った数字により、合計が偶数になれば良かったからだ。
「では、こちらも3で」
ダパラモの指が動く。
その瞬間、男はあることに気付いた。
「おい、ちょっとまて。お前のほうにしか見えてないんだったら、数を誤魔化されたらおれには確認のしようがないじゃないか」
その言葉を聞き、ダパラモは眉をひそめた。
「疑り深いですね。仕方ありません。お見せするのはこの一回だけですよ」
そう言って男に向かって紙を見せつける。
1、2、3……確かに線は13本ある。
「私は卑怯者とは言いましたが、ゲームに関しては公正です。そこは信じて頂くしかありません」
「……そうか。悪かったな」
男は肩を竦めて答える。
「それでは、続きをどうぞ」
「じゃあ、4だ」
「それでは、8」
「5だ」
「3で」
「6」
「4」
「3だ」
「5で」
そこからしばらく、二人が数字を言い合う声が続いた。
男は必死で記憶する。途中で奇数と偶数が分からなくなってしまうと、ただの運勝負になってしまうからだ。
「6だ」
「4で」
――もしかして、これが目的か?
男の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
時間もわからないこの空間で、果てがないような数字の言い合いが続く。
これこそが、ダパラモの言う【暇つぶし】だとすれば――
「3だ」
「5で」
「おい、いつまで続けるんだ」
ついに、辛抱たまらず男がダパラモに問いかける。
「いつまでって……。アナタがストップと言えばそれで終わりなんですよ?」
ダパラモが白々しくそう答える。
――くそがっ! お前が偶数になるような数字を言うまで終われないんだよ!
男は心の中で悪態を吐く。
「……4」
「それでは、3で」
ダパラモの告げた数字に、男は一瞬戸惑う。
「お、お前今3って言ったか?」
「はい。言いましたよ。……それがなにか?」
「は、ははは。やったぞ! ストップだ! これで数字の合計は偶数! おれの勝ちだ!」
男は高らかに声を上げた。
「それでは、スタートしていきますね。……いーち。……おや?」
線をなぞるダパラモが、笑みを浮かべる。
「どうした。早く続けろ」
男は苛立った様子でダパラモを睨みつける。
「いやはや、これは。……残念ながら、アナタの負けのようですね」
「はぁ? そんなはずはないだろう! 線は確かに偶数のはずだ。そもそもお前はまだ一本しかなぞってないじゃないか!」
男が大声で抗議する。
「いやー。これは間違いなく、アナタの負けのようですよ」
そう言ってダパラモが紙を男に向けた。
それを見た瞬間、男の表情が凍った。
そこあったのは、幾度となく繰り返し引かれた線が折り重なり、まるで一本の太い横線のようになったものが記されていた。
「こ、こんなこと……。貴様! ひきょ」
「卑怯者だって、私初めに言いましたよね?」
そう言って笑うダパラモの顔は、確かに人智を超えた存在を思わせるような、迫力と怖さがあった。
「とにかく。ゲームは私の勝ちです。さぁ、アナタの魂を使って、どんな遊びをしましょうかねぇ」
真っ黒な空間に、ダパラモの嬉しそうな笑い声だけが響いた。
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