お題「二番目」

セカンダリチキンレース

あるところに、気まぐれで自分勝手な王様がおりました。



王様はいつもわがままな思いつきで、家臣や国民を困らせておりました。



この日も、王様は豪華な食事を前にしてつまらなそうにあくびをします。



「ふぁーあ、……何かおもしろいことはないかのぉ」



王様は家臣をちらりと見ます。


目線を当てられた家臣はびくりと肩を揺らし、しかし、すぐさま姿勢を正します。



「そうじゃ! レースをしよう!」



そう言って、王様は手に持ったワイングラスを一気にあおりました。



*****




翌日、城下町のいたる所にレースの案内が張り出されました。



【賞金10000G! マラソンレースの参加者求ム!】



案内を見た国民たちは色めき立ちました。


10000Gと言えば、国民の平均年収の三倍はあるからです。




町のならず者達もこぞって参加を表明しました。


この賞金さえあれば、肥溜めのような環境から抜け出せる。そう思う者も少なくはありませんでした。




しかし、案内の下部にはこう書かれておりました。


【但し、ゴールラインを“二番目”に超えたものに賞金獲得の権利があるものとする】




****




かくして、レースの当日。



国民の多くが見守る中、スタートラインに集まった挑戦者たちが今か今かとスタートの時を待っています。



想像以上の申し込みがあったため、挑戦者は抽選で選ばれた百名に絞られていました。



老若男女、様々な挑戦者がおりました。




その中に、一際汚いボロを着た少年がおりました。


少年の名前は「ペケ」と言います。



華やかな城下町の離れに、貧しい国民達が寄り集まったスラムがあります。


ペケの妹は病気でした。


それは医者に掛かり、薬を飲めば治る病気ではありましたが、貧しいペケの家族には当然そんなお金はありません。


日に日に弱る妹を心配していたペケの元に、今回のレースの知らせは届きました。




――絶対に、賞金を持って帰るんだ。



ペケは自身の胸を一度だけ拳で叩き、気合を入れました。




そして、兵隊の持ったピストルがパン! と音を立てました。


レースの火ぶたが切って落とされたのです。




ゴールは、城下町から10キロほど先の砂漠の真ん中にあるオアシスの大きな木です。



砂漠の真ん中とはいえ、健康な男性であれば数十分もあればゴール出来る距離です。




ペケがその足を踏み出そうとした瞬間、横から強い力で押され倒れてしまいました。


「おらおらぁ! お前ら邪魔なんだよぉ!」


図体の大きいならず者が他の挑戦者たちを押し倒しながら走って行きました。



ペケは擦りむき血が滲んだ足を少しだけさすり、負けじと走り出しました。





しかし、焦る必要はありませんでした。





なぜなら、ペケがゴールの近くまで行くと挑戦者たちが横一列に突っ立っていたからです。



考えれば当然です。ゴールを“二番目”に超えた者に賞金が与えられるのですから。




先に到着したであろう男たちが、睨みあうようにゴールラインに並んでいます。


彼らの心の声は揃っています。


(おい、誰か先にゴールしろ)です。




「ハッハッハ。欲深い者たちが雁首がんくび揃えて突っ立っておるのぉ」



ペケが声のするほうを見ると、王様がひとりゴールの向こうのオアシスで楽しそうに水浴びをしています。


特等席でこちらの様子を見てひどくご満悦のようです。



「ワシはこの光景が見たかったんじゃ。誰が賞金を獲得するかのぉ」


と、オアシスの水を美味しそうにゴクゴクと飲みます。




挑戦者たちの喉が一斉に鳴りました。


当然です。


彼らはスタートからここまで一心不乱に走って来たのです。


ましてやここは砂漠の真ん中です。


強い日差しに当てられ、全員が汗をダラダラと流しております。




「くそっ! 誰か早くゴールしやがれ!」



ならず者が大声で叫びます。


しかし誰も動こうとしません。


賞金を獲得出来るのは、一番ではなく二番なのですから。




ペケもゴールラインの際に立って、辺りの様子を伺っています。


ほかの誰かが辛抱たまらずゴールラインを割った瞬間に飛び込めるよう、重心を下げ、つま先に力を込め続けます。




しかし、無情にも時間だけが過ぎていきます。


全員が全員を睨みつけ、張り詰めた緊張感が体力を奪っていきます。



その時。


ペケの隣に立っていた老人が、限界を超えたのかぐらりと倒れこみました。


全員の肩がびくりと跳ねましたが、老人の身体はゴールラインは割っておりません。


ふーっと息を吐き、再び緊張状態に戻ります。



「おじいちゃん、大丈夫?」


ペケが倒れた老人の顔を覗き込みます。


老人は、苦しそうに息を吐き、脂汗を流していました。


「大変だ。水を飲ませないと」


ペケはオアシスに目を向けました。


しかし、オアシスはゴールラインの向こう側にあります。


そこにいる王様は、どこから持ってきたのか、瑞々しいフルーツを美味しそうに齧っています。




「そうだ、いいことを思いついたぞぉ」


図体のでかいならず者が声を上げると、老人の身体をひょいと持ち上げました。



「こいつをゴールラインに投げ込んで、すぐに入れば賞金はおれのものだ」


ならず者は粘着質の唾液をにちゃりと伸ばし笑いました。


周りにいる全員が、その発言に息を呑みます。



「待って!」


ならず者が振りかぶり、今にも老人を投げ込もうとした時に、ペケが声を上げました。



「僕が代わりに入るよ!」


あの弱った老人が投げられると、きっと老人は死んでしまうでしょう。


ペケは妹の事を思いながらも、目の前で老人を見殺しにすることは出来ませんでした。



「ほう。それじゃあガキ。お望み通りお前を投げ込んでやろう」


そう言うとならず者は老人を下ろし、ペケの身体を軽々と持ち上げました。



ペケは恐怖のあまり、瞼を強く閉め、奥歯をギュッと噛み締めました。



――そして。



ならず者はペケを投げ込むと同時に、ゴールラインへと踏み込みました。


周りにいた者達も、あわよくばと一斉に駆け込みます。


慌てて駆け込んだため、押し合いになり、体勢を崩したものから順に折り重なるように倒れこみました。




「さぁ! 王様よ! 結果を発表するんだな!」


ならず者は大きく笑い、満足げに王様に詰め寄ります。



「ふむ。結果は出たようじゃの。それでは……賞金をこの者に渡そう!」


と王様が指さしたのは、端っこで砂まみれになっていたペケでした。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! 二番目にゴールしたのはおれだっただろう!」


ならず者が大きな身振りで訴えます。



「いいや、確かにあの少年が二番目にゴールした者じゃ」


王様は満足げに笑みを浮かべます。



「はぁ? じ、じゃあ、一番目のヤツはどこにいるんだよ! おれはこの場所に一番乗りしたが、誰もゴールなんてしていなかったじゃないか!」


納得がいかない様子のならず者は王様に詰め寄りますが、どこに隠れていたのか、すぐさま兵士たちが現れ、ならず者を取り押さえます。



「ハッハッハ。一番にゴールラインを割った者がまだわからんのか?」


王様は嬉しそうに続けます。



「ヌシらが到着した時に、すでにゴールしていた者がいたじゃろう?」



王様の言葉に、すべてを理解したペケが、呆れるようにハハッと笑いました。

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