廃村での戦い②

「ねえ!ねえ!どういうこと!メイナちゃんの戦い方がパルドとそっくりなのは、どういうこと!?ねえってば、教えてよ!」


 マリーは、俺の肩を掴んで、ぶんぶんと揺らす。

 適当に流したいところだが、この様子だと、俺が口を割るまで離してくれないだろう。

 俺はため息をついて、嫌々ながら、マリーの疑問を氷解させることにした。


「俺は落ちこぼれだからな。ここ一年、メイナにスキルや戦い方を教えてもらってるんだよ。わかったら、さっさと手を放せ」


 納得したように、マリーの手の力が抜けた。

 マフラーが皴まみれだ……


「なるほどね。だから、パルドはチェッカーズにしては、強いんだね。羨ましいー、メイナちゃんみたいな、とっても強い人が師匠だなんて」


 メイナが俺の師匠か。そんな風に考えたことなかったな。

 でも、事実だった。

 メイナは、伸び悩んでいた俺に手を差し伸べてくれて、真摯に向き合ってくれた。俺のようなジョブ未設定でも使用可能なスキルの伝授、低ステータスだからこその戦い方。それは数えきれないほど。

 おかげで、レア武器さえ入手すれば、ハンターズに昇級できるラインに漕ぎつけてる。

 ハンターズは嫌いだが、メイナに胸を張って「俺は強くなった」と言うためにも昇級はしたい。

 そしたら、今までの恩返しと——告白とか……しちゃおっかなーって


「……みんな、武器を構えて」


 人一倍、敵の気配に敏感なメイナが、草影を睨みつけて、険しい表情を見せる。

 メイナが視線を向ける先、黒い影が動き、草木が揺れた。


「ユキは、岩陰で待機してろ」


「わ、分かりました」


 サイクロプスを倒して気が抜けていたが、俺達の仕事は終えていない。

 ある意味、ここからが本番だ。


「……マリーは、どんな魔法が使えるの?」


「ふふん、私はハンターズよ。近距離に限るけど、属性系の魔法は大体使えるわ!」


 自身の強さに誇りを持っているらしく、マリーは胸に手を当てると強者のような余裕を見せる。


「……地球人は頼もしいね。次が来るよ」


「えっ!?」


 草陰から武器を持ったゴブリンが五匹飛び出す。三匹は鎗、二匹は弓を持っている。

 先程、サイクロプスと戦闘していたゴブリン達だ。


「人間ダ! 狩ルゾ!」

「ウギイィィィィィ!」


 ゴブリンの群れは、サイクロプスとの戦闘後だというのに、志気が高い。

 モンスターが人間を狩るのは普通のことだが、疲弊した状態では、人間からの反撃を恐れて挑まないはずだが……

 とにかく、今は目の前の敵に集中だ。


「頼む、マリー! 接近して、スキルでも何でも使って、一匹でいいから片付けてくれ! 乱戦はキツい!」


「え、えー……と、あのー」


 虚勢を張っていたマリーの声がみるみる縮んでいく。

 もしかして――


「まさか、魔力切れか? でも、お前スキル使ってないよな?」


「誰のせいだと思ってるのよ! パルドが私の魔力を吸い上げたのが原因でしょ! 魔力返してよ!」


 そういえば、そうだった。

 でも、そんな怒られても『エナドレイン』は吸い上げるだけのスキルだから、返すなんて器用なことはできない。


「でも、見てなさい! 私にかかれば、このくらいの敵なんて、魔力がなくても、チョチョイのチョイよ!」


 イキってフラグを立てたマリーは、剣を構えるとゴブリンの群れへと突っ込む。

 あの馬鹿! どんだけ強くても、魔力が切れてる状態で、あんな細い剣一本で勝てるわけないだろ!

 案の定、マリーは背中を弓で打たれ、怯んだ隙にゴブリン達に囲まれて、殴る蹴るの袋叩きにされていた。

 お前がチョチョイのチョイで負けてどうすんだよ。


「あああぁぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい! 痛い痛い! 誰かあああ! 助けててええええ!」


「イイナ、殺スナヨ!」

「アイアイサー!」


 狩られる側というのに、殺すつもりがないゴブリンに慈悲的な物を感じたマリーは、何に期待したのか、目をキラキラさせ始める。


「もしかして、見逃してくれるの?」


「人間ハ漬ケルト美味イ! 酒ニスルト美味イ! 売ルト高イ! 更ニ女ハ、喉越シ爽ヤカ! 男ノ酒、マズイ!」


「はい?」


 よだれを垂らして酒の味を語るゴブリンに、マリーは目を丸くする。

 なるほどな、ゴブリンには人間を酒にする文化があるのか。

 モンスターにも経済の概念があるらしいし、疲弊した状態でも、俺達を必死に狩ろうとするのは、儲けのためか。商人魂は人間もモンスターも同じようだ。


「人間ならあそこにもいるでしょ! 美味しくないから! 私から、美味いダシ出ないから!」


「てめぇ! パーティーメンバーを売るつもりか!」


 ハンターズがチェッカーズをゴブリンに差し出す真似をするな!

 モンスターに命乞いしてる方が何倍もマシだ。


「ウググ……! コイツ含メテ、3人ノ女ガイル! 全員捕獲ダ!」

「アイアイサー!」


「……え? もしかして、僕も狙われてるんですか?」


 岩陰で待機していたユキは、目を丸くして自分を指さしている。

 ユキも狙われる対象になったことで、マリーがしくじったといわんばかりの表情をすると、何かを閃いたように顔を輝かせた。


「あそこにいる男に見える変なやつ! 実は女だから! 遠慮無く連れて行って! だから、私達を見逃してえ!」


「お前! いくらなんでも限度があるぞ!」


 どんだけ物事を都合よく進めることに必死なんだよ。みっともねえ!


「マズ、コノ女ヲ縛レ! 縛レ!!」

「アイアイサー!」


 リーダー格のゴブリンが号令を出すと、他のゴブリンは縄を取り出して、要領良くマリーの手足縛り上げる。

 見事な手際だ。今度、俺もモンスター捕獲任務の際に、真似しよう。


「見てないで助けてよぉぉぉぉぉ!」


「……パルドを売る発言は許せない」


「さ、さすがに僕も……ちょっと……。すいません……」


「ええー!? 私、ユキちゃんに嫌われちゃった!? ごめんなさい、調子にのりました!」


 さきほどの態度のせいで、俺は助ける気が微塵も起きない。それはメイナやユキも同じようで、冷ややかな視線がマリーに送られる。

 さらに、メイナは少し怒り気味のようだ。


「ごめんなさい! そんな目をしないで助けてよおぉぉぉ! 犯される! 私、ゴブリンに犯される!」


「酒にされるだけだろ。犯されはしないだろうから、肚括って連れてかれろ」


「殺す前に、好き放題に犯すエロ同人誌みたいにな展開だったら、どうするのよ! 私の清い身体が!」


「隊長! コノ様子ダト、コノ女ハ処女デス!」

「ヤッタゾ極上物ダ! 処女ノ酒ハ絶品ダ!」


 歓声が上がるゴブリンをよそに、マリーの顔みるみると青くなる。


「やめてよぉ!見逃してよぉ!そ、そう!じ、実はビッチなの!私、ゆるゆるだから!」


「嘘言ウナ!処女ノ匂イダ!」


「匂いでわかるの!?気持ち悪いわよ、この変質者!嫌だあぁぁぁぁ! 離して! 漬けられる、犯される! ゴブリンの犯された後に、酒に漬けられる!」


「暴レルナ、女! ソレニ、ゴブリン族ヲ馬鹿ニスルノモ、イイ加減二シロ! 自分達ガ飲ム酒ノ材料ヲ犯ス馬鹿ガイルカ! 不潔ダ!」


「ゴブリンに不潔とか言われたくないわよ!」


 マリーは手足が縛られても、芋虫のように身体をくねらせて、必死に連れていかれないように抵抗する。

 一応、パーティーを組んでいる以上、義理があるので助けに行くべきなんだろうけど……マリーのバカゆえ、身体に力が入らない。


「ごめん! 調子に乗ったことは全部謝るから、助けてええええ!!メイナちゃん、メイナちゃあああああぁぁぁぁん!!」


「……二度とパルドを売らないって約束する?」


「する! する! 何でもしするから、助けてえええ!」


「……約束だよ。すぐ行く」


 マリーの自業自得というのに、メイナは自分の危険も顧みず、救助に向かうが鎗持ちの二匹のゴブリンが立ちふさがった。


「モウ一匹、女ガ来タ! 捕獲ダ!」

「アイアイサー!」


 二匹のゴブリンは同時にメイナの喉元を狙って鎗を向けたが、後方に飛んで回避した。鎗のリーチが活かせない距離を維持している。


「……遅いよ」


 メイナはゴブリンの鎗を鮮やかに回避すると、次は一気に間合いを詰めて、鎗持ちの一匹の腹部に肘を入れる。見事に急所に直撃したようで腕に力が抜けたらしく、鎗が地面に落ちた。


「……貰うね」


 落ちた鎗を奪い取ると、近くにいるもう一匹の鎗持ち目掛けて投げつける。


「ギョギャアア!」


 投げられた鎗はゴブリンの喉を貫通して、一撃で息の根を止めた。

 しかし、鎗を奪われて怯んでいたゴブリンも体勢を立て直し、丸腰になったメイナに襲いかかる。


「……っ!」


 メイナも襲われることはわかっていたらしく、ゴブリンが来るタイミングで綺麗な腰を入れた回し蹴りを腹部に叩き込んだ。

 急所を突かれたゴブリンは、ボールのように飛んでいき ユキが隠れている岩に衝突すると、舌をだらんと垂らして気絶する。

 槍持ちのゴブリンは倒した。あとは弓持ちの3匹倒せば終わりだ。

 そこはやはり遠距離。弓持ちの3匹は三角形にメイナを囲むと、照準を合わせる。

 まぁメイナのことなので、華麗に矢を回避して、そのままゴブリン達を蹴散らすだろうけど——それでは、俺の見せ場がない。

 どうしても男たるもの、好きな人の前ではカッコつけたいのだ。


「喰らえ!」


「ギャア!」


 弓を構えていたゴブリンに背後から近づくと、そのままブレイブエッジで切り裂き、一撃で沈黙させる。

 2匹のゴブリンは、何が起きたか理解できておらず、地面に倒れた血塗れの仲間を見て、驚いていた。

 メイナの前で、そんな隙をみせてはいけない。


「ギャア!?」


 1匹のゴブリンがメイナに顎下を蹴られ、空中に舞う。受け身を取ることに失敗したゴブリンは、頭から地面に叩きつけられ、ゴキッと生々しい音をならすと、泡を吹いて白目をむく。

 最後の1匹になったゴブリンは、自分の置かれた状況に怯えつつも、果敢に弓を引いた。


「そんな矢が効くわけねえだろ!」


 俺はメイナの前に立ちふさがると、正面にブレイブエッジを構えて、盾にする。

 ガキンと金属音が鼓膜を刺激すると、俺の後ろからメイナが飛び出して、ゴブリンの頭部めがけて回転蹴りを放つ。

 強烈な蹴りを受け、ゴブリンの頭部と胴体が離れる。首が木に衝突すると、ゴブリンは声もあげることなく、絶命した。

 終わりだ。俺達の今日の仕事は終わった。

 ほとんどメイナの手柄だというのに、仕事が終わった実感が沸くと同時に、どっと疲れが押し寄せる。


「……パルド、ありがと。守ってくれて」


「礼なんていらねえよ。メイナは強いから、俺がいなくても、あの程度の矢ならかわして、反撃してただろ」


「……そ、そんなことないよ……」


 メイナは頬を赤らめて、そっぽをむく。

 意外な可愛い反応に、背筋がピンと伸びて、「うっ!」と声がこぼれてる。

 わずかの間の沈黙。俺とメイナがお互いに頬を掻いて、もじもじしていると、岩陰に隠れていたユキがひょっこりと顔を出した。


「す、すごい連携です……。パルドさんおメイナさん……お互い強くて、息がぴったりです……」


「そ、そうか……? かれこれ、1年の仲だしな……?」


 ユキに拍手されてしまい、変な恥ずかしさがこみ上げる。

 褒められるって、結構恥ずかしいな。 


「って、待て。こんな時、『私の手柄よね!』とか言いそうなバカが静かすぎないか?」


「ば、バカ呼びは失礼ですよ……。でも、たしかにマリーさんが静かですね。まだ拘束されたままなので、はやく縄をほどいてあでましょう。パルドさん」


「だな」

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